人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

モンクス Monks - ブラック・モンク・タイム Black Monk Time (International Polydor Production, 1966)

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モンクス Monks - ブラック・モンク・タイム Black Monk Time (International Polydor Production, 1966) Full Album + 4 Bonus Tracks : https://www.youtube.com/playlist?list=PL8F5DB6F54A8ACB74

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Recorded in Cologne, Germany, November 1965
Originally Released by International Polydor Production 249 900, Germany, March 1966
Tracks 13-14 : single Polydor International 52957/1966.
Tracks 15-16 : single Polydor International 52958/1967.
All tracks written by Burger/Clark/Day/Johnston/Shaw
(Side A)
A1. Monk Time - 2:45
A2. Shut Up - 3:10
A3. Boys Are Boys And Girls Are Choice - 1:25
A4. Higgle-Dy - Piggle-Dy - 2:30
A5. I Hate You - 3:25
A6. Oh, How To Do Now - 3:15
(Side B)
B1. Complication - 2:33
B2. We Do Wie Du - 2:12
B3. Drunken Maria - 1:45
B4. Love Came Tumblin' Down - 2:30
B5. Blast Off ! - 2:15
B6. That's My Girl - 2:25
(1994 Repetoire Records CD Bonus Tracks)
Tr.13. I Can't Get Over You - 2:42
Tr.14. Cuckoo - 2:41
Tr.15. Love Can Tame The Wild - 2:38
Tr.16. He Went Down To The Sea - 3:03

[ Monks ]

Gary Burger - vocals, guitar
Larry Clark - vocals, philicorda organ
Roger Johnston - vocals, drums
Eddie Shaw - vocals, bass guitar
Dave Day - vocals, electric banjo

(Original International Polydor Production "Black Monk Time" LP Liner Cover & Side A Label)

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 モンクスは全員が当時西ドイツ在中だったアメリカ軍GIが始めたバンドで、モンクス(またはザ・モンクス)と改名する前の1964年秋にトークェーズ(The Torquays)名義でシングル1枚(There She Walks c/w Boys Are Boys)を自主制作で発表しています。ビートルズの国際的大ブレイク以後はもちろんロックはイギリス、ヨーロッパ諸国、南米諸国で人気があり、特にアメリカに次ぐポピュラー文化産出国のドイツ、フランス、イタリアは世界三大映画祭国(ベルリン、カンヌ、ヴェネツィア)でもあるくらいですからジャズ、ロックなどのアメリカ由来の音楽がさかんでした。北欧、東欧諸国の文化水準も高いものでしたが国内市場が小さく輸出力が弱かったので独仏伊の三国にはかないません。かえって輸出力には欠けても国内市場が大きかった日本(映画ではインド、中国)の方が産出力は高かったほどです。西ドイツはセミプロ時代のビートルズが巡業していたことでも知られるくらいロック需要が高かった国ですから、ビートルズの大ブレイク以後はたちまち国産ビート・グループが乱立した。1964年から5年間にアメリカ合衆国で何らかの活動実績が確認できるロック・バンドは18万組以上に上るという調査があるほどですが、そうしたアメリカの群小バンドや西ドイツの60年代バンドばかりを集めたコンピレーションCDなどを聴くと、プリティ・シングス(The Pretty Things、'64年5月デビュー・シングル「Rosalyn」、'65年3月ファースト・アルバム)やシャドウズ・オブ・ナイト(The Shadows of Knight、'66年1月デビュー・シングル「Gloria」、'66年4月ファースト・アルバム)の影響力が非常に大きかったのがわかります。この2バンドは英米'60年代のフリークビート、ガレージ・ロック、プロト・パンク・スタイルの創始者兼代表的バンドですが、ビートルズストーンズ、アニマルズ、キンクスヤードバーズ、ゼム、ザ・フーら有力バンドのように作曲、歌手、演奏力に突出した才能を持っていなかった。そこで大半のレパートリーがカヴァー曲ですがメンバー個人(ヴォーカリストやギタリスト)の才能に依らないバンド一丸になった荒々しい演奏に勝負を賭けて成果を上げたので、大半がまだ10代で音楽知識も楽器演奏経験も浅い学生のアマチュア・ロックバンドにはもっとも手本にしやすかった。「Gloria」はヴァン・モリソン率いるゼムの名曲ですが歌詞の一部が検閲に引っかかりラジオ放送できず、アメリカではシャドウズ・オブ・ナイトの一部歌詞を変えたヴァージョンによってガレージロック・スタンダードになったのです。後にパティ・スミスがパンクヴァージョン・カヴァーしたのも'60年代のガレージ・ロックをパンクの起点とする考えからでしょう。
 1966年はアメリカのロック界が大きく転換した年で、サイモン&ガーファンクルの『サウンド・オブ・サイレンス』が1月(『パセリ・セージ・ローズマリー・アンド・タイム』が10月)、ビーチ・ボーイズの『ペット・サウンズ』とボブ・ディランの『ブロンド・オン・ブロンド』が5月、ザ・バーズの『霧の五次元』が6月、またストーンズの『アフターマス』のアメリカ盤発売が6月、ビートルズの『リヴォルヴァー』のアメリカ盤発売が8月ですが、アメリカの新人バンドとしてはファッグス、ザ・ポール・バタフィールド・ブルース・バンド('65年10月アルバム・デビュー)を先駆的存在にラヴ、ザ・ブルース・プロジェクト(3月)、ザ・シャドウズ・オブ・ナイト、ザ・シーズ(4月)、フランク・ザッパマザーズ・オブ・インヴェンジョン、ザ・スタンデルズ(6月)、ジェファーソン・エアプレイン(8月)、ブルース・マグース、ザ・13thフロア・エレヴェーターズ(10月)、バッファロー・スプリングフィールド(12月)がアルバム・デビューしています。翌'67年にはザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンド(3月)、ザ・ドアーズ、グレイトフル・デッド、ジ・エレクトリック・プリューンズ(4月)、ザ・リッター、カントリー・ジョー&ザ・フィッシュ、モビー・グレイプ(5月)、キャプテン・ビーフハート&ヒズ・マジック・バンド(6月)、ヴァニラ・ファッジ(7月)、ザ・ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス(8月・アメリカ盤)、ビッグ・ブラザー&ザ・ホールディング・カンパニー(ジャニス・ジョプリン、9月)、ストロベリー・アラーム・クロック(11月)がアルバム・デビューし、さらに'68年上半期にはスピリット、アイアン・バタフライ、ステッペンウルフ、ブルー・チアー、ドクター・ジョン&ナイトトリッパー(1月)、ジ・エレクトリック・フラッグ(3月)、クイックシルヴァー・メッセンジャー・サーヴィス、クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル(5月)がアルバム・デビューしており、CCRザ・バンド('68年7月)のデビューでガレージ・ロック~ブルース・ロック~サイケデリック・ロックの新人バンド時代は区切りがついたとも言えるでしょう。しかしアメリカのロック界の活況にあったこの時期にもモンクスの活動は西ドイツ(とごく短期のフランス巡業)に限られていたので、当時は国際的注目を集めなかったのです。

 モンクスは1枚きりのアルバムが西ドイツで発売された後1967年まで2枚のシングルを発表し、シングルの作風からは、もしアルバム規模の新作が制作されたら、アメリカの当時の多くのバンドがそうだったようにサイケデリック・ロックに向かっただろうと推測されます。しかしトゥークェーズからザ・モンクスに改名した時、バンドはカトリックの僧侶の衣装に頭頂剃髪(トンスラ)とロックバンドとしてはもっとも異形で冒涜・挑発的なキャラクターを打ち出し、僧侶の姿をしたアメリカ軍人のロックバンドがヴェトナム戦争を題材とした曲を堂々と歌う、政治的にも思想的にも人を食った存在でした。音楽的には基本的なロックンロールをとことん単純化した結果ダダイズム的な実験音楽の域に踏みこんでおり、けたたましいヴォーカルとともにノイジーなオルガンやファズをかけたエレクトリック・バンジョー(!)がひたすら突進するだけのベースとドラムスと一丸となり、モダン・ラヴァーズやペル・ユビュ、DEVOを10年先取りしたようなプロト・パンクになっています。ただし'70年代のアメリカン・パンクは'60年代ロックにあって異端だったファッグスやフランク・ザッパヴェルヴェット・アンダーグラウンド、レッド・クレイオラ、キャプテン・ビーフハートドクター・ジョンらの実験的成果を踏まえていたので、詩人のパフォーマンス集団ファッグスや奇人ビーフハート、テキサス・サイケのクレイオラはともかくこうした実験的ロックのアーティストには豊かな音楽的素養がありました。モンクスのメンバーは他のバンドでは通用しないような力量しかなかったでしょうが、モンクスというバンド・コンセプトの中では爆発的な化学反応を起こしたのです。当時の西ドイツではプリティ・シングスのシングルB面曲「L.S.D.」を多くのバンドがカヴァーしていましたが、それらのバンドと同様モンクスの音楽的素養は'60年代半ばまでのR&Bやロック以外の広がりはほとんどなかったと思われます。『ブラック・モンク・タイム』の録音された'65年11月にはビートルズストーンズの最新作は『ヘルプ!』('65年8月)と『アウト・オブ・アワー・ヘッズ』('65年7月)で、アメリカ本国のガレージ・ロックを代表するラヴ、シャドウズ・オブ・ナイト、ザ・シーズもまだデビューしていません。スタンデルズの初のチャートインヒット(全米11位)になったシングル「Dirty Water」が'65年11月アメリカ発売でモンクスのアルバム録音と同時期ですが、スタンデルズは前年'64年からブリティッシュ・ビートに倣った作風でデビューしシングル5枚ノン・チャートの末にようやく「Dirty Water」をヒットさせたので、この「Dirty Water」と3か月後のシャドウズ・オブ・ナイトの「Gloria」のヒット(全米10位)でアメリカのフリークビート~ガレージ・ロックは軌道に乗ったとも言えますが、ガレージ・ロックの系譜は通常実験的ロックとは見做されていません。その点でもモンクスの尖鋭性は異質です。
 '65年11月録音の時点から『ブラック・モンク・タイム』を見てみると、'65年もまたアメリカのロックでは激動期だったのが痛感されます。ビーチ・ボーイズが初期作風の洗練の極致に到達した『トゥデイ』が'65年3月なら同月にはボブ・ディランが初のロック・アルバム『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』を発表し、6月には早くもビーチ・ボーイズの『サマー・デイズ』が発売されましたがザ・バーズのデビュー・アルバム『ミスター・タンブリン・マン』も同月です。8月にはディランの大傑作『追憶のハイウェイ61』、11月にはビーチ・ボーイズの『ビーチ・ボーイズ・パーティー』が大ヒットしましたが、12月にはザ・バーズが『ターン!ターン!ターン!』を発表し、この年のビートルズのNo.1ヒット曲は「エイト・デイズ・ア・ウィーク」(2月)、「涙の乗車券」(4月)、「ヘルプ!」(8月)、「イエスタデイ」(9月)、「デイ・トリッパー c/w 恋を抱きしめよう」(両面ヒット・12月)と6曲、ストーンズのNo.1ヒット曲は「ザ・ラスト・タイム」(2月)、「サティスファクション」(8月)、「一人ぼっちの世界」(10月)と3曲あり、ビーチ・ボーイズの「ヘルプ・ミー・ロンダ」「カリフォルニア・ガールズ」「バーバラ・アン」、ディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」、ザ・バーズの「ミスター・タンブリン・マン」「ターン!ターン!ターン!」(さらにサイモン&ガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」)などの1965年の最先端のロックの代表的ヒット曲からも、『ブラック・モンク・タイム』は断絶しています。アメリカ人のバンド、しかも際物的な売りがあるとは言えヨーロッパのレコード会社の最大手ポリドールから堂々と発売されたのも驚くべきことで、『ブラック・モンク・タイム』は長らく廃盤が続いたあと1979年に再発売されたのち徐々に注目を集め、デッド・ケネディーズやフォール、ビースティ・ボーイズホワイト・ストライプスらによって賞賛され、ジュリアン・コープのドイツのロック研究書『Krautrock Sampler』'95では「隠れた秘宝」「クラウトロックの開祖」と評価されました。アナログ・ブートやブートCDの流通を経て1994年にドイツの復刻レーベルRepetoire Recordsから正規CD化されてからはCDがロングセラーを続け、元祖プロト・パンク、元祖実験的ロック、元祖ヒップホップとの評価も定着しました。前身バンドのトークェーズ時代から3年ほどの活動でモンクスのメンバーは兵役に戻り、アメリカ帰国後は散り散りになって音楽活動も辞めていました。

