人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

よくある玩具店

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このおもちゃ屋は隣町にあり、当時はその町内に住んでいた。1968年にもほとんど同じ外観で存在していたのを、当時四歳の幼児だった中年男でも眼前のようによく覚えている。幼児にとって玩具店とはただのお店ではなく、昔の犯罪コメディ映画に出てくる宝石店やヴィンテージ店と同等か、あるいはそれ以上に垂涎の場所だった。なにしろ幼児には愛嬌や素行で獲得する以外に経済力などないから、おもちゃ屋などは夢ばかり並んだ見本市のようなものだった。
やや敷居が低い側面といえばせいぜいこの規模の玩具店は大抵駄菓子屋も兼ねていることで、小銭で済む程度の買い物なら数日に一度くらいはできたことだ。50円玉一枚のおこづかいをさずかるのにどれだけ長かったか、50円という予算の枠からどう使うか、当時はまだ5円刻みで駄菓子屋系の菓子やミニ玩具、それこそメンコやビー玉、べー独楽や独楽のヒモなどがあったから、50円内での選択は幼児の頭を悩ませた。そして後でまた毎回のように後悔し、家までもうすぐの帰り道とぼとぼ引き返して頭を下げて、いくつかを交換してもらうのだ。そうしたらやっぱり最初買った方が良かったような気がして、でも交換はこれきりと毎回言われるので次回買うことにして、当然次の買い物ではほしい物はとっくに変わってしまっている。

今住んでいる町では、子供の頃にあったおもちゃ屋はなくなってしまって、大型スーパーの玩具売り場しかない。長女と次女が育った町には離婚して父親が別離する年までかろうじてこういうおもちゃ屋があって、娘たちがあのお店のことを覚えていてくれたらいいのに、と思う。離婚のための別居中にそのお店は、たぶん半世紀近い営業を畳んで携帯ショップになっていたのを最後に町を離れる時に見た。そこはかつて、幼い娘たちが眼を輝かせて、おもちゃの並んだ狭い店内を見回していた場所だった。