人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

眠れる森5・前編(連作39)

(連作「ファミリー・アフェア」その39)

この話は最初の1~28で一旦終っている。次女から始まり、次女で終えた。だがそれを、自分を中心にした恋愛小説に書きかえてほしい、というのが彼女のリクエストだった。
彼女は思わなかったのだろうか?もしぼくが書けるとしたら、すべてが終ってからになるだろうということを。もちろんぼくは彼女との関係ができること自体を回避しようとした。チェーホフ「犬を連れた奥さん・可愛い女」の文庫版をプレゼントし、あまりたびたび会うとこんな風になるよ、と話した。彼女は読書家だがヴァージニア・ウルフ同様チェーホフも初めてで、「犬を連れた奥さん」は確かに彼女も自分たちがどこに向かっているかを痛感させるものだった。

だがアルコールに逃避先を失った彼女はぼくに会いに来るのをやめなかった。ご主人やお嬢さんを送り出してからぼくに電話をしてきて、ぼくも自宅療養だから口実を作れない。実際、彼女と会って過ごす時間は楽しかった。
ぼくの住む町なら彼女の知人に出くわすこともないので散歩したり画廊に退院後初めて顔を出したりした。「入院中に知りあったんですよ」と女主人に紹介すると、女主人はすっかり彼女を看護婦(で独身)と思い込んで話をしていたのでおかしかった。そういう先入観で見れば彼女はアルコール依存症の主婦(アルコール依存症とは断酒を続けても完治はしない病気なのだ)には見えなかった。まだ十分に若々しい30代の独身看護婦に見えても不思議はなかった。

そうして、別れ際には次に会う日の予定まで確認するようになって、おたがいに離れられなくなっているくらい気持が高まっているのに気づいた。でも彼女を帰らせなければならない。
「どうしたの?」
と彼女は訊いてきた。ぼくはよほど暗い表情をしていたのだろう。
「ハグしてくれないか?」とぼくは言った。ぼくはもちろん友人の励まし程度の意味でハグと言った。
彼女は激しく抱きついてきた。全身が密着し、腰をすりよせ、乳房を押しつけるように。背中に回した手は交差してぼくに抱きついていた。こんなに雄弁なハグはなかった。
どちらともなくキスになったのは自然な流れだった。時間の感覚がなくなるくらい、溶けあうように唇の感触を確かめあった。
「まるで初めてのようでした」と晩にメールが来た、「いつまでもしていたかった」。