人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

続・離婚のいきさつ(5)

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ぼくがこのシリーズで書いているのは六年前までのことだ。小学三年生だった長女も中学三年生になった。保育園年長組だった次女も小学六年生で、どんな少女(別れた時はまだ児童で、幼児だった)に育ったか想像もつかない。別れた時の姿だって正確な記憶ではないかもしれない。記憶の風化とは自分に都合のいい部分以外は忘れる、または改竄することも含まれるだろう。

そうでなくても物忘れは進んでいる。音楽なら、フランス六人組ではオネゲルしか思い出せない。ロシア五人組ならバラキレフボロディンムソルグスキーリムスキー=コルサコフまでは思い出せるがあと一人誰だっけ?名前なら覚えている。高校の音楽の授業で習った。しかしセザール・キュイの曲など聴いたことがある人がいるだろうか?この場合は、知らないからかえって記憶にひっかかったままという例かもしれない。このままキュイの曲など聴かず名前だけは知っているのも自然な成りゆきだろう。

次女の入院までの自宅看護や通院も、入院中の夕食補佐と長女の保育園の送迎もすべてぼくの役目だった。せめて入院中に妻が定時で仕事を上がれれば長女の迎えは任せ、ぼくも時間を気にせず次女の夕食の補佐をできたのだが、妻の勤め先の郵便局長は頑として残業を強いた。児童手当を支給しているから妻は所帯主と見なし、子供の病気による残業免除は認めない、というのだ。
次女の夕食補佐を30分で切り上げ、泣き出す次女を背に保育園に延長保育ぎりぎりに長女を迎えにいく。毎日肺炎を通院点滴で抑えながらの一週間だった。

ちなみにその郵便局長は民営化の翌年に定年になるので民営化前に早期退職手当をもらって退職する手口を選んだ。特定郵便局の局長の多くが同様で、民営化後の定年より郵政省所属公務員のうちに早期退職するほうが高い手当がついたということだ。

妻は上司に対して従順だったが、ぼくはこの局長を卑怯な利己主義者と考える。正当な理由があるのに一週間ばかり残業を免除する願いをなぜ却下するのか。この局長は結婚式の時に、ぬけぬけと「娘みたいなものだからね」と口にすらした人だった。卑怯な利己主義者どころか調子のいい嘘つきでもある。世の中の大半の人と同じだ。
ぼく自身の経験では、年輩の人ほどその傾向は強い。他人のことより自分が大事-見苦しいったらない。