人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

生々流転・後編(連作20)

(連作「ファミリー・アフェア」その20)

古本屋では文庫本の三好達治詩集と梶井基次郎短編集を買った。毎月購読している音楽誌の特集はザ・ドアーズだった。高校生の頃熱中し、今では心の傷を開くようなバンドだ。
実家までの私鉄は空いている各駅停車を待ち、子どもの頃から慣れた路線なので音楽誌を読むうちに落ち着いてきた。だが実家には行きたくない。鞄の重みに苦しみながら、小学生以来唯一の友人の家を訪ねた。遊歩道に腰かけ事情を打ち明けて、明日にはアパートを決めるから今夜一泊だけ、と頼んだが彼にも事情があって無理、
「車でお前の家まで送るよ」
「途中でコンビニに寄ってくれないかな」
いなり寿司とペットボトルのお茶、缶チューハイを買ってペットボトルにチューハイを詰め替え、実家に電話した。
継母が出た。「いつ来るのか待ってたのよ、刑事さんから電話があったから」
「すいません。手続きや友人を訪ねたりして遅くなりました。晩ごはんはコンビニで買いました。これから友人の車で送ってもらいますから」
ぼくは友人に借金を頼んだ。友人は「今これだけしかないんだ」と4万円貸してくれた。借用書はいらない、いつでもいい。ただしこれきりだよ(3か月後に返した。その後友人は年賀状の返信もなくなり、電話すると拒否設定されていた)。こないだ会ってから何年ぶりになるかな、と話しているうちに実家に着いた。

「放蕩息子の帰還だな」
父の言葉に継母は苦笑いして、「駄目よお父さんそんなこと言っちゃ。もうお風呂も沸かしてあるからね」
継母が仕度していてくれた夕食といなり寿司を食べ、入浴を済ませ(久しぶりのT字カミソリが嬉しかった。収監中は電機シェイバーしか使えないから)、裏の畑で四か月以来の飲酒と喫煙を味わった。できればワインかビールが飲みたかったが、ペットボトルに移すとなると缶チューハイしかなかった(実家では禁酒・禁煙なので)。

父と継母の寝室で、父のパジャマを着て横になり、さあ明日から大変だぞ、と天井を見つめた。出所後の計画はじっくり考えてあったが、どこで行き詰まるかわからない。妻から送られた50万円もアパート入居と最小限の家電購入で半分。生活費は仕事をさがしながらせいぜい三か月。再就職の見込みは薄いから生活保護もあり得る…まず明日は即日入居のアパート、それが最優先だ。