人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ピーナッツ畑でつかまえて(35)

 たとえば、とリランは前後逆に着てしまったオーヴァーオールから袖を抜きながら思いました、ぼくが生まれて、より正確に言えば現れてきてから、ぼくはルーシーやライナスに彼らの性癖を正当化するための引き合いにされてきた。ケーキの大きい方は私のね、だって二人も弟がいるんだから当然でしょ!……いやこれじゃルーシーの言い分にも一理あるような例になってしまう。指しゃぶりならついこの間までリランだってしていたじゃないか!まさかリランまで今でも隠れて指しゃぶりしているんじゃないでしょうね!……これならはっきり濡れ衣だと言える。ぼくは存在してからこのかた、指しゃぶりなどしたことはないのだ。
 ただし、とリランは背筋に冷たいものを覚えながら沈着に考えました、彼らは嘘は言っていないということもぼくにはわかっている。ルーシーにもライナスにもぼくが幼児らしいわがままを言ったり、指しゃぶりしたりしているのを見てきた記憶がある。正しくは、ぼくがヴァン=ペルト家の次男、ルーシーとライナスの弟として出現した時にその記憶が発生した。ぼくにはそれがわかる。なぜなら、ぼくも自分がこの世界に現れた時、ルーシーやライナスと共有する記憶がすでにあったからだ。だからぼくが最初から分別のついた児童であったとしても、客観的に幼年期の実像を証明する方法はない。あったとしてもそれはルーシーやライナスの知るぼくではないということになる。
 こうして考えていることも、たぶんライナスにはお見通しのはずだ。ヴァン=ペルト家の三姉弟はひとつのグループをなすのだから。それはチャーリーとサリーの兄妹よりも(なぜならチャーリーはスヌーピーとの絆のほうがより強いから)、パインクレスト小学校のモブキャラたちよりも強いサークルを結んでいるに違いない。ライナスもぼくもルーシーの弟であることからは逃れられない。そう思っていた。
 だからルーシーが間もなく臨終を迎えようとしているなどぼくら弟たちにとっては晴天の霹靂で、もしぼくたちがルーシーの従属的キャラクターならば、彼女の臨終はぼくら弟たちも巻き込んだ消滅に結びつくかもしれない。兄はぼくより10年あまり長くルーシーの弟を務めているから、ぼくよりはこの世界の成り立ちに精通しているはずだ。だがルーシーなしに兄とぼくとが永らえる可能性が、この世界の中に果たしてあるものだろうか?