人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

偽ムーミン谷のレストラン(64)

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長い窃盗生活のあいだ、スティンキーのコレクションは役にもたたないがらくたが増える一方でした。職業的窃盗とは盗品売買という目的がないと窃盗自体も目的を失いますが、もとを正せば市場経済という原理がムーミン谷には存在しない以上、スティンキーの活動は盗難ではなく損失として谷の需要を維持させるだけで、スティンキー自身には趣味以上の利益をもたらさないのは明らかでした。
その状態は以下のように説明できるだろう、とジャコウネズミ博士。まず蓋のついた箱を用意する。箱の中には放射性物質ラジウムと、ガイガー・カウンター付き青酸ガス発生装置が仕掛けてあり、ガイガー・カウンターがアルファ粒子を感知すると青酸ガスが発生するようになっている。
その箱へムーミンに入ってもらう。そんなに大きな箱なんですかい?うむ、ミイが入るには大きすぎるが、スナフキンが入るには窮屈だろうな。どっちみちヘムレンさんと私はムーミンを念頭に置いて箱を用意したのだ。はあ。
というのは、この箱にはスティンキーくん自身が入っても実験にならないからなのだ。谷の住民全員にとっても、ムーミンでなければならない理由がある。
ムーミンが箱に入る。箱の蓋を閉める。一定時間経過後、ムーミンの生死の可能性はラジウム原子核アルファ崩壊する確率次第となる。つまりわれわれは箱の中のムーミンを生きているとも死んでいるとも認識できないのだ。
蓋を開けて見てはいけないんですか?誰が見るかね?もしムーミンが死んでいたら、見た者まで青酸ガスを吸って死ぬぞ。では誰かに開けてもらって…。それでは直接認識したことにならんよ。呼んでみては駄目ですかね、おーいムーミン生きてるかぁ…。きみももうわかっていると思うが、この実験の趣旨はそういうことではないのだ。
われわれは普通ムーミンを生きた状態か死んだ状態でしか認識できない。だがこうした実験下ではムーミンの生死は確率的な比率で両立するのだ。これは可能性の飽和状態であり、エントロピーの臨界点でもある。気の毒なムーミン
生殺しってやつですな、とスティンキー。
それはきみのことだよ、とジャコウネズミ博士。きみの窃盗は次々と量産型偽ムーミンをガス実験しているようなものだ。だがそれはわれわれ全員の限界で、この場合ムーミン本人だけが死を賭けて真実を知ることができるのだ。スナフキンでもいいがね。