 その後モンクスは再評価の定着にともない、各種レーベルから未発表曲・未発表テイクを含む編集盤も発売され(『Five Upstart Americans』1999、『Demo Tapes 1965』2007、『The Early Years 1964–1965』2009)、『Five Upstart~』リリース時にはチョコレート・ウォッチバンド、スタンデルズとともに32年ぶりの復活コンサートを行いました。この'99年11月の復活コンサートはライヴ盤『Let's Start a Beat – Live from Cavestomp』2000として発売され、バンドはオリジナル・メンバーのまま解散宣言をする2007年まで散発的にライヴ活動します。2008年1月にエレクトリック・バンジョーのデイヴ・デイが心臓発作で亡くなりましたが(享年66歳)、ヴォーカリストのゲイリー・バージャーはミネソタ州タートル・リヴァーの市長職(2006年就任)のかたわらソロでモンクスのレパートリーのライヴ活動を2009年まで続け、現職市長のまま2014年3月に膵臓癌で亡くなりました(享年71歳)。ゲイリーさんの強力な素人ヴォーカルはモンクスの核だったので、田舎町とはいえ市長を勤めていたほどのカリスマはあったのでしょう。2006年にはモンクスへのトリビュート・アルバム『Silver Monk Time』もリリースされており、『ブラック・モンク・タイム』はサンデー・ヘラルド紙の「The 103 Best Albums Ever, Honest」(2001年)、イギリスの音楽誌「Word」の「Hidden Treasure : Great Underrated Albums of Our Time」(2005年)、全米ベストセラーになったCDガイドブック『1001 Albums You Must Hear Before You Die』(2006年)に選出され、アメリカの最大手音楽サイト「Allmusic.com」では★★★★★、オンライン・マガジン「Pitchfork」では「Greatest album of the 1960s」の127位(2017年)の評価を受けています。
 ここまで極端な再評価をされた'60年代のロック・バンドは1枚の自主制作盤『Philosophy of The World』'69を残しただけのザ・シャッグス(The Shaggs)くらいしかいないので、ニューハンプシャーの田舎町で両親の勧めで一家の四姉妹が結成したシャッグスは割合早く'70年代半ばから注目され、90年代にはメジャーのRCAからの再発CDがロングセラーとなり、2011年(2019年再演)にはシャッグス四姉妹物語がミュージカル化されたり、同年にはBBCでドキュメンタリー番組が制作されており、やはり全米ベストセラー『1001 Albums You Must Hear Before You Die』(2006年)に選出されているアルバムです。シャッグスの場合は姉妹ロックバンド、しかもまったくの素人による無自覚なアウトサイド・アートという観点から唯一無二の評価を受けているのですが、モンクスもシャッグスも特に自分たちの音楽が突然変異的なものとは気づいていなかったと思われます。シャッグスのアルバムは音楽プロモーターの詐欺によってリリースされたもので、このプロモーターはシャッグス家にレコード売り出しを持ちかけ制作費を詐取し1,000枚をプレスして900枚を「流通網に乗せた」と称して破棄し、残り100枚は地元のダンスパーティーに出演していたシャッグスが手売りしたそうで、全米各地を巡業していたフランク・ザッパが'70年代半ばにたまたまシャッグスの評判(地元では1975年まで活動していました)とアルバムを聴いて「ビートルズ以上に偉大だ」と称揚したのが評価のきっかけになり、'82年にはRounder Recordsから『Philosophy~』の曲に'70年代の未発表録音を加えたアルバム『Shaggs' Own Thing』も出ました。『ブラック・モンク・タイム』を'79年に再発売したポリドールの担当者も慧眼ですが、モンクスにしろシャッグスにしろ発見されなければそのまま埋もれていた、同時代的な評価など皆無だったバンドです。ロック史な重要性もまったくない孤立したバンドです。が、むしろ時代的な評価基準では測れなかったような面で時代を超越していたからこそ半世紀以上を経てもモンクスやシャッグスの存在は伝説化しており、どちらもダンスパーティー御用達のライヴ・バンドで田舎の観客は喜んで踊っていたという証言もあります。シャッグスについてはまた改めてご紹介したいと思います。
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創作童話『夜ノアンパンマン』より冒頭5話

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  (1)

 第一章。
 あんパンが初めて製菓店舗の店頭に並んだのは1874年とされており、翌1875年(明治8年)4月4日には花見のために向島水戸藩下屋敷行幸した明治天皇山岡鉄舟が献上し、お気に召された天皇によりあんパンは宮内省御用達となりました。以降、4月4日は「あんぱんの日」となりました。
 創世当時のあんパンはホップを用いたパン酵母の代わりに、酒まんじゅうの製法にならって日本酒酵母を含む酒種(酒母、こうじに酵母を繁殖させたもの)を使っていました。中心のくぼみは桜の花の塩漬けで飾られます。パンでありながらも和菓子に近い製法を取り入れ、パンに馴染みのなかった当時の日本人にも親しみやすいように工夫して作られていたのが成功につながり、1897年(明治30年)前後には全国的に大ブレークして、製菓店の本店では1日10万個以上売れ、長蛇の列で30分以上待たさせることもあったといいます。
 現代では中の餡はつぶあんこしあんの小豆餡が一般的です。いんげんまめを使った白あんパンや、イモあんパン、栗あんパンなどの豆以外の餡を使ったもの、桜あんやうぐいすあんを使った季節のあんパンもあります。
 典型的な形状、つまり顔に当たる部分は平たい円盤で、ケシの実(ケシの種)、塩漬けの桜の花(ヤエザクラ)、ゴマの実が飾りに乗せられます。ただし必ずしもそれがあんパンの必須条件とは限りません。
 いつ彼が人格を持ち、人びとを飢えから救うのを自分の使命とするようになったかは、本当のところよくわかっていません。バットマンがジョーカーを必要とするように、ばいきんまんが現れるまでは彼はパッとしない絵本のヒーローでした。取り柄といえば空腹な人に、あんパンでできた頭をちぎって差し出すだけ。ちぎられた頭は完全になくなっても替えの頭を乗せればいいだけのようですが、ではアンパンマンの魂のありかとはいったいどこにあるのでしょうか?というのは、人間に限らず哺乳動物の身体構造からすればアンパンマンにとってあんパンには目鼻がついた頭部をなしているように見えますし、頭部が欠損して餡が露出すると脳漿以外の何物にも見えず、そのような状態で生命に支障がないとは擬似ヒューマノイドとしか考えられないからです。
 今夜はそんな謎に包まれたアンパンマンの、あまり面白くもない真相に肉迫してみたいと思います。ではばいきんまんさんからお話をうかがってみましょう。


  (2)

 窓辺に小鳥がさえずる鳴き声でアンパンマンは目を醒ましました。今日もいつもの平和な朝です。アンパンマンはうーん、と伸びをすると、パジャマを脱いでいつもの姿になり、マントをはおりました。マントとブーツ以外は、アンパンマンはいつでも同じ姿なのです。就寝する時はマントとブーツを脱いでパジャマをはおる、というだけです。今日もがんばるぞ、とアンパンマンは習慣的に意味もなく思うと、ジャムおじさんに朝いちばんの焼きたてあんパンと頭を取り替えてもらいに行きました。アンパンマンの朝いちばんの仕事はしょくぱんまんカレーパンマンと分担しているパトロールなので、毎朝新鮮な焼きたてパンに頭を取り替えてもらわなければならないのです。
 ジャムおじさんパン工場で、誰よりも早く起きて働いていました。助手は居候のバタコさん、見張りは(まだアンパンマンたちは起きてこない時間なので)めいけんチーズです。チーズはなかなか賢く人の言葉を解して知能も小学生並みにありますが、畜生の悲しさか人間の言葉は話せません。しかしこの世界で起きることで、チーズのうなり声とジェスチャーで伝達できないことなどめったにありませんでしたから、むしろ人権など顧慮しないでかまわない分チーズは便利な万能犬でした。
 やっぱりひと晩たつと皮も堅くなるなあ、とアンパンマンは思いながら、鏡に向かって自分の顔を乾拭きしました。朝起きて顔を洗うのは人間の習慣ですが、アンパンマンたちがそれをするとパン生地が水を吸って無惨なことになるのです。アンパンマンなんかまだいいよ、とカレーパンマンは言いました、しょくぱんまんなんかもっとガサガサでひび割れている時まであるってさ。もちろんおいらもコロモがボロボロ、そうでなければベタベタで、まくらカバーのかわりに新聞紙を敷かなきゃならないよ。
 だからぼくがリーダーなのかな、とアンパンマンは思うのでした。食パン頭とカレーパン頭、あんパン頭では、比較的標準的ヒューマノイドに近いのは形状・構造的にあんパンマンになるでしょう。ジャムおじさんの直営ファミリーには後から妹分のメロンパンナちゃんも加わりましたし、末っ子キャラのクリームパンダちゃんも比較的新顔でしたが、彼らはせいぜいアンパンマンたちをおびき寄せるためにばいきんまんの罠にかかるのが主な役割です。
 そう、ばいきんまん!その頃ばいきんまんは、今日も秘策を練っていました。


  (3)

 今日もこれから降りかかってくるばいきんまんの策略などいざ知らず、アンパンマンジャムおじさんのパン焼き場に入っていきました。ジャムおじさんおはようございます、やあアンパンマンおはよう。おはようアンパンマン、とバタコさん、わんわわおーん、とチーズ。パン焼き場はいつも通りあらゆる種類のパンの焼きたての入りまじった薫りでむせかえるようでした。この薫りの中で一日中働き、くつろいですらいられるジャムおじさんとバタコさんにはアルコールを含めた酵母に常人を超えた耐性があり、それを言えば人間の数万倍の嗅覚を持つはずのチーズは犬としてツァラトゥスータラタッタの域に達していると言っても過褒ではないでしょう。アンパンマンの正義の背後にはこうした超人集団(犬も含む)がついているのです。アンパンマンは焼きたてパンの盛り合わせをちらりと見ると、それではお願いします、と自分の頭を外しました。
 大人が言葉を失い、幼児には何の疑問もないのがアンパンマンのこの特性です。頭が欠けたと言っては頭を取り替え、頭が濡れたと言っては頭を取り替え、頭が汚れた、カビた(ばいきんまんの手下のかびるんるんにたかられるとすぐカビます)と言っては頭を新しいあんパンに替えてもらわないと必殺技のアンパンチを繰り出すパワーが出ないどころか、全身の力が抜けてヘナヘナになってしまうのですが、とすれば全身の力そのものが頭のあんパンをエネルギー源にしているらしい。古くなったり味が落ちたりしただけでもパワーは低下するらしい。とすると、アンパンマンにとって真のアイディンティティは頭と身体のどちらにあるのか。そもそも簡単に交換可能なものを頭と呼べるものなのだろうか。
 そうした疑問もやはりスルーして、アンパンマンジャムおじさんの「はい、新しい顔だよ」を待ちました。いつもならこのやり取りはあうんの呼吸で進みます。ところがアンパンマンの肩は頭の重みを感じず、いったいどうしたのかな、と一旦外した頭を小脇に抱えると、ジャムおじさんがエプロンの端をねじりながら何か言おうとしているのに気づきました。どうしたんですか、とアンパンマン。ふと見ると、バタコさんも何だか硬い表情です。チーズはといえばしょせん犬畜生ですから、いつものニヤニヤ笑いのままです。
 アンパンマンや、とジャムおじさん、今日は新作をつけてみないかね。何ですかこれは?見ての通りさ、乳頭じゃよ。


  (4)

 アンパンマンは一瞬言葉を失いましたが、つとめて平静に、でもぼくはこれまであんパン以外のパンを頭にしたことはいちどもありませんよ、と主張しました。アンパンマンや、乳頭はパンではないよ、とジャムおじさん。でもジャムおじさんが焼いたんですよね。
 私だけじゃないよ、バタコも焼いたんだよ。アンパンマンは同じ乳頭ならバタコさんのほうがいいな、とちらりと思いましたが、そういうことではないのに気づくのに時間はかかりませんでした。ジャムおじさんはパンを焼く人でしょう?私はケーキやパイも焼くよ。蒲焼きやサンマも焼きますよね、とバタコさん。うむ、バーベキューも焼きとうもろこしも焼くし、もちろん焼き芋だって焼く。
 だから乳頭も焼いてみたんですか、と喉もとまで言葉にしそうになりながら、アンパンマンはいけない、ぼくはジャムおじさんに逆らっちゃいけないんだ、と自戒しました。ジャムおじさん以外にも世の中にはパン屋さんはいますが、アンパンマンの頭になるあんパンを焼けるのはジャムおじさんだけなのです。
 ジャムおじさんアンパンマンの創造主ということではありませんが(ジャムおじさんもまた想像主によって生まれてきたのですから、しかし)、ジャムおじさんなくしてアンパンマンがないのは事実で、一方アンパンマンがいなくてもジャムおじさんは開業しているパン屋さんですから、パン屋さんの仕事はいつでもあります。もしジャムおじさんアンパンマンを毎日あたらしい頭に交換してくれなくなったら、アンパンマンは遭難したり迷子になったり、びんぼう暮らししている人たちを飢えから助けに行けなくなってしまいます。
 パトロールから帰るたび、アンパンマンしょくぱんまんカレーパンマンの頭は四分の一か、すさまじい時には頭をまるごと失っていました。飢えている人たちに分け与えてきたからです。しょくぱんまんはいいよな、とカレーパンマンがこぼすこともありました、ぼくカレー嫌い、って断られたりもするんだぜ。そういえばあんパンなんかじゃなくてもっと食べごたえのあるもの、中華まんのほうがいいなあ、と言われたことはあるよ。いや、ぼくだって苦労はしてるんだ、としょくぱんまん、食パンだけ?と言われる気分がきみたちにわかるかい?
 だからジャムおじさんは乳頭を焼いたのかもしれない、とアンパンマンは思いました、哺乳類はすべて乳頭によって育つ、そういうことだろうか。


