人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

アベさんと文学談義

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今日の訪問看護のアベさんは、ぼくが長期的に安定した状態なので嬉しそうだった。これまで料理ができなかったのは火や刃物がこわい以外にも自分だけのために料理することの虚しさもあったが、今のぼくは積極的に自炊している。虚しさを感じることもない。

「…DVDも観られるようになったんですよね。読書はどうですか?」
「だいぶ読めるようになってきました。今はこれを平行して読んでいますが」とぼくは数冊の本を出して、「いわゆる前衛、実験小説ですね。こういうのは普通の小説とは違い登場人物や物語が眼目ではないから、漠然と読み進みながら自分の経験や感受性と照らし合わせていくような読み方になります。筋がない、読みづらい、つまらないと言ったらそれまでですが。もちろん魅力的な登場人物、奇抜な設定、起伏に富んだ物語、意外だけれど説得力のある結末というオーソドックスな小説もいいですが」

「ぼくはこないだ安部公房の『砂の女』を読んだんですよ」とアベさん。職場の先輩に薦められて、図書喫茶(というのがあるそうなのだ)で二時間くらいで読んだという。意外に思ったが、
「面白かったでしょう?」
「面白かったです。文庫で買って五回読みました。自分ならどうするだろうか、とか、これはどういうことだろうかとか考えながら読みましたね」
「映画も原作に忠実で、出来がいいですよ」
「それも探しているんですが…本の方は文庫だけじゃ物足りなくて、アマゾンで探してハードカヴァーの単行本まで買いました」
「ああ、あのグレイのやつ(画像1)ね」
「そうです」

「ぼくは安部公房の全集も持っていますが」と本箱から取り出し、「『砂の女』は単行本書き下ろしだから文庫と単行本で違いはないでしょう。でもこういう例もあるんです」
ぼくは小島信夫の「抱擁家族」単行本(画像2)と、文芸誌の一挙掲載号を取り出して、「結末の段落を較べてください」
「全然違いますね」
「雑誌掲載と単行本でこんなに書き替えてしまう作家もいるんですよ。それに」とカフカの「城」を取り出してあらすじを説明し、
「そういう先例もあるわけです。でも『砂の女』のオリジナリティは砂丘というイメージでしょうね」
「ええ。『砂の女』を読んでから、砂を見ると吸い込まれてしまう気がして。ぼくはこんな本を読んだのは初めてです」とアベさんは言った。