人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ピーナッツ畑でつかまえて(30)

 感動した、ムーミンパパは言いました。しかし反応がないので、どうして私が感動したか知りたくないかね、と催促してみました。それでも反応がないのでムーミンパパは、
・それは私が朗読したからさ
 と開き直りました。なんで私が朗読したのかって、それはもちろん賞賛という報酬を求めていたからさ。善行を行う人が周囲や信仰から期待する報酬と同じさ。また、このあたりで本当の主役が誰かはっきりさせておかなければいかん、といつしか私は思うようになった。タイトル・ロールの示す人物がいつも主人公であるとは限らん。たとえば、
・天才ムーミン
 とあれば実際にはムーミンは子どもの世界観を象徴する存在としてタイトル・ロールを勤めているだけであり、子どもの世界観とは家族と隣近所と遊び友だち程度の広がりしかない。電車に乗って都心に通勤などしないものだ。そうすると、ムーミン世界の広がりはせいぜい半日で往復できるほどの地勢に治まり、価値基準となると両親が第一の基本になる。商店街までを歩けば年齢不詳のおじさんがいつ通っても竹箒で道を掃いているだろうし、駅前交番にいるおまわりは偽警官に違いない。
 私は何の話をしているのかな、まるで見透かしたようなことを言っているように聞こえれば過ちを撤回するが、指弾されればすぐに低く出る私はなんて柔軟かつ従順なんだろう。こうしたことも含めて私はムーミンの父親だが……独身だった頃は私こそがムーミンと呼ばれるコビトカバモドキのトロールだったわけだが、孤児として生まれ育ったムーミンだから私はムーミン以外にもあらゆる可能性を秘めたムーミンでもあり、それゆえに結局は次代のムーミンへバトンを渡すだけの、種馬ならぬ種河馬でしかなかったのだ。そしてようやく私は、
ムーミンのパパ
 になり、息子ムーミンを通して事実上のムーミン谷領主となったようなものなのだ。この気持はあなたなら理解していただけると思うが、どうですかな。
 いやーウチはしんのすけしんのすけだしオレはオレだし、と野原ひろし。それより、狙われたら砂漠に逃げ込むほど恐ろしいルーシー・ヴァン=ペルト・ダットンてのはオレたちには脅威はないのかい?
 彼女はわれわれの存在を知らないでしょう、とムーミンパパ。だがわれわれは彼女を知ってしまった、それが問題なのです。
 第三章完。