人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

アル中病棟の思い出38

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・3月20日(土)晴れ
(前回から続く)
「午後2時、胸部X線検査。待ち時間もなくすんなりと終ったが、ちゃんと撮れているか確認のため検査室前で待つ時間の方が長い。第三病棟の聴覚障害で知的障害、多動症の『人工衛星』H少年(注1)が珍しくおとなしく待っていた。Iくんも来た。やあ、ひさしぶり。はい。対人恐怖症というわりにはがんばっている。ドヤの暮しよりはよっぽどいいです、と本人も言っていたことだし(注2)」

「それから第三病棟のSkさん・推定30代女性が、やっぱり看護婦に付き添われてやってきた。彼女は看護婦の付き添いなしでは食事もできない。これやだ。もういらない、といった調子。検査となると看護婦ふたりががりで世話しなければならないようで、左右の腕を看護婦に組まれ、おびえた小動物のような表情(動物に表情はないが)でやだよう、こわいよう、やだようとうつろな目つきでつぶやきつづけていた。こわいよう。大丈夫よ、こわくないわよ。Hくんが小学三年生くらいの知的障害なら、Skさんは幼女の段階にある広汎性障害、かつ統合失調症の度合いもHくんより格段に重そうだ。Hくんはとりあえず周囲がありのままに見えているが、Skさんはいつも彼女には理解できない世界の中でおびえている。Hくんは入院生活していても束縛されなければ幸せでいられるが、Skさんは知らないところに閉じ込められて、いったい自分の身になにが起っているのかもわからないのだ(注3)」

「撮影成功の確認後一旦自室へ戻り、取り込んだ洗濯物を畳んで整理し、注文して入荷しているはずのゴールデンバットを取りにA屋に向かうと、第三の時親しかったStくんとひさしぶりに会う。やあ、買い物?冷やかし?両方。ふたりでぽかぽか陽気のA屋への坂を下る」(続く)

(注1)なぜ人工衛星とかサテライト少年と呼ばれていたか思い出した。あまりに動きがせわしないので『親分』ことMさんがあいつは人工衛星か、とニックネームをつけたのだ。
(注2)彼は行きつけの定食屋で隣のテーブルで喧嘩が始まり、刺された男が即死した現場に居合わせてから重い鬱に陥り、眠れず食欲もなく、恐怖で外を歩けなくなって入院してきた。
(注3)後にさらに痛々しい彼女の様子を目撃する。素人には、実際は発症による退行か、発達障害による阻害かわからない。