人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ピーナッツ畑でつかまえて(56)

 嵐の吹く暗い夜でした。私たちは暖炉の前で遅い夕食の後のお茶を飲みながら、とりとめのない談義で就寝までの時間を潰していました。会話には飽きていましたが、嵐の夜では他にすることもありません。もともとその日は、地域の集会のために空けてあった夜でした。集会そのものは義務でしかないものですが、中止ならともかく突然の悪天候で日延べになったのでは面倒が先送りになっただけです。そんなわけで私たちは、今夜の議題について準備した意見も次には無駄になっているかもしれず、これなら何も急いで帰宅しなくてもよかったな、と持て余し気味になっていたのです。
 お茶も飽きたな、ウィスキーにしようか、と私たちはグラスの準備と氷の準備を分担しました。アイスピックで氷を割る鋭い音が、安普請ながら一応は煉瓦造りの壁に反響しました。始めから小さなブロックに分かれた製氷皿を使えば便利なのですが、あれは凍るのが早すぎて水道水の中の次亜塩素酸カルシウム(カルキ)まで閉じ込めてしまう。なるべく純度の高い天然水を大きな容器でゆっくり凍らせた方が良質な氷が出来るのです。清涼飲料水ならまだブロック製氷皿の氷でも気になりませんが、オン・ザ・ロックとなるとてきめんに氷の質で味が変わってくる。それにアイスピックで氷を割るのは注意は必要ながら面白い作業で、氷にも密度の差があるのでしょう。上手く亀裂がはいると面白いように細かく砕けるのです。
 ただし目測が外れると、どんなに力んで刺しても表面しか削れません。その晩の氷がそうでした。グラスとウィスキーがテーブルに揃っても、まだ氷はかけらほども砕けていません。苦戦してるみたいだな、そんな時ってあるよ。うん、上手く刺さらないんだ、刺す面がいけないのかな。氷の側面を上に置き直して、しっかり垂直にアイスピックを振り下ろしますが、やはり表面だけで止まってしまう。これでやるか、と私たちはハンマーを持ってきました。ひとりがアイスピックを氷に突き立てて固定し、もうひとりがハンマーで叩く、という共同作業です。これなら上手くいくぞ、と私たちは期待しましたが、そうは問屋が卸しませんでした。ハンマーの打撃はアイスピックが受け止めただけで、私たちは振り下ろしたハンマーを持つ手も、アイスピックを固定した手も無駄に痺れさせてしまいました。こうなったらこれで行くか、と私たちがスパナを握った時、あの子がやって来たのです。