人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

アンパンマンのボール

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ぼくの住んでいる駅前マンションは四棟ほどある四階建ての私鉄路線社員寮と隣り合わせで、ぼくが子どもの頃にはもうあったから築40年以上になるはずだ。引っ越しの頻度は高く、中庭で若いお母さんが子どもを遊ばせている様子でも就学前の幼児ばかりなので、どうやら入居には所得制限があるとおぼしい。建てられた時はモダンな団地だったかもしれないが、昔の規準だからか、四階なのにエレヴェイターはないのが外装でわかる。

ぼくも新婚当初エレヴェイターなしの四階に住んでこりごりした経験がある。そのかわり昔の団地は敷地がたっぷりとってあって陽当たりはいい。違いと言えばぼくと妻が新婚生活を送った団地はまるでゴースト・タウンのような雰囲気で、住人は高齢化して外出する姿もなく、敷地内はいつも静まりかえっていた。

その点、私鉄路線の社員寮は団地といっても健全な新陳代謝があり、最近でもキティちゃんのタオルケットが干してあるヴェランダで五歳くらいのあどけない女の子が遊んでいた部屋は空きになってしまった。子どもの就学と賃金の加算、または家賃援助でもあるのだろう。この社員寮団地には小学生未満の幼児しか子どもはいない。

離婚して今の住まいで生活を始め、二年くらいは子どもの声が聞こえ、姿を目にするとたまらなかった。協議離婚のために別居していた時もウィークリー・マンションの正面が幼稚園、という釜茹でのような毎日を耐えたが、今度の住まいはヴェランダの真ん前の歩道橋のたもとが小学生の集団登校の集合場所だ。で、マンションから出れば幼児とお母さんたちが敷地でお弁当をひろげていたりする。

休日は外出を避けるようになった。「パパ!」と女の子の声が聞こえると一瞬別れた娘の声に錯覚し、錯覚と気づいた時のつらさったらない。
さらにはうちの近所は近隣の保育園の散歩道でもあり(画像4),娘たちを思い出さないほうがむずかしい。娘たちへの愛情が今では自分を責め苛んでいるのだ。

きっかり二年かかった。長女とかつての妻はぜんぜんだが、次女は電話で話してくれるようになった。ぼくは苦しまずに娘たちを思い出せるようになった。
うちの娘たちも三歳頃にはアンパンマンが大好きで、デパートの催しや映画によく行ったものだった。団地の柵に置き忘れられた色違いのアンパンマンのボールを見ると(画像1~3)その頃のことを思い出す。