人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

アル中病棟入院記170

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(人名はすべて仮名です)
・4月9日(金)晴れ
(前回から続く)
「仲村画伯は冬村さんたちの四人部屋に移ったが、杭瀬さんと仲村画伯どちらがこちらの部屋に来たとしても勝浦くんは不満だったろう。どうせならあの人を動かして(渥美さんのこと)空いた二床に親分と清水ちゃん入れてくれればいいのによ、とあいかわらずのことを言っている。坂部や河出が来なかっただけましだろう?あいつらが来たらおれが出る!と勝浦くん。まだましどころか、多少ボケていようが腰の低くて物静かで穏やかな杭瀬さんなら、同室はかえって歓迎すべきだと思うが」

「そして仲村画伯と杭瀬さんのいた二床部屋に羽田有紗が移って女性部屋になって、近々女性患者が第三病棟から移ってくるという。そのことでも警戒心が広がりつつある。誰もが勝浦くんほど騒いでいるのではないし、彼は過剰反応でしかも自分ではそう思っていないが、これほど頻繁に移室が行われていると落ち着かない雰囲気が病棟に漂うのも当然ではある。喫煙室でもなんとなくそういう話題になる。別に気にしなくてもいいんじゃないですか、とわざわざ確認しあっているのは、そのせいだ」

「夕方は金田さんが出て札を『男性入浴中』に裏返すのを待ってさっさと入浴。だいたい順番は決っていて仲村画伯、坂部、小林くんが次々入ってくる。夕食の席では今朝の件が出る。あんないきなり立ち上がってテーブル叩くような真似は止めようや、と勝浦くんに諭される。彼に言われる筋合いはないのだが、まず話の始まりは、朝着席するやいなや、滝口さんが勝浦くんに昨日はごめんなさい、一晩考えてやっぱり謝ることにしました」

「いいんですよ、いえそれじゃ、と押し問答になり、どういうこと…?と梅崎さん。それはぼくちゃんがね(金田さんは勝浦くんをそう呼ぶ)、梅崎さんはピンとこない。要するに勝浦くんが三田さんのシガレット・ケース盗難で犯人は女だ!と言いだした時のことを言っているのだ。誰もが遠回しに会話しているのでらちがあかない。テーブルにダン!と手をついて立ち上がった。いい加減にして下さい、こんな下らないことに巻き込まれるのはご免です。みんなが一斉に静まった。サルトルの『分別ざかり』のあのシーンと同じことをしているな、と苦々しく思った。あれはオープンカフェで、主人公はアイスピックで手の甲を突き通すのだが」(続く)