人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ピーナッツ畑でつかまえて(59)

 しかし、もしかしたら少女の体が冷たいのは単に嵐の中を濡れてきたからなので、と私は思いました、傷がないからには、血は彼女の血液ではないのかもしれない。ならばそれは誰か他人の返り血という可能性もある。返り血!だけれど、こんな小さな女の子がそんな酷たらしい状況に、どうして陥ったというのだろう。この子はいったいどんな経緯で、どんなことに巻き込まれてしまったのだろうか?
 私たちはふたりとも同じことを考えているようでした。ふと気づくと、少女の体を拭いたおしぼりはすっかり垢じみており、考えずともこの子が相当に不潔な環境に長くいたことがわかります。逃げてきたんだろうか、と私は呟きました。だけどいったいどこから?
 それってどういうことだい、と私は自分も考えていたことを先に口に出されて、動揺を抑えきれませんでした。監禁されていたのかもしれない、と私はためらいながら答えました。監禁?誰に?それはわからない、他人にかもしれないし家族にかもしれない。まったくおぞましいことだが、子どもが監禁されるのは昔からよくあることだし、その目的もさまざまなことが考えられる。ましてや……。
 ましてや?
 女の子だからね、まだ子どもだから中性的な顔立ちをしているが、あと数年もすればきれいな少女になるだろう。ヒヨコだってオスのヒヨコよりメスのヒヨコは数倍の値段で売られる。シシャモなどはヒヨコどころじゃない。嫌な話だが、もしこの子がそうした目的の監禁から逃げてきたのだとすれば……
 私たちは黙り込みました。しかしヒヨコやシシャモに例えることはないだろう、と私は内心腹を立てていました。露骨な表現には違いありませんが、家庭内暴力や人身売買の可能性がある、というだけで十分なはずです。それとも私たちが腹を立てているのは、そんな事情を抱えているかもしれない子どもに関わりあってしまったことかもしれず、しかしこうして一旦保護してしまった以上、この子をまた無責任に放り出すことはできないことなのでした。
 いわば私たちは事件性の高い事態に巻き込まれてしまったのだ、と気づいた時にはもう引き返しようがなくなっていたのです。体は冷えきっているが熱がある、と私は少女の額に触れました。今度は氷はハンマーの一撃で砕けました。ヴィニール袋で即席の氷嚢を作り、パジャマを着せた少女を簡易ベッドに横たえた時、ドアを外から激しく叩く音が聞こえたのです。
 次回第六章完。