人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

偽ムーミン谷のレストラン(46)

イメージ 1

あの時はひどかったな、とヘムレンさんは唸って言いました。狂気の沙汰も金次第、または正気の沙汰ともいうが、貨幣などムーミン谷にはないからあの場合は食次第というべきか。だがわれわれトロールにとって食事はイメージでしかないのだから、より正確に言えばとっておきの祝いを粗末な料理で台無しにされた怒りなのだろうな。
うむ、あれならいっそ会食などない方が良かった、とジャコウネズミ博士。おかげでムーミンパパ、当時はただのムーミンだったが、そのムーミンとロッドユールが本気で怒るとどれだけ常軌を逸してしまうかも見たし、フレドリクソンなどはその場で凶器を発明しておったのには感服した。女だてらにソースユールも大暴れだったが、あのユール夫妻のせがれがスニフなのだから世の中わからんな。しかし結局は…。
彼女が原因だろうよ、とヘムレンさんはチラッと横目でムーミンママを指しました。新婦、当時のフローレンしかおらん、料理の豪勢な結婚披露宴などに固執するのは。いったいにスノークの雄は見え張りで、スノークの雌はやたら家庭的にふるまう性質がある。だが自分らだけで一度に谷の住民全員をもてなす料理はできない。
そこに都合良くレストランができた、というわけか。だがあの建物はムーミン谷ができた時にはすでに存在していた、と言い伝えられていた。実はレストランだと判明したのはムーミンの結婚式が初めてで、それまではわれわれも不審に思うだけだったのだ。
そしてあのひどい料理!披露宴の後半はムーミンパパがロッドユールやフレドリクソンたちと破壊の限りをつくしたな。私は手つかずの料理が並ぶテーブルがあれほど盛大にひっくり返される光景は初めて見たよ。こんな飯が喰えるか!という台詞もテレビアニメ以外では初めて聞いた。それもアジアの島国産のだ。そして味見した二組の新郎新婦以外その日は誰も料理を味わえなかった。
……翌日からわれわれ谷の住民は人目を避けるようにそのレストランに通い始めたのだ。悪臭や外観から想像したよりは多少はマシとはいえ、料理としては、
・マズイ!
のひと言だった。にもかかわらず、われわれは通うのを止められなくなっていたのだ。そう、あのコックカワサキのレストランに。
そしてその夜からスナフキンは残飯にありつき、誰の目にも谷の住民になったのです。