  (5)

 それにじゃ、とジャムおじさんは湿気を帯びて癖のついたひげをととのえながら言いました、乳頭ならば今日みたいな雨の日でも面倒な支度もいらないばかりか、吸ってもらえばいいだけなのだからどうしても食べてもらう時には濡れてしまうパンに較べて便利ではないかね?はあ、とアンパンマンは歯切れの悪いあいずちを打ちました。なるほど言われてみれば、今朝は小鳥も鳴かない雨降りで、アンパンマンたち正義のトリオはそんな朝でもパトロールは欠かしませんが、頭を透明なヴィニール袋に包んで町や野山を巡回するのです。以前はプラスチックやガラスのヘルメットを試したこともありましたが、重い上に最大頭位まで収納口が開いているため雨水がすきまから入りこんで濡れてしまいやすく、アンパンマンたちは頭が濡れると頭をちぎって人にパンをわけてあげるどころか、からだに力が入らなくなるのです。これは濡れたパンしかあげられない、というヒーローにあるまじき無力感から来る心因性の症状かもしれません。だいたい原因不明の身体症状は心因性か加齢ということになるのです。閑話休題
 だからいちばん濡れない、しかも簡単で軽い方法というと頭をヴィニール袋で包むことなのですが、教育上の配慮から止めてほしい、と町の人たちから遠まわしに苦情が寄せられて、それじゃどうしたらいいんだろう、とアンパンマンたちは頭を悩ませていました。どのように教育上望ましくないというと、頭をヴィニール袋で包むのは自殺や殺人の手段にはもっとも労を要せず簡単で、証拠も隠滅しやすいからです。殺人の手段ならあらかじめ拘束して自由を奪う面倒もありますが、この方法なら数分で窒素死は確実で、しかも絞殺や溺死のように明確な殺害方法が特定できません。
 アンパンマンたちはヒーローですから、子どもたちがヴィニール袋をかぶって遊ぶ危険がある。ばいきんまん役の子が水鉄砲で攻撃すると(実際にばいきんまんがよくやる手です)アンパンマン役の子はすかさずヴィニール袋をかぶる、もちろん数分もたたず死んでしまう。さすがに子どもたちが真似ると危険だから止めてほしいと言われると、アンパンマンたちも納得せざるを得ません。そんなことになっては逆に正義の味方失格です。だからといって雨降りだからパトロール中止とはいかない。かえって遭難している人も多いかもしれない。
 だが乳頭とは?それではアンパンマンではなく、別物にならないか?


(初出2015年/全80回より抜粋・お借りした画像は本編と関係ありません)

シャンタル・アケルマン(1950-2015)の映画

(シャンタル・アケルマン、2012年)

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 ベルギー出身のポーランドユダヤ人女性映画監督シャンタル・アケルマン(Chantal Akerman, 1950-2015)の日本劇場公開作品はメジャー資本で完成された『ゴールデン・エイティーズ』'86(リオ主演のアイドル・ミュージカル映画)、アメリカのユダヤ系家庭の日常を描いたホームドラマアメリカン・ストーリーズ/食事・家族・哲学』'89、ジュリエット・ビノシュウィリアム・ハート主演のラブコメディ『カウチ・イン・ニューヨーク』'96の3本だけで、1972年の『Hotel Monterey(ホテル・モンタレー)』https://youtu.be/y7Z-rQAdmYA(サイレント)から2015年の遺作『No Home Movie』に至る22本の長編、1968年の短編処女作「Saute ma Ville(街をぶっ飛ばせ)」https://youtu.be/jx2RNzl-p3Q・(13分)、ニューヨーク留学中の「La Chambre(室内)」https://youtu.be/8AGakyb3eBU・(11分)から2007年の「Tombee de nuit sur Shanghai」に至る16編の中短編(多くは40分~60分)の全貌はよく知られていません。祖父母をアウシュビッツで亡くし、お母さんも強制収容所経験者であるユダヤ系家系のアケルマンは女性でユダヤ系でバイセクシュアル(ユダヤ教では絶対的タブー)というプロフィールを持ち、生涯ブリュッセル、ニューヨーク、パリ、テル・アビブを転々とした無国籍者でもありました。15歳でゴダールの『気狂いピエロ』'65を観て映画作家を志し、処女作『街をぶっとばせ』にはその影響が見られますが1970年~1972年にニューヨーク留学して実験派ミニマリズムに傾倒し、その成果がホテルの無人の内部を固定ショットで延々捉えた『ホテル・モンタレー』です。初の劇映画に進出したのが次作『私、あなた、彼、彼女』でフェミニズムのインディペンデント作家として将来を嘱望され、次の『ジャンヌ・ディエルマン、ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』はベルギー文化庁からの助成金を取りつけた201分の大作で国際的な新進監督の地位を固めました。同作はヴィレッジ・ヴォイス誌2001年選出の「20世紀映画ベスト100」の19位に選出され、フェミニズム映画の記念碑的作品として評価が定着しています。'70年年代の長編には次いで母からの手紙の朗読をニューヨークのドキュメンタリー映像に重ねた『家からの手紙』と、『私、あなた、彼、彼女』同様アケルマン自身がモデルの20代の女性映画監督を描いた『アンナの出会い』があり、ロードムーヴィー趣向や演出技法は5歳年長のヴィム・ヴェンダースに近似していますが、表現内容はヴェンダースに激しく対立するものでした。
 世界各地を転々としたアケルマンにとって最大の支えはブリュッセルの母であり、遺作『No Home Movie』は『家からの手紙』以来シリーズ化していた母との対話を中心としたセミ・ドキュメンタリーでしたが、編集段階でアケルマンのお母さんは亡くなります。母の老衰介護にすでに鬱状態にあったアケルマンは同作を完成し2015年8月のロカルノ映画祭に出品後、10月5日にパリで自殺しました。パリへは10日前に着いたばかりでした。'70年代はプライヴェート・フィルムに近い作風だったアケルマンは'80年代に商業映画に接近し、'90年代にはテル・アビブ移住から人種紛争を見つめた作風に変化しますが、一貫して孤独を抱えていた映画作家だったように思えます。劇場公開作品はアケルマンにはむしろ傍系の商業映画なので、一応非営利団体によって日本でも自主上映されてきたインディペンデント作品にアケルマン作品の本流はあります。やはり'80年代半ばの同時期にようやく日本に紹介されたドイツのゲイ監督ヴェルナー・シュレーター(Werner Schroeter, 1945-2010)作品同様アケルマンの映画はマイノリティによる個人映画の極めつけとも言えるものです。ご紹介する作品は幸いサイト上で無料視聴可能でリンクを引いておきましたので、ご興味いただければ幸いです。

●『私、あなた、彼、彼女』Je, Tu, Il, Elle (ベルギー/フランス'74)*118mins(66th Berlin International Film Festival, 2016 Version : Originally Length : 89mins), B&W : https://youtu.be/XxMuzF7PouI

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・アパートに越してきたヒロインがベッドの位置をいろいろ変えたり原稿を整理したりシリアルだけの食事をしたり夜中に水を飲みに起きたり寝起きに裸でボーッとしたり考えごとにふけったり全裸のまま窓外の雪景色に見入ったりまたゴロゴロしたりする冒頭32分間でわずか20カットほど(輸入DVDのオリジナル89分版によります)。数か所時間経過で黒味つなぎが入ります。場所はワンルームの室内だけ。前半の登場人物はヒロイン(アケルマン自演)一人で、日記程度のモノローグがぽつりぽつりとつぶやかれる。着替えて部屋から街中に出てバスに乗るのが33分目、35分目から安レストランで一人で食事する男が映り、4分1カットが続いた後39分目でやっとヒロインは男と合流してバーに移る。男の車で別のレストランに着くと44分目。会話もなく煙草をふかしカクテルをすするだけで1カット3分が過ぎる。男の車中で男の横顔、モノローグだけで後背位のセックス・シーンが1カット3分。車を運転しながら家庭生活と仕事の不満と満足感、女性観を語る10分間の男のモノローグの1シーン1カット。60分目、男が立ち寄って電気カミソリでひげを剃って帰る。ヒロインは女友達の部屋を訪ねる。無言でキス。二人は10分間1カットで黙々とサンドイッチだけの食事をし、ヒロインは女友達のブラウスの胸をはだける。1時間11分目には二人は全裸で戯れあい、5分目までは真横からローアングルの1カット、5分目以降は俯瞰のミドルショットで4分間のキスシーンが続き、さらに逆方向のミドルショットから全身を捉えたセックスのクライマックスに進み、最後の1分で横たわったベッドからヒロインが衣類を持って起き上がり、画面上手にフレーム・アウトする。簡潔なエンドクレジットにヒロインと女友達がアカペラで一緒に歌う童謡が流れて終わります。映画全編が現実音だけで映画音楽はつきません。
 インディペンデント作品とはいえ劇映画第1作で早くも確立された作風。全編フィックス(固定)ショットの映像は無人の実験映画『ホテル・モンタレー』と手法的には変わりませんが、ヌーヴェル・ヴァーグやポスト・ヌーヴェル・ヴァーグ映画作家なら映画史的な伝統にこじつけるような技法の衒いは一切感じさせません。この大胆さは80年代以降の古典回帰的なアート映画の傾向とはまったく違ったものです。

●『ジャンヌ・ディエルマン、ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』Jeanne Dielman, 23 Quai du Commerce, 1080 Bruxelles (ベルギー/フランス'75)*201mins, Eastmancolor : https://www.youtube.com/playlist?list=PL9A248DA2FBE7B0F6

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・デルフィーヌ・セイリグ(1932-1990)が高校生の息子との母子家庭の中年主婦ジャンヌ・ディエルマンに扮して平日のある1日の昼から3日目の昼までの足かけ3日、48時間の生活をたどりカタストロフを迎えるまでを3時間21分の大作に描いた異様な日常映画。ベルギー政府からの助成金を受け低予算でフランスとの合作で製作、スタッフの大半は女性でカメラは常に人物を正面から捉えたフィックス・ショット、室内ではロー・アングルでクローズアップも主観(一人称)ショットも切り返しショットもない徹底ぶりです。ヒロインの住むアパート。部屋の片づけをし隣の赤ん坊を預かったヒロインに男が訪ねてきて二人は寝室に消える。出てきて男を戸口へ送るとキッチンテーブルの貯金箱にお金を入れる。入浴してお湯を抜きながら湯船の掃除をする。赤ん坊を引き取りに来た隣人の女性に赤ん坊を返す。帰宅する息子。肉の煮込みとポテトの夕食をとり食後は息子の宿題を手伝う。宿題の後の団欒。息子は読書、ヒロインは繕いものをする。お休みのあいさつをして寝室でベッドに入る。朝。朝食。息子を送り出した後は床に掃除機をかける。外出して銀行に寄り、食料品店で食材を買う。帰宅して一人の昼食。コーヒーをたててくつろぐ。隣の赤ん坊を預かる。前日とは別の男(ドニオル=ヴァルクローズ)が来る。男を送り出し貯金箱にお金を入れて、入浴、入浴後の浴槽掃除。夕食の支度(本作で一番有名な場面)、二人分のジャガイモの皮むきをする真正面からの固定ショットが最初の1個から最後の1個まで1シーン1カットで約10分間続く。赤ん坊を引き取りに来た隣人の女性に赤ん坊を返す。夕食。夕食の後の雑談。おやすみのキスをして寝室でベッドに入る。朝。朝食。掃除、外出、銀行。待たされる。ジャンヌは昨日、一昨日より明らかに苛立った様子になっている。食料品店。また待たされる。帰宅して一人の昼食。落ち着かなくまた掃除する。また別の男が来る。初めて寝室内の売春行為が描かれる。無言で抱かれながらオーガズムの声を上げるジャンヌ。ベッドから起き上がり、うつぶせに寝たままの男の背中に果物ナイフを突き立てる。無言のまま動かなくなる男。静まり返った部屋の隅の椅子に座り込んだジャンヌを映したまま映画は終わります。
 ニューヨーク・タイムズ2016年3月14日書評の『Cult Cinema』(Door Ernest Mathijs,Jamie Sexton共著)でカルト映画クラシックの筆頭に上げられ、ヴィレッジ・ヴォイス2001年の"100 Best Films of the 20th Century: Village Voice Critics' Poll"では20世紀映画ベスト100の19位に選出。14位『国民の創生』、15位『オズの魔法使』、16位『素晴らしき哉、人生!』、17位『奇跡』18位『イントレランス』に次ぎ、20位『サイコ』、21位『チャイナタウン』、22位『M』、23位『七人の侍』を押さえた19位です。「主婦の日常は映画ではヒエラルキーの最下位に置かれていました。この映画はそうした映像的価値観への意義申し立てです」というアケルマンの主張、セイリグの名演とあいまって映画史上初の真のフェミニズム映画であり'70年代映画の金字塔と古典的評価が定まっています。確かに突出した作品ですが、同じ手は2度は使えないのも確かな際どさもあります。

