人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

殉教と冤罪(改稿再録)

イメージ 1

イメージ 2

冤罪というのは嫌な響きです。司法による秩序の維持には常に違犯者の取り締まりと法による裁きがあり、そこにはいつでも過誤が入り込む余地がある。特に思想史・政治史は冤罪の歴史と言ってもいいでしょう。時には法的な違犯すら行われるのはサダム・フセイン処刑の例でも明確で、国際法を違犯してまで戦勝国が敗戦国の政治指導者を処刑した例は近代国家ではアメリカだけが行ってきたことです(東京裁判は違例の違法裁判でした)。

人類史で最大の冤罪事件といえば、イエス・キリストの処刑ということになるでしょう。あれは当時のユダヤ教に対する異端という告発だったけれど、イエス自身は異端であることを認めず、ユダヤ教の正統な原点回帰と主張しました。イエスの処刑後宗教論争が展開され、行政側が公的宗教としてキリスト教勢力を取り込むまで200年かかった。ローマ暦にあわせてクリスマスやイースターを制定し(ともにローマ暦の祝日をキリストの生誕日、処刑と復活に転用したものです。聖書の記述ではキリストの生誕は3月~5月頃と推定されます)、キリストの生涯そのものをローマ帝国史上の殉教者とするフィクション化が行われました(これを認めないユダヤ教やその派生型も今日まで行われています)。

民衆的宗教として勢力を増してきたなら、国家の方で取り込んでしまえばいい。日本で仏教を神道と統合してコントロールし、司法・行政機関を代行させたのと同じやり口です。近世まで西洋文化圏では教会は市役所と裁判所と学校と社交場(音楽館・美術館)をひとまとめにした機能を果たす施設でした。そのなごりは、現在でもアメリカのような地方分権後進国に見られます。

冤罪をこうむった殉教者を起点に置いている点で、キリスト教は古代の汎神論型宗教のいずれとも決別しており、輪廻転生型の歴史観も否定するものになっています。冤罪、殉教、いずれもキリストがモデルという枠内から出られないのはずいぶん不自由な発想です。-思想史の上では、近世になってキルケゴール(プロテスタント)やパスカル(カトリック)に「神がいないとすれば、救いはどこにあるか?」という問いかけがあり、近代では、スティルナーが「神などいなくてもよいし、救いはなくてもよい」、そしてニーチェに至り「罪はキリスト教の産み出した概念にすぎない」という帰結をみます。では冤罪とはどこから生れてくるのでしょうか?