人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

Billie Holiday - Lady Sings the Blues(Clef/Verve, 1956)

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Billie Holiday - Lady Sings the Blues (Clef MGC-721, rec.1954+1956/rel.1956)
from "Lady Sings The Blues" (Not Now Music) : http://youtu.be/OHQcZy5DF_Y
[Side A]
1. "Lady Sings the Blues" (Billie Holiday, Herbie Nichols) - 3:46
2. "Trav'lin' Light" (Trummy Young, Jimmy Mundy, Johnny Mercer) - 3:08
3. "I Must Have That Man" (Dorothy Fields, Jimmy McHugh) - 3:04
4. "Some Other Spring" (Irene Higginbotham, Arthur Herzog, Jr.) - 3:36
5. "Strange Fruit" (Lewis Allan) - 3:05
6. "No Good Man" (Irene Higginbotham, Sammy Gallop, Dan Fisher) - 3:18
[Side B]
1. "God Bless the Child" (Billie Holiday, Arthur Herzog, Jr.) - 4:00
2. "Good Morning Heartache" (Irene Higginbotham, Ervin Drake, Dan Fisher) - 3:28
3. "Love Me or Leave Me" (Walter Donaldson, Gus Kahn) - 2:38
4. "Too Marvelous for Words" (Johnny Mercer, Richard Whiting) - 2:16
5. "Willow Weep for Me" (Ann Ronell) - 3:08
6. "I Thought About You" (Jimmy Van Heusen, Johnny Mercer) - 2:47
[Personell]
(Side A1-6, B1&2)
Billie Holiday - vocals
Paul Quinichette - tenor saxophone
Charlie Shavers - trumpet
Tony Scott - clarinet
Wynton Kelly - piano
Kenny Burrell - guitar
Aaron Bell - bass
Lenny McBrowne - drums
Recorded June 6 & 7 1956, Fine Sound Studios, New York City
(Side B3-6)
Billie Holiday - vocals
Willie Smith - alto saxophone
Harry Edison - trumpet
Bobby Tucker - piano
Barney Kessel - guitar
Red Callender - bass
Chico Hamilton - drums
Recorded September 3, 1954, Capitol Studios

 ビリー・ホリデイの売り出しのためにクレフ/ヴァーヴ・レーベルは業界関係者からのアイディアを募っていたが、ジャーナリストのウィリアム・ダフィーという人物がビリー・ホリデイの自伝を出版したらどうか、というプランを持ってきた。自伝は1956年夏の発売に向けて、女性の方が良かろうとダフィーの奥さんがロング・インタビューを行いダフィーが本文をまとめた。クレフ/ヴァーヴ・レーベルも自伝の発売に合わせて、ビリーの代表的レパートリーを再録音するアルバムの制作をビリーと長年の親交があるクラリネット奏者でアレンジャーのトニー・スコットに一任し、2回のセッションで4曲ずつの新録音を行い、アルバム12曲に足りない4曲は未発表の旧録音からセレクトしてアルバムにまとめることになった。
 クレフ/ヴァーヴとダフィーの思惑が一致したのは、ビリーを波乱万丈でスキャンダラスな過去を持つ悲劇の歌姫に仕立てることだった。ビリー・ホリデイ自伝とスタジオ・アルバム『レディ・シングス・ザ・ブルース』が発売され好セールスの最中の56年11月、クレフ/ヴァーヴ・レーベルは司会者によるビリー自伝の抜粋朗読と交互にビリーが次々と過去の代表曲を歌う、という趣向のコンサートを開き、その模様はライヴ収録されて『カーネギー・ホール・コンサート』として歿後発売されている。そこでのビリーはほとんど生気が感じられず、レコード会社の要請によって気乗りのしないわざとらしいプロモーションを強いられている様子がありありと伝わってくる。
 ではスタジオ・アルバム『レディ・シングス・ザ・ブルース』のビリーはどうだろうか。

 先述の通り、このアルバムはトニー・スコットがアレンジ・指揮したA1-6、B1、B2の8曲の新レコーディングにB3-6の4曲の旧未発表録音を足してまとめられている。このうちビリーにとって新しいレパートリーはA1、B4-6の4曲で、A2-6、B1-3の8曲はビリーの定番レパートリーだった。新録音によるベスト・アルバムとも、ビリーの楽歴を再録音によって回顧したトータル・アルバムとも言えるもので、過去の録音と比較すると声質の変化や演奏全体の勢いは抑制されているが、ビリー・ホリデイを何から聴けば入りやすいか、と思うと歌手として一番乗っていた20代後半のビリーよりも、この40代始めのアルバムがよく練れて、聴き疲れしないアルバムになっている。全盛期の名曲シングル集は1曲1曲が際だっていて、アルバムを通して聴くと印象が混乱しかねないのだ。
 その点このアルバムはトニー・スコットの凝りすぎず流しすぎないアレンジが巧みで、さらに曲順も流れのよい編集がされて、起承転結の整った完成度の高い作品になっている。B3-6の4曲は2年前のロサンゼルス・セッションからの未発表録音だが、これも7曲録音されたセッションから今回のアルバムの雰囲気に合うものを巧みに選んでおり、ビリーのスタジオ録音としては新レパートリーになるものを4曲中3曲中含んでアルバム後半のクライマックスにしており、楽曲としてはヒット実績の分のある再録音曲が連続する前半に拮抗するとともに、新録音中唯一新曲でビリー自作詞の冒頭曲A1と照応するような、起承転結のはっきりした構成になっている。何度でもアルバム全12曲をリピートして聴いても飽きがこないのだ。プロデューサーはクレフ/ヴァーヴ社長のノーマン・グランツだが、実際のアルバム監修までトニー・スコットが関与していると思われる。グッジョブ。

