『鎖を離れたプロメテ』アンドレ・ジッド

通行人たちは一斉に痩せた紳士に注目し、痩せた紳士は鼻血や唇の裂傷をさらしながらも困惑しきって、大丈夫だからと釈明します。やがて通行人たちも散り散りになりました。
―ここまでが、アンドレ・ジッド(1869~1951)の『鎖を離れたプロメテ』(1898)の最初の一ページで、独立した無題のプロローグをなしています。
次に第一部の「個人道徳に関する記録」が始まりますが、その第一章はそのまま引用しましょう。
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私は公的道徳については語るまい。そんなものは存在しないからだ。ところで、それについて、一つ物語がある。―
コーカサスの山の上で、鎖や留金や刑衣や壁やそんなものでずっと身動き動きの出来なかったプロメテが、姿勢を変えようとして、左半身から身を起し、右手を抜き、ある秋の日午後四時か五時頃、マドレーヌからオペラ座に通じる大通りを歩いていた。
パリ中の色々な名士がぞろぞろと彼の眼の前を通っていた。どこへ行くのだろうと、彼は不思議に思った。そこであるカフェのテーブルに着き、ビールを一杯注文すると、彼は尋ねた。
「ボーイさん、あの人たちはどこへ行くんだね?」
(河上徹太郎訳)
ここまででこの小説は一ページ半しか進んでおりません。プロメテというのはプロメテウスのフランス語表記です。広辞苑によれば、「ギリシャ神話の英雄。天上の火を人間に与えてゼウスの怒りを買い、コーカサス山に鎖でつながれ、大鷲にその肝臓を食われたが、ヘラクレスに助けられた」というそのプロメテが、隠喩ではなくプロメテ本人として唐突に現代(当時)のパリに出現するのです。
この小説がいかに人を食った話かはもう見当がつくでしょう。エピローグは、
「この著作が以上の如きものであることが別に著者の責でないことを読者に信ぜしめるために」と再びギリシャ神話の引用で締められます。食えない小説です。