人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

偽ムーミン谷のレストラン(65)

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ぼくがいる場所は、本来ならぼくにとってはやや窮屈なようだ。椅子がひとつある。丈は低くて背もたれはないから、腰掛けという方がいいだろう。浴室で使うようなやつだ。床、四方に壁、そして天井。この六面の空間は、ぼくの見るかぎりでは、立方体になっている。まっ白の照明、影はない。腰掛けの影すらない。これを書いている携帯電話―基本ソフト以外にデータらしきものは何も残っていない。元々ぼくの持ち物なのか、腰掛け同様この場所にあったものなのか憶えていない。ぼくの持ち物だったなら、初期化してデータを抹消されたのかもしれない―なにしろどこからも電話はかかってこないし、メールも送られてこない。ぼくもとりあえずいくつかの携帯サイトに登録してみたのだが、基本ソフト自体がメール受信全拒否という設定になっているのかもしれない。そして電話は―電話についてはもう書いた。だがまだ書くことがある。電話についてはあとで詳しく書こう。きりがない。
この場所を部屋と呼ぶのに抵抗があるのは、見たところ、またあちこち試してみたが、出入口というものが見当らないからだ。イメージとしては溶接した感じ、ならば照明や換気は一体どうなっているのか。脱いでも着衣でも体感温度はほとんど変らない。照明はずっと一定のため朝も昼も夜もなく、昼夜の推移にともなうはずの気温や湿度の変化もない。寝具はない。
食事と呼べるなら、食べることは楽しい。積極的に食べる理由はそれしかない。他にすることも大してないのだ。一方の壁の、ぼくの胸くらいの高さからトレイが出てくる。トレイには八つに区分けされたパレットが乗っていて、八色のペーストをパレットから直接舐める。上品な食べ方ではないが、これがすこぶるうまいのだ。たぶん補助栄養素を含む飲料水がトレイの脇から管で飲めて、こちらはいつでも飲めるようになっている。トレイが出入りする開閉口は食事の時しか現れない。やがて尿意や便意を催すと、腰掛けの蓋を開ければ便器になっている。よくできたものだ。ホームレスが夢見る天国のような場所だ。
部屋の隅には控え目な設備がある。ラジウム、ガイガー・カウンター、青酸ガス発生装置。この三つの関連性は専門外でもわかる。
そしてぼくは装置が作動しようがしまいが、つまり生死を問わず、もういいぞスナフキン、と呼ばれるまでここから出られないだけは確かなことなのだ。