人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

鼻血の文化的シニフェオン

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 またウィキペディアさんにご登場願おう。ただし項目の大半を占める医学的解説はスルーする。知りたいのはもっと俗なことだ。つまり、

[鼻血に関する迷信]
「チョコレート(またはピーナッツ)をたくさん食べると鼻血が出る」と言われるが、医学的な根拠はない。しかし、鼻の粘膜に傷がある場合は糖分摂取による血圧上昇のために鼻血が出る場合もある。一方、チョコレートやコーヒーに含まれるカフェインには、体を興奮させる作用があり、血圧上昇などに働き鼻血を引き起こすとも考えられている。
 また、俗に「うなじを叩くと鼻血が止まる」と言われることもあるが、こちらも医学的根拠はなく、逆に叩いた衝撃で出血が酷くなることもある。
 アニメや漫画、ドラマなどでよく見受けられる性的な興奮状態にあるとき鼻血が出るのは、あくまでも興奮状態にあることを示す漫画的な表現手法であり、性衝動と鼻血に医学的な関連性はない。

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 さて、管見するところ鼻血画像は確かに古くからあるが、それらはだいたい喧嘩や懲罰による負傷としての描かれかただった。鼻血が性的興奮の表象(シニフェオン)として描かれるようになったのは、谷岡ヤスジ(1942~1999)の『メッタメタガキ道講座』(「少年マガジン」1970~1971)が嚆矢をつけたもの、とおぼしい(参考画像参照)。これは長い間、谷岡ヤスジの個人芸としてパロディ的にか、でなくともごく控え目に用いられる手法だった。だが近年、アニメーションの分野では、谷岡ヤスジという括りを外して「昭和的ギャグの典型例」という応用が散見されるようになってきた。
 近作では『キルラキル』2013~2014のサブ・キャラクターたち(男性)が女性の下着姿や裸身を見るたびに盛大に鼻血を吹いていたが、主題歌のタイトルからして『HANAJI』と謳った『まりあ+ほりっく』2009/2011はヒロインの鼻血噴出場面がお約束のギャグになっている。『まりあ+ほりっく』は70年代前半の「週刊少女マーガレット」のカラー・ページの画風の再現もギャグになっている女子高コメディだから、年代的にアナクロニズムの統一がある。これは『キルラキル』が70年代学園番長マンガのフォーマットを借りているのと同じ趣向だが、『エースをねらえ!』に鼻血ブーがないように『男組』も本来は鼻血ブーと結びつくようなマンガではなかった。
 だが今は「週刊少女マーガレット」的、または少年マンガ誌の番長ものは豊かな発想の財源として再生可能なもので、ただしそれは当時では少年マンガ誌・少女マンガ誌にとっては特殊なギャグ特区であった谷岡ヤスジ土田よしこ(少女マンガ誌のギャグマンガ家として唯一鼻血ブーを描いた人)と現在からは等価であり、シリアスと鼻血ブーは同居する。というか、鼻血ブーの世界にもシリアスな現実が入り込む。
 それは谷岡ヤスジがすでに見抜いていたことで、谷岡マンガは現実への強固な怒りに満ちていた。それが鼻血ブーという表現を取り、当時は他愛のない「ナンセンスな」ギャグマンガとして単行本化もされなかったのが、今では一種の時限爆弾になっている。ギャグに登録商標があれば、谷岡マンガのさまざまなギャグは没後ますます利益を生んでいると言える。とりわけ、鼻血ブーは。