●『家からの手紙』News From Home (フランス/ベルギー'77)*89mins, Eastmancolor : https://youtu.be/25PtR1h0xlc

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・ニューヨークの裏通りを捉えた長いフィックス・ショット。車がゆっくり通り過ぎ、遠く通りの奥では子供達が遊んでいる。ベルギーの母からの手紙を読むアケルマンのナレーション。「かわいい娘へ。仕事はすすんでいますか。ニューヨークの生活が楽しくありますように。今日はお母さんの誕生日でした。あなたのさらなる成功をお祈りしました」。「シャンタルへ。夏の衣服を仕立てました。3週間後には届きます。通院は大丈夫です」。「いとしい子へ。ニューヨークはいろいろ危険な噂も聞きます。どうか気をつけてください」。路上、地下鉄、車や車両の運行は見えるが人物はたまに後ろ姿、遠景にしか映らない。「ドル立てで送金します。ついこの間……」親戚たちのさまざまな、親戚同士でないと意味をなさない詳しい近況報告。街路から撮した深夜のドラッグストア。商店街の街灯と次々過ぎる車のヘッドライト。夜の公園の噴水。そこそこ混んだ地下鉄の車内、駅で乗り降りがあると数人はカメラに気づいて目線を向け、数人は別車両に移る。「お父さんはこの頃……」昼間の街路の雑踏。「……最近の写真を送ってください。あなたを大好きなママより」「映画賞おめでとう。有名になったのね。親戚ではあなたが話題になるたびみんなわくわくしています。お父さんのように働きすぎでからだをこわさないように。キスを送ります」。外も内も落書きだらけの地下鉄に有色人種ばかりの時間、白人がほとんどの時間。「いとしい娘へ。忙しいのは良いけれど、もっと手紙も書いてください。今、叔母さんから相談を受けて困っています。叔母さんは私のように幸せな母親ではないのです。どうしたら彼女の悩みを助けてあげられるやら」。地下街を行き交う人々。外は夕方。次々に灯る電飾。「かわいい子へ。昨日はひさしぶりに……」母親の同窓会があってみんなアケルマン家と親しいらしい。バスターミナル。1時間目から延々続く無音・ナレーションもない、ひと気のない街中の長い移動ショット。1時間10分目、地下鉄の車中から突然音声が戻る。再びニューヨーク風景と手紙のナレーション「最後に会ってからもうどれだけ経つかしら。シャンタル、いつでも帰っておいで」。最後の10分はナレーションはなく自然音のみで、港を出た船上からニューヨークの埠頭を臨む長いショットで終わる。
 映画全編音楽は一切なく(街頭で流れる音楽もない)現実音だけばかりか、完全なサイレントになる場面も途中とラストのシークエンスで10分ずつ続きます。映画1本にラジオ、テレビ、レコードから10曲はヒット曲を使うヴェンダースと対照的。ヴェンダースと似ているようでまったく逆(アケルマン自身もヴェンダースのドイツ性を批判、またゴダールにも批判的立場に変わっている)なのは、次作ではますます際立ってきます。

●『アンナの出会い』Les Rendez-vous d'Anna (フランス/ベルギー/西ドイツ'78)*126mins, Eastmancolor : https://youtu.be/pK_tfUYOKos

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・アケルマン自身がモデルのインディペンデント女性映画監督アンナ・シルヴァ(オーロル・クレマン)が新作の映画祭プロモーションを終え帰路につく旅程を描いたロードムーヴィー。映画全編が現実音だけで映画音楽は使われず、例によってタイトル・バックは一切無音で、ファースト・カットの駅のホームも長い1シーン1カットのフィックス・ショットで始まる。ケルンに着いたアンナはホテルにチェックインし、少し休んだ後あちこちに電話をかける。現地在住の恋人ハインリヒと再会するが前戯のうちに止めてしまう「もう服を着ましょう」「別れた妻にもそう言われたよ」「私は自分に言ったのよ」。明日は5歳になる娘の誕生日なんだ、母と娘に会ってくれないか、と高校教師のハインリヒ。アンナはひとりでホテルに戻り眠って、翌日ハインリヒと会って家を訪ねる。庭を散歩しながらドイツ分断の歴史を語るハインリヒ。アンナはハインリヒの母と娘にあいさつだけして晩餐は辞去して帰る。ケルンからブリュッセルへの乗り換え駅に向かったアンナは駅で母の旧友アイダに出会う。アイダは息子たちが皆疎遠になって孫もいないことを嘆き、アンナに子供は欲しいか訊く。欲しいわ、とアンナ。あなたのご両親もお孫さんが欲しいわね、手遅れになる前に子供を持てればいいけど、とアイダ。アイダと別れて列車を乗り継ぐアンナ。乗り継ぎのホームのベンチで「パリまで行くのかい」と隣の男。「ブリュッセルまでよ」「ぼくはパリまでなんだ」と煙草を差し出す男。車中、「ブリュッセルは初めて?」「生まれた所よ」「いい町だね、2年前にバカンスで過ごした」私は8年前に出たきり、とアンナ。20年くらいブリュッセルにいたの?と男。ええ、とアンナ。ぼくはベルリン生まれだ、パリならもっと自由に暮らせそうな気がする、人は結局どこかに住まなければならないし、と男。そうね、とアンナ。軍隊で6か国に駐留してまわった、と男、長かった。次はブリュッセルだわ、とアンナ。男は窓の外を見つめて動かない。ブリュッセル駅で降りるアンナ。ひと気のない改札口で母が待っている。母に父と兄弟の様子を訊き、母娘はカフェで休み、ホテルのダブルベッドで横になって長話をする。翌朝母の見送りで再び列車に乗り、降りた駅で恋人ダニエルの迎えの車に乗る。お腹すいてる?食事する?わからない、とダニエル。会話中にアンナはダニエルに甘えかかり、ダニエルは遮ってカーラジオでクラシック番組をかける。アンナの自宅ホテルの部屋でダニエルはとりあえずテレビを無音で点ける。先に入浴するわ、とアンナ。入浴する必要あるかい、とダニエル。アンナの入浴は長くダニエルは疲れ気味。何もかもが忙しい、食欲すらあるのかないのか自分でも何だかわからない、とダニエル、そういう時は音楽を聴けばいいというが女の声で十分だ、歌ってくれないか。私音痴よ、とアンナ。構わない、とダニエル。アンナはアカペラで小唄を1曲歌う。ベッドに横たわるダニエルをアンナは全裸で抱擁するがダニエルは疲れてるんだ、と拒む。ホテルに栄養剤はなくタクシーで薬局から買ってくる。ダニエルに栄養剤を飲ませマッサージするが「もういいよ」と眠り込んでしまう。朝。ダニエルはもういない。カーテンを閉ざしたまま薄暗い部屋でアンナは冷蔵庫のコーラを飲み、ひとりでベッドにあお向けになりながら十数件貯まった仕事、友人、男女の恋人たちからの留守番電話を聴く。無音のエンドロール。
 '70年代ロードムーヴィーの傑作ですがヴェンダース作品の抒情性とはまったく異なる。ロードムーヴィーだから傑作になったのではなくヒロインの旅程(帰路)は日常でしかなく、誰もが疲れているのです。冒頭無人の駅ホームを撮したフィックス・ショットにヒロインが入ってくるシークエンス、ラストの留守番電話を延々聴くシークエンス、ともにヒロインが主役ではなく駅のホームの映像こそが主役であり、果てしなく続く留守番電話の音声が響く寝室の音声/映像こそが主役でヒロインはそこに居合わせているだけの存在にすぎません。『ジャンヌ・ディエルマン~』同様フィックス・ショットの徹底と一人称ショット、モノローグやナレーションは一切排され、自我の消滅では『ジャンヌ~』よりさらに徹底しています。しかもこれは小津やブレッソンとも関係なく、アケルマン自身から生まれてきた発想なのが直截に伝わってきます。

創作童話『NAGISAの国のアリス』より冒頭5話

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  (1)

 第一章。
 10歳のアリスはお姉さんのロリーナ(13歳)と妹のエディス(8歳)といっしょに川のほとりに座り、ドジソン先生のお話を聞くのが好きでした。ドジソン先生は当年とって30歳、男ざかりの数学の先生で、年ごろの男性にはよくあることですが同年輩の男も苦手なら女ざかりの女性はなお苦手で、くつろげるのは第2次性徴期前の少女を相手にしている時だけ、というタイプでしたが、そんなことはアリスたちにはわかりません。ドジソン先生にとってこの三姉妹は、13歳のロリーナはぎりぎり相手にできる年ごろで、8歳のエディスは姉たちと並ぶと幼なすぎる。ですからちょうど真ん中の歳の、10歳のアリスが先生にはいちばんのお気に入りでした。さすがにそれは少女たちにも感づかれていて、アリスは靴の中に画鋲を入れられたり、砒素を盛られて髪がごっそり抜けたりしましたが、ドジソン先生が姉妹どうしの嫉妬に気づいていたかどうかはわかりません。
 「学生時代最後の夏休みに」と先生は話し始めました、「大ノッポ、中ノッポ、チビの3人は田舎の海に遊びに行きました。暖い陽気に誘われて3人は泳ぎましたが、その隙に服を盗まれ、かわりに軍服がありました。3人はそのため先々で密入国者扱いされ、パトカーに追われる破目になったのです」。
 そして、たまたまセクシーなおねいさんから温泉で服を盗んだらいいわ、とアドヴァイスされましたが、謎の青年たちに拳銃を突きつけられ、元の服に戻されてしまいます。彼らには何か事情があるらしいものの、3人には何が何だかさっぱりわかりません。ただただパトカーと青年たちを逃れて走り回らねばなりませんでした。追われているうちに3人は次第に逃げ方も隠れ方も上手になりましたが、今は都会が平和で天国のようなところに思えるのでした。三人の逃走に協力してくれたおねいさんは毒虫のような悪者の情婦でしたが、3人には天使のように親切でした。そんなうちに中ノッポがおねいさんに恋してしまいました。ですが3人はパトカーと、消えてはまた現われる謎の青年たちの拳銃におびえながら首都に向って逃亡を続けていかなければならなかったのです。
 先生、とロリーナは首をかしげました。そのお話にはどういう教訓があるのですか?
 いや、これは正確にはお話ではなく、と先生、動物ならば骨に相当する、プロットと言うものです。そして骨はそれだけでは動物にはならず、教訓もありません。


  (2)

 2016年は平成28年でしたよね、と姉のロリーナが訊きました。……
 2016年は平成28年ですよ、とドジソン先生は答えました。……
 平成28年は2016年なの?と妹のエディスは訊きました。……
 平成28年は2016年よ、と10歳のアリスは答えました。……
 玄関のドアポストには宅急便の不在配達票が入っていました。ずっと部屋にいたはずなのにどうして気づかなかったんだろう、とドジソン先生は思いました。ドジソン先生は不在配達票を手に取り、発送元・海外、内容・成人映画と記載されていましたが思い当たる節がないので、自分が注文したのではないからには誰かが自分に配達されるよう手配したのに違いない、と考えました。ならば誰が何の意図で、ということの方が重要なはずですが、ドジソン先生にとってはそれよりも、成人映画とはいったいどんな成人映画なのだろうかと気になって、気持が動揺したのでした。
 成人映画ってなあに?とエディス(8歳)。お話は黙って聞きなさい、とロリーナ(13歳)。きっとおとなの観る映画よ、とアリス。ドジソン先生、どんな映画だったの?
 先生は不在配達票の裏からバーコードをスマホで読み取り、在宅だからいつでも再配達してほしいと連絡しようとしましたが、サーバーがダウンしているとしか思われないエラー表示しか出ません。時間を置いて再接続するしかないか、とドジソン先生は思いましたが、その時ドアに硬いノックの音がしました。宅急便の再配達かな、とドジソン先生は、はーい今行きます、と三文判を台所の引き出しから取り出しました。どうしてチャイムを鳴らさないのだろう、たぶんさっきも今みたいにノックして、ノックの音は部屋の中には実はあまり響かないから気がつかなかったのだ。三文判を探しながらドジソン先生は再び大声で、今出ます、ハンコは要りますよね、と訊きました。宅急便ではなく認め印不要の普通郵便で、ポストに入らない大きさのものを郵便配達員が手渡しで届けに来る場合があるのです。しかしドアの向こうからは返答はありませんでした。
 聞こえなかったのかしら、とエディス。気持悪いわ、とロリーナ、私だったら居留守を使います。私は平気よ、とアリス、先生はどうしたんですか?
 ドジソン先生はドアの向こうにはもうノックの主はいない、と感じました。だが訪ねてきたのが何者だとしても、それはきっとその成人映画に関わることなのです。


