人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ピーナッツ畑でつかまえて(14)

 スヌーピーチャーリー・ブラウンの世話焼きを日ごろ干渉過剰に感じていました。飼い犬が手を噛むというのを実際にやってみたらどうなるんだろうな。酷たらしい殺人現場、むくろとなって横たわるチャーリー・ブラウン。その頃サングラスで顔を隠した一匹の犬がソフト帽を深くかぶり、トレンチ・コートの襟を立てて国境を越えようとする。二足歩行をマスターしてから、スヌーピーは自分から明かさない限りは、その場限りでは人間で通るのです。国境は東西に長く長く延び、西には太陽が暮れて東には太陽がのぼるところでした。
 国境警備員はスヌーピーの偽造パスポートをスキャナーで確認し、指紋と声紋を照合しました。指紋は偽装用手袋で、声紋はジューズ・ハープでこなすのがスヌーピーの手口で、偽造指紋という19世紀からあるトリックが未だに通用するのは呆れるばかりですが、あまりに原始的で古典的な手口のためかえって最新の検査法では網にかからないのかもしれません。
 ジューズ・ハープの方は、もし彼がプロの演奏家の道を選べば世界的なトップ・プレイヤーと目され、世界中の作曲家が彼のためにジューズ・ハープのための協奏曲を書き、あらゆるオーケストラから競演の声がかかり、映画音楽に採用されれば大ヒットして商店街の有線放送でも流れ(もっとも彼はディズニー映画だけはお断りでしたが)、甲子園ではブラバン応援曲にアレンジされて盛り上がり、紅白歌合戦にもゲストで呼ばれるので無理難題を出演条件にしたりして、それもけっこう楽しい生き方だったかもしれません……パインクレストのアイドル犬に甘んじるよりは。
 ですが今スヌーピー中南米への遁走の途上にありました。ブラジルかアルゼンチンか。彼は旧友の故ザル・ヤノフスキーを思い出しました。ザルは好人物で才気溢れる男でしたが、密売品を購入したために逮捕され、密売人の連絡先を自白させられたので仲間から密告者の汚名を着せられて爪弾きになり、しばらく消息を絶った後に届いた絵葉書が「アルゼンチンで元気です」というものでした。
 それもいいが、とスヌーピーは思いました。おれが去ったパインクレストはもうおれのいたパインクレストではないだろう。ならばパインクレストを去ったおれは、パインクレストにいた時の力を徐々に失っていくに違いない。そして一介の、ただの野良犬になっていくのだ。