人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

偽ムーミン谷のレストラン(34)

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これはなんだろう、たぶん誰でも立ち寄っていい種類の祝賀会、おそらく立食パーティが催されているに違いない。そう確信したスナフキンは、中からにぎやかな人声が聞えてくる建物の開け放したドアから玄関をくぐりました。最後の食事にありついたのはいつのことだったか、もう思い出せなくなっています。
食事をとらない生き物は徐々に衰弱していきますが、食事をとらないトロールはさまざまな変化をきたします。これには種族差もあれば個体差もあって一律には言えませんが、トロールにとって食事はエネルギー代謝のために必要なのではなく、いわば個体という概念の維持のために必要な行為なので、フィジカルまたはヴァイタル的な衰弱ではなく概念的衰弱、即ち、
・形態が崩れる
・矮小化する
・影が薄くなる
などの現象が起ります。ですからスナフキンの存在は尋常にはほとんど誰からも見えない状態になっていました。光線や風の、ほんのちょっとした屈折や反射がかろうじて見えないスナフキンの輪郭を映し出すことがあるきりでした。これを日本の諺では、
・柳の下に幽霊
と言うのは当らずとも遠からずといえるでしょう。それはさておき、
スナフキンは仕事の依頼があってこんな土地まで来たのですから、到着さえすれば当然然るべき応対を受けて宿にも食にも日用品にもありつけるものと、水筒一本携えてきませんでした。近頃の洗濯機は入浴中に洗濯から乾燥まで完了しますから、着替えも用意してありません。依頼された仕事はやや長期に渡る可能性がありましたが、住民のいる土地なら商店くらいあるでしょう。ごく少額の貨幣しか持参しなかったのは現地の通貨と換金できるか不明でしたし、契約では生活必要額の前渡し金が支払われるはずだったのです。
つい先ほどにはスナフキンは周囲にこの土地のあちこち、主にじめじめして薄汚れ、悪臭すら地表から漂ってくるような場所をどうも好んでいるらしい、おそらく陸生のカツオノエボシやマヨイアイオイクラゲのような原始的群体トロールの一種ではないかと思われるそれが辺りに生えている池から、帽子で水を汲みました。濁った水面ですが周囲の木々は映ります。スナフキンは手をかざし、水面を覗いてみました。ついにおれは着衣もろとも見えなくなったのか。
そんなわけで、スナフキンが入りこんだのがムーミン家の結婚披露宴会場だったのです。