  (3)

 ノックの音に気づいてドジソン先生がドアを開けると、そこに立っていたのは小さなエディスでした。こんばんわ、と小さなエディスは言いました。
 私そんなの知らないわ、とエディスは言いました。いいから黙ってなさい、とロリーナは妹をたしなめました。先生、それから?
 ドジソン先生はきみは少し小さすぎるみたいだね、と言い、ほら、お菓子を持ってお帰り。小さなエディスはうなずくと、チョコビのトロピカルフルーツ味を選んでドジソン先生に見せました。おや、そんなお菓子があったのかい。ドジソン先生はエディスにチョコビを渡すと、持ってお帰り、と言いました。
 それからドジソン先生が作りかけだった数学の問題に戻ると、また遠慮がちなノックの音がしました。どうしてチャイムを鳴らさないんだろう、とドジソン先生は思いました。うちのチャイムのボタンは、そんなに鳴らしづらいところについているのだろうか。ですがその理由は、ドジソン先生には思いもよらないことでした。なぜなら、部屋の主であるドジソン先生本人は自分の借りている部屋に入るのにチャイムを鳴らすことはなかったからです。
 よくわからないわ、とアリスは言いました。だって先生は理由がわかったんでしょう?そうでなければチャイムのことなんか話題にするわけないもの。
 いいから口を挟まないで、と姉のロリーナは妹をたしなめました。先生のお話にはまだ続きがあるのよ。ちゃんと聞いていればわかるわ。アリスは不服で、妹のエディスとせっせっせでもしたい気分でしたが、それも子供じみているので止めました。ドジソン先生は意にも介さない様子でお話を続けました。
 誰もがチャイムを鳴らさずドアをノックしたわけは、チャイムが酒臭かったからです、とドジソン先生は言いました。酒臭いチャイム?とロリーナは訊き返しそうになりましたが、話の腰を折っては駄目と妹たちに注意してきた手前、口を挟むわけにはいきません。
 ドジソン先生がドアを開けると、立っていたのは大きなロリーナでした。こんばんは、とロリーナは言いました。
 妹のアリスとエディスはロリーナのこわばった顔を見つめました。ドジソン先生はロリーナに真面目な口調で、きみは少し大きすぎるみたいだね、何か果物を持ってお帰り、と言いました。いりません、とロリーナ。そうかい、それなら手ぶらでお帰り。
 それから再びノックの音がしました。ドジソン先生は大根を構えました。


  (4)

 大根をどうする気なの?とエディスが訊きました。てにをはが間違っているね、とドジソン先生。大根を、ではなく大根で、が正しい。もちろん大根で人を殴るんだよ。
 暴力はいけないと思います、とロリーナ。それに食べ物をそんなふうに、粗末にするのも良くないわ。
 大根を棍棒がわりに使ってはいけないという決まりでもあるのかね、とドジソン先生。杖やレンガやブロックで殴るのは普通で、大根を使うと変態扱いされるのは公平を欠いてはいないかと私には思えてならないよ。
 変態とは言っていません、とロリーナ、私が言いたいのは暴力と、それから食べ物は粗末にしては……。
 そこだよ、とドジソン先生、どうしてパイなら人に投げてもいいが、大根で人を殴ってはいけない?
 それは暴力が……。
 そこよ、誤解は、とドジソン先生。私は暴力ではなく正当防衛のために練馬大根を握ったのです。
 正当防衛?とアリスは突っ込みました、先制攻撃の間違いじゃないの?だってまだドアも開けていなかったんでしょう?誰がいるのかもわからなかったはずじゃない。
 ドアの外で、酒臭いチャイムに顔をしかめながらドジソン先生に招き入れられるのを待っていたのはアリスでした。エディスが訪ねて帰され、ロリーナが訪ねて帰された後ではアリスが最終兵器になるしかありません。ところで、姉妹たちはなぜ、代わるがわるドジソン先生を訪ねたのでしょうか?
 エディスはロリーナを見ました。ロリーナはそしらぬ顔でアリスを見ました。アリスはエディスを見つめていましたが、ロリーナの視線を感じるとエディスの視線を誘導してロリーナにはちあわせさせました。ロリーナは姉の威信がないがしろにされた気持で末妹の助力を借りると、エディスとふたりでアリスに責めるような視線を浴びせました。アリスは伏し目がちでいましたが、ロリーナとエディスにはアリスの様子が姉妹の中で唯一、まだドジソン先生に追い返されてはいないのに由来する自信のように見えて、激しい嫉妬に襲われました。
 わかった、とアリスは言いました、私はドジソン先生を殺しに訪ねたのよ。だから先生は正当防衛で先制攻撃するために練馬大根を手に取ったんだわ。違いますか?
 おおむね違いません、とドジソン先生は言いました、ところで大根には、殴る以外の使い道もあります、とドジソン先生は練馬大根を振り回しながら言いました。練馬大根は変態倶楽部です。それをお忘れなく。


  (5)

 犬のメスの発情周期は6か月から8か月ですが、犬種により差があります。発情期間は約3か月で、この期間のうち前期1か月間が実際に交尾によって繁殖できる可能性のある期間です。発情期に入ると、メスは性器を自らなめる仕草が多くなり始めます。この時期にメスの性器が発するフェロモンが周囲のオスに発情期を察知させるので、余計なオスを興奮させないためにも、発情期のメスをドッグランなど不特定多数のイヌがいる場所に連れ出すのは控えた方が良いでしょう。次いで性器が充血して出血(生理)が始まる時期に移行します。その期間は平均10日前後で、この時期に相手のオスと同居させることで交配が行われます。
 交尾の際にはほかの多くのイヌ科の動物と同様に交尾結合が見られ、後背位で結合した後にオスがメスの尻をまたいで反対向きとなり、お尻とお尻を向かいあわせた状態で、長い時は30分以上交尾が継続します。交尾中はオスの陰茎は根元付近が特に大きく肥大してメスの膣から抜けなくなるため、射精が終了するまでは人の手でも引き離すことは困難です。ブリーダーによる血統証明書の申請の際は、この「お尻を向かい合わせた姿勢」の写真を根拠に交配証明書を作成することが一般的です。
 いっぽう練馬大根は、東京の練馬地方で作り始めた大根を言い、練馬区の特産品にもなっています。この地域の土壌が関東ローム層であり、栽培に適していたのです。練馬大根とは白首大根系の品種で、重さは通常で1~2kg前後、長さは約70~100cmほどにもなります。首と下部は細く、中央部が太い形状が特徴で、辛味が強く、沢庵漬けに適した「尻細大根」と、その改良型で煮て食べたり、浅漬に用いられる「秋詰まり大根」の2種類があります。
 利用法としては漬物、特にたくあん用として重宝されます。辛味が強いことから、大根おろしにも利用され、その他煮物、干しダイコンなどに使われます。
 現在生産量が少ない理由としては、収穫時の重労働があります。練馬大根の特徴が、首と下部は細く、中央が太いということがあり、収穫で練馬大根を引き抜く際に、非常に力が必要になります。ある調査によれば、練馬大根を引き抜くには、青首大根の数倍の力が必要であるといいます。そのため、高齢の農家への負担が大きいと言われます。
 ドジソン先生は目をつぶると、意地でも大地から抜けない明るい青空の下の練馬大根に思いをめぐらせました。


(初出2016年/全80回より抜粋・お借りした画像は本編と関係ありません)

あけましておめでとうございます

 元旦のお寿司の折詰め。
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 遅まきながら、あけましておめでとうございます。年末年始は自炊は手抜きですごしました。大晦日のお昼は助六寿司。
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 大晦日の年越しそば。
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 二日のお寿司の折詰め。
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 三日の太巻き寿司。
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 では、三が日も明け、今年も皆さまにおかれましても良い一年になりますように。

ジャズ愛聴盤ベスト10(または20)

1. チャーリー・パーカー『バード・アット・セント・ニックス』(Debut, 1955/Rec.Live.1950)

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2. エルモ・ホープ『ヒアズ・ホープ!』『ハイ・ホープ!』(Celebrity-Beacon, 1961-1962/Rec.1961)

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3. エリック・ドルフィーブッカー・リトルクインテット『アット・ザ・ファイヴ・スポットVol.1』(New Jazz, 1961/Rec.Live.1961)

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4. ビリー・ホリデイ『レディ・ラヴ』(United Artists, 1962/Rec.Live.1954)

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5. バド・パウエル『ホット・ハウス』(Fontana, 1966/Rec.Live.1964)

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6. ファッツ・ナヴァロノスタルジア』(Savoy, 1958/Rec.1946-1947)

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7. レニー・トリスターノ『メエルストルムの渦』(East Wind, 1976/Rec.1952-1966)

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8. チャールズ・ミンガス『メキシコの想い出』(RCA, 1962/Rec.1957)

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9. ポール・デスモンド・カルテット(フィーチャリング・ジム・ホール)『ボッサ・アンティグア』(RCA, 1965/Rec.1964)

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10. セシル・テイラー『カフェ・モンマルトルのセシル・テイラー』(Fontana, 1962/Rec.Live.1962)

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11. トニー・フラッセラ『トランペットの詩人』(Atlantic, 1955/Rec.1955)

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12. ジョー・ゴードン『ルッキン・グッド!』(Contemporary, 1961/Rec.1961)

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13. アーニー・ヘンリー・カルテット『セヴン・スタンダーズ・アンド・ア・ブルース』(Riverside, 1957/Rec.1957)

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 1位~3位は不動。特にパーカーの急逝直後にジャズマン間で回し聴きされていた客席録音ライヴをパーカーに私淑したチャールズ・ミンガスマックス・ローチが共同インディー・レーベルから急遽追悼盤としてリリースした『バード・アット・セント・ニックス』は音質劣悪ながら臨場感満点で、リラックスした演奏とベスト選曲、雰囲気ある着色写真のジャケットとあいまって発掘ライヴ以上の価値があります。
 ベスト10と言いつつ13枚(エルモ・ホープの2枚は実質的に2枚で1作です)を上げましたがこれでは全然足りません。(1)Blue Noteレーベルは入れない、(2)ピアノ・トリオは極力避ける、(3)ハード・バップは入れないと決めたので制約がある上、モンクもディジーもダメロンもワーデルもサン・ラもMJQもマイルスもブレイキーもロリンズもクリフォード、グリフィン、ラティーフ、ドーハム、コルトレーン、マクリーン、モブレー、オーネット、ラサーン、ハービー・ニコルス、アンドリュー・ヒルラリー・ヤングも入りきらなかったし、白人ジャズでもブルーベック(やはり重要アーティストです)やゲッツやマリガンやコニッツやペッパーやチェットやジュフリーやズートやウッズやエヴァンス、バド・シャンクやリチャード・ツワージック、スティーヴ・レイシーが入りきらなかった。また40年代~50年代ジャズマンからは晩年近くの作品が多くなってしまったのも偏向気味です。ビ・バップ、フリー・ジャズの名盤の数々も心残りだし、欧州ジャズからクシシュトフ・コメダクインテットの『Astigmatic』(Muza, 1966/Rec.1965)、ペーター・ブロッツマン・オクテットの『Machine Gun』(FMP, 1971/Rec.1968)、ミュージック・スポンティニアス・アンサンブルの『Karyobin』(Island, 1968/Rec.1968)の3枚は入れたかった。またビリー、パーカー、バド、モンク、トリスターノ、ミンガス、ホープドルフィーは何枚ベスト10に選んでもいいので、モンクを落としビリーやパーカーから1枚だけというのは11位~13位に寡作不遇ジャズマンを入れるための苦肉の策でした。あと7枚つけ足してベスト20にするなら、先の欧州ジャズの金字塔3枚かパーカーとビリーとバドの没後発表発掘ライヴから1枚ずつのどちらかに加えて、コールマン・ホーキンスブッカー・リトルの参加の名盤でもあるマックス・ローチの『ウィ・インシスト!』(Candido, 1960/Rec.1960)とエリック・ドルフィー、テッド・カーソン参加の名盤でもあるミンガスの『チャールズ・ミンガス・プレゼンツ・チャールズ・ミンガス』(Candido, 1960/Rec.1960)、アルバート・アイラー・トリオの『スピリチュアル・ユニティー』(ESP, 1965/Rec.1964)とジュセッピ・ローガン・カルテット『ジュセッピ・ローガン・カルテット』(ESP, 1965/Rec.1964)にしたいと思います。
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2020年新作深夜冬アニメ(1月~3月・首都圏版)放映予定一覧

