人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

かけうどん(の女)

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 画像ではわかめがのっているし、七味唐辛子もかかっているが、このくらいなら「かけうどん」と言っていいだろう。ただし刻みネギはやや多めにした。ネギのあるなしでうどん、そば、ラーメンはまるで違う。だが、わかめラーメンというのはあっても納得がいくが、ネギラーメンというのは何を今さらという気がする。関東でいえば中央線沿線のラーメン屋では短冊切りの長ネギをトッピングしてそう呼ぶらしい。うまそうではないかと思うが、では普通に刻みネギをのせているラーメンはどういうことになるのか。しかし今回の話題はラーメンではなく、例によってうどん、今回はかけうどんについて作文しようとしているのだ。
 まあ、こう毎回うどんについての作文を載せているとまるで毎日うどんを食べているようだが、うどんばかりでなくラーメンやそば、パスタなども食べている。ただ、こうしてうどん記事ばかり作文しているとふと入院先で同じ病棟だった、困った女性患者を思い出した。彼女は2010年当時27歳を自称していてそれは本当だろう。10歳頃から入退院を繰り返している、それも本当で、やはり長年入退院を繰り返している中高年患者などは10代の頃からの彼女を知っていると言っていた。彼女は虚言癖と妄想癖があり、それは自己愛と自己顕示欲の強さから出たうぬぼれたもので、男性患者に対しては特に尊大だった。彼女は美貌を自負しており(ニキビだらけでごく地味な顔立ちだったが)、男性患者に注目されていると思い込んで煩わしがっていた。女性患者にはそれほどでもなかったが、彼女の話す経歴には矛盾が多かった。UCLA医学部を飛び級で17歳で卒業した、と話す一方ヴァイタルの意味すら知らず、肝臓と膵臓は同じ器官と思っていて、しかも同室の女性患者には未婚の母と打ち明けて10歳の男児の写真を見せていたという。入院中は寡夫のお父さんに預かってもらっているそうだが、生活保護世帯になってからも長いらしい。
 彼女は義務教育すら15歳までには満了できたとは思えない。10歳頃から年に半年ごとに入退院の繰り返しというのだから。それがどうやって、父子家庭の生活保護世帯でアメリカ留学などしてきたものだろう。未婚で一児の母、というのは事情はわからないが本当なのだろう。彼女の中では願望と虚言と妄想の区別がないのだ。だから病気なのだが……
 それでもこれは気の毒だな、と思ったのは彼女の入院食だった。一日三食、山菜うどんなのだ。彼女の盆には食札と呼ばれる患者ごとの小さな立て札が載っていたが(これは全員に載っている)、アレルギー項目(アレルゲン)が1ダース以上に渡っていた。
・米
・大豆
・落花生
・トウモロコシ
・芋類
・茸類
・パン
・玉子
・乳製品
・バター
・そば
・ニンジン
・玉ねぎ
・ピーマン
・ラーメン
・蜂蜜
・魚肉
・海老
カニ
・鶏肉
・畜肉(豚肉のみ可)
・香辛料
・コーヒー
・紅茶
・カカオ
 1ダース以上どころか思い出しただけで20品目以上ある。あまりに多いので豆(米、大豆、コーン、カカオ…)、根菜(じゃがいも、ニンジン、玉ねぎ、ゴボウ…)、葉菜、乳・玉子・バター製品(パン、ラーメン、プリン、ヨーグルト…)、魚介類、肉類(豚肉のみ)と大別されていたくらいだ。果物も全滅に近かったと思う。
 それで彼女が毎回食べていたのが山菜うどんで、魚介出汁は使えないから昆布出汁の薄味のものだったろう。乳製品、玉子、油脂全滅で、しかも米飯にまでアレルギーがあるとなればパンもラーメンもパスタも駄目、そばはもとより駄目で、うどんしかないということになる。豚肉だけはなんとかいけるなら豚汁うどんなど、と思うが、米が駄目だから味噌も駄目なのだ。それでもたまには豚肉のすき煮うどんくらいは出たかもしれないが、見かけなかった。アレルゲンではないが、好きではないか多くは食べられないのだろう。
 それにこれだけアレルゲンがあって、どうやって育ってきたのだろうと思う。入退院を繰り返すようになった10歳以降は入院中は管理された入院食で行けただろうが、10歳とは精神疾患の認められた年齢で、食餌アレルギーはいつごろまでさかのぼるのか、まさか乳児の頃すでにとは思えないが、離乳食期はどうしたのだろうか。現在も入院中はいいが、自宅療養中の食事も山菜うどんしか食べられないのだろうか。
 これほど食生活に極端な制限があると、アレルギー体質と精神疾患に何らかの関連がないとはいえないのだろうか、と素人が勘ぐってはいけないことまで考えてしまう。勘ぐってはいけないことは、すでに書いてしまったが彼女には精神疾患以前に人格障害と見られるような奇行・悪癖があった。最初は耳を疑い、それからあっけにとられ、次に嫌悪感を抱いたが、彼女の言動による一番の被害者は結局彼女自身なのだと思うとやる瀬ない気分になった。本人にもどうしようもできないのだ。
 彼女を徹底的に嫌う人もいた。大多数は彼女を眼中におかない態度をとった。彼女は親切にされると相手を恨むから、それで悪口を言いふらされた人もいた。だけど彼女をそのことでは恨めない。山菜うどん、実質かけうどんしか食べられない相手をどう恨めるというだろうか。