人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ピーナッツ畑でつかまえて(60)

 嵐の吹く暗い夜でした。突然のノック、いやノックというよりもむしろ恫喝するような乱暴なドアへの殴打に、私たちは思わず顔を見合わせました。ひとりじゃなさそうだな。ああ、あの様子からすると……。その時私たちは即座に決断を迫られているのに気づきました。前もって約束した知り合い以外滅多に訪ねてくる客などこの家にはいませんし、その上今日は午後からの予期しない悪天候の嵐の夜です。迷い込んで、しかもおそらくどこかから逃れてきて助けを求めにきた少女と、続けて今ドアをガンガン叩いている何者たちかが無関係とはとうてい思えません。私たちは金縛りにあったように動きを止めて、額を寄せあいました。
 迫られている決断は、簡単なことでした。嵐の夜の中をやってきた少女をかくまうか、それとも新たな訪問者を迎い入れて決断を先延ばしにするかです。いや、その中間もあるよ、と私は指摘しました、とりあえずあの女の子はこのまま休ませておく、どうせすぐには目を覚ましそうにない。今来ている連中が誰かはわからない、血縁者を名乗るかもしれないし私服刑事を名乗るかもしれないが本当かどうか確かめようもないことだ。この子を心配している様子をしても、それも本当かわからないだろうね、と私は肯きました。だけど少なくとも、嘘であれ真実であれ、あの子がここにやってきた経緯の情報にはなる。ただしリスクは……。
 訪問者の話を聞いてしまえば、あの子を引き渡すかこちらで保護するかの押し問答になるのは目に見えている、ということだ。もし法的に正当な保護者であれば引き渡さないわけにはいかないし、もし司直の類であれば……あの子は何か悪いことをしてきたのかもしれない。だったらわれわれではかばいきれないよ。
 ……それはそうだが、と私は声をひそめたまま、たしかにわれわれはずぶ濡れの哀れな子猫を拾ったような気分であの子を介抱していただろう、その分あの子につきすぎた見方で事態を捉えていたのは認める。でもこんな子どもが嵐を押してひとりで知らない家まで来たのなら、何かひどい目にあったと思うのが普通じゃないか?だから私たちは……。
 いや、もう考えている余地もなさそうだぞ、と私は立ち上がりました。こんな勢いでドアを打撃するからには、ドアを壊してまで入ってくるつもりだろう。血痕があるからこの家とは確信しているんだ。早くコートを。彼らが入ってくる前に逃げるんだ。
 第六章完