(「マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝」公式キーヴィジュアルより)
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 2020年新作深夜冬(1月~)アニメの放送開始予定を放映日順に並べてみました。首都圏地上波局と全国放映無料BS局のみ上げ、各地域の地上波局は割愛したのをご了承ください。なお日曜早朝女児向け枠アニメですが、2月2日(日)8:30~テレビ朝日系列放送開始予定の「フィーリングっど♥プリキュア」は悠木碧さん主演が発表されており、こちらも楽しみなものです。

Re:ゼロから始める異世界生活 第1期 新編集版※全話1時間枠
TOKYO MX:01/01(水) 23:30~
BS11:01/01(水) 25:00~
ダーウィンズゲーム※初回1時間放送
TOKYO MX:01/03(金) 24:00~
BS11:01/03(金) 24:00~
◎恋する小惑星(アステロイド)
TOKYO MX:01/03(金) 22:30~
BS11:01/03(金) 23:00~
◎マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝
TOKYO MX:01/04(土) 24:00~
BS11:01/04(土) 24:00~
◎りばあす※「月刊ブシロードTV」内放送
TOKYO MX:01/05(日) 21:30~
◎八十亀ちゃんかんさつにっき 2さつめ
TOKYO MX:01/06(月) 25:00~
◎おーばーふろぉ
TOKYO MX:01/05(日) 25:00~
id:INVADED イド:インヴェイデッド※初回2話連続放送
TOKYO MX:01/05(日) 24:00~
BS11:01/05(日) 24:00~
◎映像研には手を出すな!
NHK総合:01/05(日) 24:10~※関西地方は24:45~
◎へやキャン△
TOKYO MX:01/06(月) 21:54~
BS11:01/06(月) 21:54~
◎なつなぐ!
TOKYO MX:01/06(月) 25:35~
◎pet-ペット-
TOKYO MX:01/06(月) 22:00~
BS11:01/06(月) 23:00~
◎群れなせ!シートン学園
TOKYO MX:01/06(月) 24:30~
BS11:01/06(月) 24:30~
◎ブレーカーズ
NHK Eテレ:01/07(火) 18:45~
魔術士オーフェンはぐれ旅
>BSフジ:01/07(火) 24:30~
TOKYO MX:01/08(水) 22:00~
TOKYO MX:01/08(水) 24:00~
◎痛いのは嫌なので防御力に極振りしたいと思います。
TOKYO MX:01/08(水) 25:35~
BS11:01/10(金) 25:00~
◎number24(ナンバー・トゥーフォー)
TOKYO MX:01/08(水) 22:30~
BS日テレ:01/09(木) 25:00~
空挺ドラゴンズ
>フジテレビ:01/08(水) 24:55~
>BSフジ:01/15(水) 24:00~
◎プランダラ
TOKYO MX:01/08(水) 25:05~
BS11:01/09(木) 23:00~
ムーミン谷のなかまたち シーズン2
>BS4K:01/09(木) 19:30~
◎ネコぱら
TOKYO MX:01/09(木) 22:00~
BS11:01/09(木) 24:30~
SHOW BY ROCK!! ましゅまいれっしゅ!!
TOKYO MX:01/09(木) 22:30~
>BSフジ:01/09(木) 24:00~
◎インフィニット・デンドログラム
TOKYO MX:01/09(木) 23:30~
BS11:01/09(木) 23:30~
◎宝石商リチャード氏の謎鑑定
TOKYO MX:01/09(木) 24:00~
BS11:01/09(木) 24:00~
◎ソマリと森の神様
TOKYO MX:01/09(木) 24:30~
BS日テレ:01/13(月) 24:00~
◎うちタマ?! ~うちのタマ知りませんか?~
>フジテレビ:01/09(木) 24:55~
◎推しが武道館いってくれたら死ぬ
>TBS:01/09(木) 25:28~
BS-TBS:01/11(土) 26:00~
◎地縛少年 花子くん
>TBS:01/09(木) 25:58~
BS-TBS:01/11(土) 26:30~
はてな☆イリュージョン
BS日テレ:01/09(木) 23:30~
TOKYO MX:01/10(金) 26:05~
とある科学の超電磁砲T (第3期)
TOKYO MX:01/10(金) 25:05~
BS11:01/10(金) 25:30~
◎理系が恋に落ちたので証明してみた。
TOKYO MX:01/10(金) 24:30~
BS11:01/10(金) 24:30~
◎織田シナモン信長
テレビ東京:01/10(金) 25:23~
ハイキュー!! TO THE TOP(第4期) 第1クール
>TBS系:01/10(金) 25:25~
◎ケンガンアシュラ※Netflix配信済
TOKYO MX:01/10(金) 25:35~
BS日テレ:01/14(火) 25:30~
◎ランウェイで笑って
>TBS:01/10(金) 26:25~
BS-TBS:01/11(土) 25:30~
◎ぼくのとなりに暗黒破壊神がいます。
TOKYO MX:01/12(日) 22:00~
>BSフジ:01/13(月) 24:00~
◎22/7(ナナブンノニジュウニ)
TOKYO MX:01/11(土) 23:00~
BS11:01/11(土) 23:00~
◎異種族レビュアーズ
TOKYO MX:01/11(土) 25:30~
BS11:01/11(土) 25:30~
◎虚構推理
テレビ朝日:01/11(土) 25:30~
BS日テレ:01/14(火) 24:00~
ドロヘドロ
TOKYO MX:01/12(日) 24:00~
ARP Backstage Pass
TOKYO MX:01/13(月) 23:00~
BS11:01/13(月) 25:00~
◎A3!(エースリー) -SPRING & SUMMER-
TOKYO MX:01/13(月) 24:00~
BS11:01/13(月) 24:00~
7SEEDSNetflix配信済
TOKYO MX:01/14(火) 23:00~
>BSフジ:01/14(火) 24:00~
異世界かるてっと 第2期
TOKYO MX:01/14(火) 24:30~
BS11:01/15(水) 24:00~
BanG Dream!(バンドリ) 3rd Season
TOKYO MX:01/23(木) 23:00~
BS日テレ:01/23(木) 24:00~
聖闘士星矢: Knights of the Zodiac パート2
Netflix:01/23(木) ~

【曜日順】

●日曜
◎りばあす※「月刊ブシロードTV」内放送
TOKYO MX:01/05(日) 21:30~
◎ぼくのとなりに暗黒破壊神がいます。
TOKYO MX:01/12(日) 22:00~
>BSフジ:01/13(月) 24:00~
ドロヘドロ
TOKYO MX:01/12(日) 24:00~
BS11:01/12(日) 24:00~
id:INVADED イド:インヴェイデッド※初回2話連続放送
TOKYO MX:01/05(日) 24:00~(次回以降24:30~)
BS11:01/05(日) 24:00~(次回以降24:30~)
◎映像研には手を出すな!
NHK総合:01/05(日) 24:10~※関西地方は24:45~
◎おーばーふろぉ
TOKYO MX:01/05(日) 25:00~

●月曜
◎へやキャン△
TOKYO MX:01/06(月) 21:54~
BS11:01/06(月) 21:54~
◎pet-ペット-
TOKYO MX:01/06(月) 22:00~
BS11:01/06(月) 23:00~◎ARP Backstage Pass
TOKYO MX:01/13(月) 23:00~
BS11:01/13(月) 25:00~
◎A3!(エースリー) -SPRING & SUMMER-
TOKYO MX:01/13(月) 24:00~
BS11:01/13(月) 24:00~
◎群れなせ!シートン学園
TOKYO MX:01/06(月) 24:30~
BS11:01/06(月) 24:30~
◎八十亀ちゃんかんさつにっき 2さつめ
TOKYO MX:01/06(月) 25:00~
◎なつなぐ!
TOKYO MX:01/06(月) 25:35~

●火曜
◎ブレーカーズ
NHK Eテレ:01/07(火) 18:45~
魔術士オーフェンはぐれ旅
TOKYO MX:01/08(水) 22:00~
>BSフジ:01/07(火) 24:30~
TOKYO MX:01/08(水) 24:00~
7SEEDSNetflix配信済
TOKYO MX:01/14(火) 23:00~
>BSフジ:01/14(火) 24:00~
異世界かるてっと 第2期
TOKYO MX:01/14(火) 24:30~
BS11:01/15(水) 24:00~

●水曜
◎number24(ナンバー・トゥーフォー)
TOKYO MX:01/08(水) 22:30~
BS日テレ:01/09(木) 25:00~
Re:ゼロから始める異世界生活 第1期 新編集版※全話1時間枠
TOKYO MX:01/01(水) 23:30~
BS11:01/01(水) 25:00~
空挺ドラゴンズ
>フジテレビ:01/08(水) 24:55~
>BSフジ:01/15(水) 24:00~
◎プランダラ
TOKYO MX:01/08(水) 25:05~
BS11:01/09(木) 23:00~
◎痛いのは嫌なので防御力に極振りしたいと思います。
TOKYO MX:01/08(水) 25:35~
BS11:01/10(金) 25:00~

●木曜
◎ネコぱら
TOKYO MX:01/09(木) 22:00~
BS11:01/09(木) 24:30~
SHOW BY ROCK!! ましゅまいれっしゅ!!
TOKYO MX:01/09(木) 22:30~
>BSフジ:01/09(木) 24:00~
BanG Dream!(バンドリ) 3rd Season
TOKYO MX:01/23(木) 23:00~
BS日テレ:01/23(木) 24:00~
◎インフィニット・デンドログラム
TOKYO MX:01/09(木) 23:30~
BS11:01/09(木) 23:30~
◎宝石商リチャード氏の謎鑑定
TOKYO MX:01/09(木) 24:00~
BS11:01/09(木) 24:00~
◎ソマリと森の神様
TOKYO MX:01/09(木) 24:30~
BS日テレ:01/13(月) 24:00~
◎うちタマ?! ~うちのタマ知りませんか?~
>フジテレビ:01/09(木) 24:55~
◎推しが武道館いってくれたら死ぬ
>TBS:01/09(木) 25:28~
BS-TBS:01/11(土) 26:00~
◎地縛少年 花子くん
>TBS:01/09(木) 25:58~
BS-TBS:01/11(土) 26:30~

●金曜
◎恋する小惑星(アステロイド)
TOKYO MX:01/03(金) 22:30~
BS11:01/03(金) 23:00~
ダーウィンズゲーム※初回1時間放送
TOKYO MX:01/03(金) 24:00~
BS11:01/03(金) 24:00~
◎理系が恋に落ちたので証明してみた。
TOKYO MX:01/10(金) 24:30~
BS11:01/10(金) 24:30~
とある科学の超電磁砲T (第3期)
TOKYO MX:01/10(金) 25:05~
BS11:01/10(金) 25:30~
◎織田シナモン信長
テレビ東京:01/10(金) 25:23~
ハイキュー!! TO THE TOP(第4期) 第1クール
>TBS系:01/10(金) 25:25~
◎ケンガンアシュラ※Netflix配信済
TOKYO MX:01/10(金) 25:35~
BS日テレ:01/14(火) 25:30~
はてな☆イリュージョン
TOKYO MX:01/10(金) 26:05~
BS日テレ:01/09(木) 23:30~
◎ランウェイで笑って
>TBS:01/10(金) 26:25~
BS-TBS:01/11(土) 25:30~

●土曜
◎22/7(ナナブンノニジュウニ)
TOKYO MX:01/11(土) 23:00~
BS11:01/11(土) 23:00~
◎マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝
TOKYO MX:01/04(土) 24:00~
BS11:01/04(土) 24:00~
◎異種族レビュアーズ
TOKYO MX:01/11(土) 25:30~
BS11:01/11(土) 25:30~
◎虚構推理
テレビ朝日:01/11(土) 25:30~
BS日テレ:01/14(火) 24:00~

杉越しのクリスマスチキン

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 クリスマスはローマ帝国が政治的目的でキリスト教を国教とした際に越冬祭(杉越しの祭り)の祝日をイエス・キリストの生誕祭にこじつけたものですが(聖書歴史学的には聖書の記述からキリストの生誕は春先3~5月頃と推定されています)、もともとひもじい砂漠の民であるユダヤ民族由来の宗教儀式ですから、この祭りの日の晩に家庭で鶏肉を食すのは縁起担ぎの意味があります。日本でいう恵方巻のようなもので、次の年越しまでの一年も飢えずに過ごせますようにという祈願をこめてご馳走をいただく慎ましい年中行事でした。飢えへの怖れが何と隣り合わせなのかは言うまでもありません。氷点下の滝に打たれては灼熱のサウナに蒸されるような気分で、そうした古代のクリスマスのあり方に思いを馳せてみるのも好いものです。
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創作童話『戦場のミッフィーちゃんと仲間たち』より抜粋5話

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  (4)

 キティ亭潜入という突拍子もないミッフィーの提案にアギーもバーバラもウインもメラニーも黙っていましたが、別に無視を決め込んでいたのではなく本来無口なのがうさぎの性質だったからでした。植物は話しかけるとよく育つ、と言われますが、うさぎほどの高等生物になると今さら何事にも動じないのです。だからといって感受性に乏しいわけではなく、嘆き悲しむ人びとの声が右の耳から入ってくれば、それはそのまま左の耳から抜けて行くのでした。だってうさぎの耳は長いんだもの。
 それにこの話題はたぶん730回くらい繰り返してきたはずだし、とアギーは365日を2倍にかけ算して推定してみました。その倍はあったんじゃない?とメラニー。そうか、なら1460回、でも4年ならうるう年もあるし、と計算したところで、アギーはメラニーに頭の中を読まないでよ、と抗議しなければと気づきました。でもメラニーはいけしゃあしゃあとした顔で、頭の中なんか読まないわよ、というだけなのもわかっています。褐色の毛色のメラニーは南の国からやってきた少女で、あらかじめミッフィーとペンフレンドになり、ミッフィーの仲介でアギーやウインやバーバラとも手紙のやりとりをして、一家をあげて移住してきた時にはもう友だちを作ってあるという用意周到な性格でした。しかもメラニーの手元には全員の黒歴史が直筆の手紙で握られているのです。
 だからメラニーは全員のキャラクターを把握しつくしていましたし、誰が何をどう考えているか、または何も考えていないかなどは手に取るようなものでした。またメラニーはうさぎらしからぬ驚異的な記憶力をそなえており、体内電波時計とでも言うべき絶対的な時刻感覚の持ち主でした。メラニーがあの時計、1分23秒進んでいるわよ、と言えば本当に時計は1分23秒進んでいるのです。
 そして、いつもならミッフィーの提案はみんなが黙っているうちに何となくうやむやになってしまうのですが、初めて自発的な意見が他ならぬメラニーから出たので、アギーたちは椅子から転げ落ちそうになりました。
 私は反対よ、とメラニーははっきり言いました。なら偵察以外に何があるの?とムッとするミッフィーに、メラニーはきっぱり言いました。偵察なんて手温いわ、確実にダメージを与えて潰す、それしかないじゃない。みんなもそう思っているんでしょう?ここは戦場よ。
 これは魔法の言葉でした。うさぎたちは戦慄しました。


  (28)

 ではまずこれに乗ってみてください、とミッフィーちゃんの前に置かれたのは、人間ならば小学校低学年向けだろうと思われる自転車でした。ミッフィーちゃんはつま先立ちしてサドルになんとかつかまりましたが、足をかけてよじ登り、またぐことはできません。無理みたいですね、ではこれはどうでしょう。
 今度は一輪車でした。これなら高さを調節できますからね、と腰の高さ程度に座高を調節してもらい、でも私、一輪車なんて乗ったことないんですけど。そんなの気になさらずにいいんです、乗れなければ乗れないのも大事なことですから、と係官を名乗る女性は言い、ミッフィーちゃんをうながしました。なるほど、要するにデータを取りたいわけね、と合点はいきましたが、ミッフィーちゃんだってそんなふうに、まるで実験どうぶつのように扱われるのは、いくら子うさぎとはいえあまり気分の良いものではありません。
 乗りなさい、と係官の女性の口調が変わりました。しぶしぶミッフィーちゃんは、やあっ、と一輪車に乗ってみました。うまくまたげず、横むきですが、まるでパズルの破片がはまるように一輪車のサドルの上でミッフィーちゃんは微動だにしませんでした。カメラらしきシャッター音がしました。何で私、こんなことやらされているのかしら、と初めてミッフィーちゃんは思いました。
 では進んでみてください、と係官は言いますが、ミッフィーちゃんには一輪車の進め方が、わかりません。だいいち、足がペダルを踏んでいないのです。係官はミッフィーちゃんの困惑を察したか、体重を移動させてごらんなさい、と言ってきました。ミッフィーちゃんはそうしようとしましたが、体重どころかからだ全体がスライドしてしまい、サドルからころげ落ちてしまいました。
 痛ったーい、とミッフィーちゃんは大げさに声を上げました。ですが女性係官は意に介さず、では三輪車に乗ってください、三輪車なら乗れますよね?とミッフィーちゃんにだめ押ししました。三輪車ならミッフィーちゃんも乗ったことがあります。女性は三輪車を横に置きました。ミッフィーちゃんは横に置かれた三輪車をまたげませんでした。
 ではこれならどうでしょう、と係官は三輪車を真正面に向けました。乗れます。次に三輪車を後ろ向きにしてみました。乗れます。そうでしょう、と係官はうなずきました。これではっきり確認が取れました。あなたは、いつも平面のうさぎなのです。


  (43)

 こんにちわぁ、あそびに来たよ、とハローキティの店にマイメロディが入ってきました。ミミィやキャシーたちはストゥールから腰を浮かしかけ、カウンターの中にいたデイジーもハッと椅子から立ち上がりましたが、お客さんではなくただの友だちとわかると落胆して、また腰をおろしました。どうしたの、元気ないよ、とマイメロディ、そういえばキティちゃんは?これは言うべきか隠しておくべきか、とミミィたちは顔を見合わせましたが、果たしてどこまで噂がひろがっているかは想像もつきません。マイメロ風情が知っていてとぼけているとは思えませんが、もし自分たちが何も知らないそぶりをして、後からマイメロがよそで聞いたらどう思われてしまうでしょうか?相当な薄情ものたちか、さもなくばうすのろか、せいぜい良く言って仲間割れと思われるのがおちです。たしかにミミィはこねこ、デイジーとキャシーはうさぎですからその程度のうつわしかありませんが、マイメロディなどはメンヘル、いやメルヘンランドから来たうさぎ型ぬいぐるみ妖精で、未来の世界のネコ型ロボットよりいかがわしい存在ではありませんか。その時、ミミィたち3人の頭に同時に釣り糸みたいなものがひらめき、自分以外のふたりも同じことを考えているのを3人の誰もが気がつきました。
 ねえ、とミミィはまむし酒をおちょこでマイメロに渡すと、最近マイメロは忙しいか(マイメロはいつものんびりしていると知っての質問ですから、これは誘導というものです)、困った人がいたら助けになれるか(これも誘導)、とどのつまりはお願いマイメロディ、うちのお店で働いてくれない?とキャシーとデイジーと3人がかりでマイメロを取り囲みました。うーん、うーん、うーん、とマイメロは3人をかわるがわる見回しながらさすがに即答には困った様子で、何しろ風呂に沈められるかどうかという願ってもない話ですから一も二もなく飛びついても良さそうなものですが、キティちゃんが今お休みしているからなのかナ?と案外痛いところを突かれて、このぬいぐるみのくせに妙なせんさくしやがって、とキティ屋一堂。
 休んでいるわけじゃないのよ、とデイジーはお姉さんの威厳で言いました、何ていうか……マイメロはいつもかぶっている赤ずきんがなくなっちゃったらどうする?マイメロおおかみさんに食べられちゃう、とカマトトのマイメロは言いました。人の前でずきんを脱げる?だいたいそういうことなのよ。


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 聞き捨てならないデイジーの発言に、チャブ屋ミッフィーズの空気にはにわかに殺気が立ちこめました。ある種のタイプの女性には公衆便所という古典的な差別的かつ女性蔑視的悪罵がありますが(男性に対してはそれに相当する蔑称がない分余計に差別的でもあります)、今このお店にいるどの女性も単に職業的に性的奉仕活動に従事しているだけで、それはスパイとともに最古の職業とされているほどです。ただし多くの国ではそれは文化的(宗教的・倫理的・思想的)に、また経済的に(徴税対象としての労働の実態が把握困難なため)公的には法的禁止が施行されており、それでも完全には防止できないため性的サーヴィスを隠蔽した形式の公式営業形態は許容せざるを得ない、というのが近代国家でのこの業種のあり方でした。まわりくどくてめんどくさいことですが、もぐら叩きのようなゲームと考えればどんな職業にも社会悪としての側面があります。それを思えばこのお店など可愛いもので、今さらデイジー貞操観念など言い出した真意を勘ぐれば、売れていないお店の女の子が売れているお店に嫌がらせを言いに来た、以外に考えられません。
 ただしミッフィーのお店のみんながデイジーたちの正体に気づいていたか、それはデイジーたちが名乗らなかったと同じくメラニーやウインたちもしらばっくれたか、あるいは気づいていないのかおたがいに事なかれ風にふるまっていましたから、何とも言えないことでした。すぐ顔に出る性格のアギーやバーバラですらポーカーフェイスのすまし顔でしたが、これはもっぱらデイジーが性を売り物の職業について抽象的な外郭から中傷した(デイジーにとっては自嘲的な誹謗でもありましたから、余計にそれはまわりくどい表現となったという事情もありますが)ためでもあり、要するにピンとこなかっただけかもしれません。
 その頃ぼくたち、つまりチェブラーシカとわにのゲーナは路上でコイントスをすると、コインは地面に落ちて道端の下水溝の中に落ちて行ってしまいました。しまった、コイントスなんかするんじゃなかったな、とわにのゲーナは言うと(わにだからって下水まで入るのは勘弁してほしいからな)、今日はどっちの店でやみ酒を仕入れるか別のやり方で決めることにしました。ゲーナの口の中にぼくが頭を入れる、気づいて通行人が踏まなければいつもとは別の店に行く。気づかれずに踏まれればぼく、チェブラーシカは噛まれて死にます。


  (69)

 野営地でキャンプ難民生活をしていたムーミン谷の一行は外食ばかりではお金がかかって仕方ないのに気づいていました。それは野原家が引率するふたば幼稚園ひまわり組でもジョースターさんたちスターダストクルセダーズでも、また林間学校中のパインクレスト小学生たちも同じでしたので、結論から言えば全員が集まって炊き出しをすればいいんじゃないか、というのが手っ取り早い解決策になります。幸い無許可で使用できそうな敷地・建物ともに校舎並みの広さの廃屋がこの休戦地ではあちこちにありました。彼らはたがいに異なる次元に存在している幻覚のようなものでしたから、誰も集団の全体を把握できる立場にはいませんでしたが、認識しあえる集団を組み合せていけば全員がとりあえず意志の疎通可能ではあり、それに彼らはとうに「そこにはいない誰か」などという存在には慣れっこになっていたのです。10人集まったはずが11人いてもそれが現実なら受け入れないわけにはいきません。
 ムーミンママ、野原みさえ、マーシー(パインクレスト小代表はもめたようですが)、ジョースターさんはとりあえず基本的な食材から検討を始めまました。ぼく、チェブラーシカはあいまいな国境を越えれば日帰りの町に家があるので、こうしたことには一切無関係でも良かったのですが、それはちゃんと商売に結びついた理由があったのです。
 玉子、白砂糖、バター、小麦粉、牛乳、まずこれだけは必要だろうな、とジョースターさんが言いました。塩・胡椒といったところも当然だが。もちろん玉子、バター、小麦粉、牛乳とすでにアレルゲンまたは宗教上の忌避に抵触するものもすでに含まれているが、ヒンドゥー教でも牛乳とバターは教義上の菜食主義には触れないものとされている。食の制約に意味づけするのは一種のトレンドで、これら基本食材は人類4000年の歴史から自然に考案されたものだ。ただ問題は、とジョースターさんは首をひねりました、このあたりには飲み屋はあっても食品店はまるでないことだな。しかもわれわれはヴィザの制約でこのテリトリー以外に出入りすることができん。
 あの、とぼく、チェブラーシカはおずおずと話に割り込みました。ぼくは元々隣町の住民で、旅行者じゃないから行き来も自由なんです。よければ隣町のお店から代理のお買い物をしてくることもできますよ。
 こうしてぼくは割の良いピンハネ商売をまたひとつ、増やしたのです。


(初出2015年/全80回より抜粋・お借りした画像は本編と関係ありません)

裸のラリーズ Les Rallizes Denudes - 夜、暗殺者の夜 Night, Night of The Assassins (Rivista, 1991/Rec.'77)

裸のラリーズ Les Rallizes Denudes - 夜、暗殺者の夜 Night, Night of The Assassins (Mizutani Takashi) (Rivista, 1991/Rec.'77) : https://youtu.be/uog1U_Kemlk
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(Unofficial Phoenix Records "Heavier Than A Death in The Family" CD Front Cover & Original Rivista "'77 Live - Most Violence Version" CD Front Cover)
Recorded live at 立川社会教育会館, March 12, 1977
Originally Released by Rivista Inc SIXE-0400 as 2CD "'77 Live - Most Violence Version", August 15, 1991
Unofficially Released by Not on Label on 1995 as "Heavier Than A Death in The Family", also Phoenix Records ASHCD3037, 2010
[ 裸のラリーズ Les Rallizes Denudes]
水谷孝 - vocal, lead guitar
中村武志 - rhythm guitar
楢崎裕史(HIROSHI) - bass
三巻俊郎(サミー) - drums

 裸のラリーズは京都の大学生だった水谷孝が1968年に大学生仲間と結成し、水谷氏以外のメンバーは流動的ながら1970年頃までレギュラーバンドとして活動したのち実質水谷氏のソロ活動を経て一時期は京都の新進バンド村八分と合流し、村八分をバックにした水谷氏の裸のラリーズ、水谷氏抜きで村八分裸のラリーズ名義でライヴ活動するというややこしい形態になりました。単身で東京に上京した水谷氏は新たなメンバーと新曲のデモテープ作りに数年を費やし、水谷氏中心のレギュラーバンド形態のラリーズのライヴ活動は1972年頃から再開されます。1968年~1970年の初期音源はのちCD『'67-'69 STUDIO et LIVE』'91にまとめられ、上京以降の70年代初頭の実質的な水谷氏のソロ時代のデモテープ、ライヴはCD『MIZUTANI -Les Rallizes Denudes-』'91にまとめられます。1974年には吉祥寺のロック・ハウス「OZ」の閉店記念2LPオムニバスアルバムのD面に新録音4曲を提供し、長らく同オムニバスがラリーズ唯一の発表録音作品でした。ラリーズ独自のスタイルは1972年~1975年にかけて確立しつつありましたが、結成当初からのオリジナルメンバーの中村武志リズムギター、OZのスタッフ出身の三巻俊郎のドラムスに加えて、京都の伝説的な先駆的EL&Pスタイルのヘヴィ・プログレッシヴ・バンドだててんりゅう~東京アンダーグラウンドのヒーロー的バンド頭脳警察のベーシストを歴任した楢崎裕史の加入はラリーズの音楽的強度を一変させ、1976年~1977年には最強のアンダーグラウンド・バンドとして名を轟かせることになります。しかしラリーズは一貫して単独アルバム制作に応じず、レパートリーは極端に制限してライヴに専念し(1968年の結成から1997年の活動休止まで約20曲、うちライヴ・レパートリーは10曲以下に限られました)、2時間のライヴでも演奏曲目は長大な6、7曲というバンドだったので一部の熱心な固定ファンはついても当時の一般的なリスナーには実態不明の極みのような存在でした。ラリーズがついに自主制作盤を発表したのは1991年、同時に『'67-'69 STUDIO et LIVE』『MIZUTANI -Les Rallizes Denudes-』『'77 Live - Most Violence Version(2CD)』の3作が発売されましたが限定プレスの上に通常の新作CDの倍以上の定価、しかも予約枚数に満たない枚数しかプレスされず予約者の一部にしか手に入らないという阿鼻叫喚を呼び、瞬時に転売価格・中古相場が定価の10倍以上に跳ね上がる事態になりました。

 当時来日していたサーストン・ムーア(ソニック・ユース)、ジュリアン・コープ(元ティアドロップ・エクスプローズ)らがラリーズを発見したのがこの時期で、ムーアやコープの賞賛によって西洋圏でのラリーズ評価は知られざる極東の先駆的サイケデリック・モンスターとして急速に進みました。1987年以来5年間フランスに移住していた水谷氏が帰国後にライヴを再開すると、水谷孝渡欧中に初の単独アルバム3作をアーカイヴ・リリースしていたラリーズはかつてない注目を浴びることになりました。発売即廃盤だった公式アルバム3作は国内外で海賊盤再発され、また関係者の間で出回っていた未発表スタジオ音源・発掘ライヴが次々と非公認盤としてCD化され、現在ではラリーズのアルバム総数は国内外で200枚を越えています。ウィキペディア各国語版ではラリーズの項目は詳細を極め、日本のロック史上最高のバンドと熱狂的な海外評価を集めています。米音楽サイトrateyourmusic.comに寄せられた投稿(文中のLRDはLes Rallizes Denudesの略号)には、
「'77 Live is the best recording you'll find of them for sure. One of my favourite albums ever.
 '77 Live is the classic, but tbh it's fine to just listen to individual tracks in whatever order/at whatever pace because they have no studio albums and most of their recordings are bootlegs and/or compilations anyways. btw, I wouldn't really go for the "best sound quality" myself because the no-fi, overblown recording quality is part of what gives LRD their unique atmosphere.
 Try to listen to everything by them, they are the greatest band that ever existed and Mizutani Takashi is a god. 」
 と、もう大変な熱狂的評価です。「ラリーズの残した音楽すべてに耳を傾けよう。彼らはこれまで存在したもっとも偉大なバンドであり、水谷孝は神の一人(a god)だ」大丈夫でしょうかこの人は。
 筆者がラリーズのライヴを一度だけ観たのは高校生時代、1981年の大学の音楽サークル主催のホール・フェスティヴァルでしたが、暗黒大陸じゃがたらなどの新進気鋭のバンドに続いてサングラスに黒ずくめの長髪バンドが出てきてMCも何もない、周りの客が「ラリーズだ……」と交わしているのでこれが(当時)日本最長寿バンドのラリーズか、と演奏が始まると1時間鼓膜が破れる限界の爆音ノイズの嵐で、どこからどこまでが曲か楽曲の区別もつかない。風速40メートルを越える台風に呑まれた大海原に沈みかけた船底に響いているような音像に肉体的な苦痛すら覚えるようなサウンドで、ラリーズはヘヴィ・サイケ、アシッド・フォーク(アルバム『MIZUTANI -Les Rallizes Denudes-』)、スペース・ロック、クラウトロック、エクスペリメンタル、アヴァンギャルド、プロト・パンク(または早すぎたポスト・パンク)、ノイズ・ロック、インダストリアルとさまざまに呼ばれていますが、基本的には3コード・8ビートのロックンロールです。1976年から演奏されるようになった「夜、暗殺者の夜」はラリーズとしてはもっともポップな印象を受ける楽曲で、歌詞はボードレールの「自らを罰する者」(詩集『悪の華』1857)をパラフレーズしたものなのはすぐわかりますが(日本人リスナーには日本語詞がダイレクトに響いてくるのも魅力です)、ノイジーなギター、アナログ式テープ・リヴァーヴをかけたヴォーカルの異様さに反してキャッチーなベースのオスティナート(いわゆるリフ)は、1963年に全米チャート1位の最年少女性歌手の記録とともに記憶されるこの曲に由来するものです。

Little Peggy March - I Will Follow Him (RCA Victor, 1963) : https://youtu.be/5JVhbusBDi4

 しかし裸のラリーズはアモン・デュールII、ホークウィンド(この独英2バンドは兄弟分の間柄でした)らヘヴィなスペース・ロック(即興性の強いルーズなアシッド系プログレッシヴ/ハードロック)に同時代的な関心を抱いていたのはアモン・デュールIIの別ユニット、アモン・デュールのアルバム「Disaster」を(Diza-Starと綴りを変えてですが)事務所名にしていたことでも知れるので、アモン・デュールIIのこの曲が「I Will Follow Him」と「夜、暗殺者の夜」の掛け橋になっていると考えられる。アモン・デュールのこのホークウィンドに捧げた曲は10分近いアルバム最後の大作ですが、サイケデリックインプロヴィゼーションが続いた挙げ句6分台末から「I Will Follow Him」のベース・オスティナートとリズムパターンになってエンディングまで続きます。「I Will Follow Him」はブリティッシュ・インヴェンジョン前夜の最後のピュアなアメリカのティーニー・ポップの大ヒット曲ですが、それをアシッド・ロックに混淆するアイディアはラリーズの「夜、暗殺者の夜」以前にアモン・デュールIIの「Hawknose Harlequin」にありました。案外気づかれていないと思われます。
Amon Duul II - Hawknose Harlequin (United Artists, 1972) : https://youtu.be/SEAcPQiH9qM

 なおラリーズの2CD『'77 Live - Most Violence Version』は公式アルバム3作中もっとも評価の高いアルバムですがオリジナル盤は入手困難、2CDのままのリブート盤も入手しづらいので、同作の全7曲から2曲を割愛して公式アルバム未収録曲「造花の原野」(People Can Choose aka Field of Artificial Flowers : https://youtu.be/bT78NuRDxR8)の'73年の素晴らしいライヴテイクを代入した『Heavier Than A Death in The Family』はシンプルな1枚もので一気に聴ける好編集の人気盤なので、『'77 Live - Most Violence Version』に代わるアルバムとしても(「記憶は遠い」と「The Last One」の割愛は残念ですが)、プレス枚数も多く定期的に再プレスされ一般の輸入盤店でもハーフ・オフィシャル盤扱いで廉価に手軽に入手できる(もちろん『'77 Live』の「夜、暗殺者の夜」も収録されている)同アルバムを推薦しておきたいと思います。「造花の原野」もラリーズの代表曲であり、ホークウィンド'71年のアルバム『宇宙の探求』中の画期的楽曲「Masters of The Universe」(ライヴ盤『宇宙の祭典』'73収録テイクも名演 : https://youtu.be/tOUxDN8cvto)のギターリフとリズムパターンを流用したアレンジはこの73年ヴァージョンが唯一です。ジュリアン・コープも日本ロック史研究書『ジャップロック・サンプラー』2007で日本のロックの名盤ベスト50の3位に『Heavier Than A Death in The Family』を上げています。コープ選の日本のロックの古典的名盤ベスト5は1位フラワー・トラベリン・バンド『SATORI』'71(ワーナー・パイオニア)、2位スピード・グルー&シンキ『イヴ 前夜』'71(ワーナー・パイオニア)、3位ラリーズ、4位ファー・イースト・ファミリー・バンド『多元宇宙への旅』'76(日本コロムビア)、5位J・A・シーザーJ・A・シーザー・リサイタル 国境巡禮歌』'73(日本ビクター)と、ラリーズだけ発掘ライヴ盤、しかもメジャーからでも何でもない自主制作盤原盤としては破格の評価をしており、コープの著書(前記アーティスト、もちろんラリーズにもまるまる一章を割いて詳述しています)が21世紀にラリーズの評判を高らしめたとも言えます。またラリーズの音楽には明らかにヴェルヴェット・アンダーグラウンド、ジャックスの痕跡が認められますが、ヴェルヴェット(ルー・リード)はさておき、水谷孝はジャックスからの感化は一切否定しています。
 なお4人編成のライヴ音源なのにリズムギターリードギター以外のギターの唸り声がドローン状に鳴っているのが聴こえるのはオーヴァーダブではなくて、水谷氏はオープンチューニングのギター2、3本をアンプの前に立てかけてフィードバック音を鳴らしっぱなしにしているからで(エフェクターペダルで操作しています)、こんな奏法はピート・タウンゼントジェフ・ベックジョン・マクラフリンもジミヘンもデレク・ベイリーも演ってなかったはずというか、普通思いついても実行するものでしょうか(これは「夜の収穫者たち(The Night Collectors)」: https://youtu.be/aPm9V4e8Idcのような曲ではもっと顕著です)。ラリーズの場合それがちゃんと(ノイジーとは言え)音楽としての形をなしていて、即興性の中に的確な構成力が働いています。しかもこの「夜、暗殺者の夜」、一聴してまるで気づきませんが、楽曲としてはエルヴィス(というかビッグ・ママ・ソーントン)の「ハウンド・ドッグ」やジャニスの「ボール・アンド・チェーン」と同じ典型的な12小節ブルース(AA'B形式)のリズム&ブルース歌曲です。こんなブルース味の皆無なブルースがあっていいのでしょうか。解剖学的分解ではまるで異質なものばかりで成り立っていて、それがノイジーなロックの見かけから異質とは感じられないようになっている。本質的にはラリーズのロックは未知の領域に向かう異形の音楽です。そして音楽の条件には構成美も造型性も絵画的・映像的喚起力も経験も情感も陶酔も等価であるはずで、それには作者にも鑑賞者にも全人性の投入・反映とその結果の混沌と明快さがどちらも並存し得ると考えられます。特定の角度のみでしか見ない感受性は必ず何かを見落とします。ラリーズがアルバム制作によって決定版テイクを残すのを拒否し続けたのはそうした考えによるものでしょう。また音楽に限らず全人性を欠いて形から入った技能は芸術には昇華されず芸能にとどまるとも思えます。「夜、暗殺者の夜」がどう聴こえるかは聴き手の全人的感受性に対して試金石ともなる一例となり得るとするのは我田引水にすぎるでしょうか。