 そういうコンセプトのアルバムだからして、各曲の由来を解説したい。留意されたいのは、ビリーのこれまでの代表曲8曲の再録音は、クレフ/ヴァーヴではまだ再録音されていないものから選ばれたので『月に願いを』や『月光のいたずら』『イージー・トゥ・ラヴ』『ナイス・ワーク・イフ・ユー・キャン・ゲット・イット』など他にまだ10曲~20曲はあるデッカ時代までの代表ステージ・レパートリーを網羅しているとはいえない(当時はポピュラー音楽は2枚組で作られることは滅多になかった)。それを補うライヴ盤が『カーネギー・ホール・コンサート』になったが、生彩を欠くライヴ盤になってしまったのは前述の通り。
 『レディ・シングス・ザ・ブルース』では、まずA1-B2までの8曲はこのアルバムのための56年6月の新録音になる。

・A1『レディ・シングス・ザ・ブルース』"Lady Sings the Blues" (Billie Holiday, Herbie Nichols)は不遇のピアニスト、ハービー・ニコルスの同名曲にビリー自身が作詞した新曲。ニコルスは55年8月に録音し、『ハービー・ニコルス・トリオ』(ブルー・ノート、1956)で発表されている。ビリーはニコルスのアルバム発売前に楽曲を知ったとおぼしい。自画像的な内容の歌詞から、56年夏発売のビリー・ホリデイ自伝のタイトルにも採用された。

・A2『トラヴェリン・ライト』"Trav'lin' Light" (Trummy Young, Jimmy Mundy, Johnny Mercer)ビリーの初録音はキャピトル・レコード創立記念にポール・ホワイトマン楽団のゲスト歌手として吹き込まれた。以降ライヴでの定番レパートリーとなり、46年10月のJATPコンサートでのライヴ録音がある。

・A3『アイ・マスト・ハヴ・ザット・マン(あの人でなけりゃ)』"I Must Have That Man" (Dorothy Fields, Jimmy McHugh)このアルバムの再演曲ではもっとも古く、テディ・ウィルソン楽団の歌手として37年1月に録音。同セッションで『今年のキッス』『何故生まれてきたの』の名演をレスター・ヤング(テナーサックス)とともに残している。

・A4『サム・アザー・スプリング(いつの春にか)』"Some Other Spring" (Irene Higginbotham, Arthur Herzog, Jr.)37年7月にビリー・ホリデイ&ハー・オーケストラ名義で録音。同セッションでは後に愛唱曲になる『ゼム・ゼア・アイズ』も録音している。

・A5『奇妙な果実』"Strange Fruit" (Lewis Allan)ルイス・アレンの詩をビリーとピアニストのソニー・ホワイトが歌曲にした作品。メジャーのコロンビアでは当時リリース不可能な内容だったため、インディーズのコモドア・レーベルから発売された。39年4月録音。メジャーのクレフ/ヴァーヴで録音できるまで17年かかった、ということでもある。

・A6『ノー・グッド・マン』"No Good Man" (Irene Higginbotham, Sammy Gallop, Dan Fisher)コモドア・レーベル主宰者のミルト・ゲイブラーがメジャーのデッカのジャズ部門に入社したため、ビリーもデッカに移籍する。ビリーの希望通りデッカ録音では弦楽入りだった。46年1月、B2と同セッションで録音。

[Side B]
・B1『ゴッド・ブレス・ザ・チャイルド』"God Bless the Child" (Billie Holiday, Arthur Herzog, Jr.)ビリー初の本格的オリジナル。親子関係の寂しさを歌い、初録音は41年5月、3テイクを重ねて完成をみた。デッカでの最終録音になる50年3月のテイクでは合唱隊をバックにしたゴスペル的な仕上がりだった。

・B2『グッド・モーニング・ハートエイク』"Good Morning Heartache" (Irene Higginbotham, Ervin Drake, Dan Fisher)A6と同セッションで初録音、ビリーのための書き下ろし曲で、意表をつく転調が新鮮で定番レパートリーになる。56年6月の新録音はここまで。

・B3『ラヴ・ミー・オア・リーヴ・ミー(恋か別れか)』 "Love Me or Leave Me" (Walter Donaldson, Gus Kahn)これもビリーやレスターの定番レパートリーになってジャズ・スタンダードになった。ビリーの初録音は41年8月。簡単そうでコード進行が頻繁な難曲。この曲からB6までは54年9月セッションの未発表録音になる。

・B4『トゥー・マーヴェラス・フォー・ワーズ』"Too Marvelous for Words" (Johnny Mercer, Richard Whiting)スタジオ録音としては初録音曲。A2と同じくジョニー・マーサー作曲。

・B5『柳よ泣いておくれ』"Willow Weep for Me" (Ann Ronell)以後晩年まで愛唱曲となる初録音曲。映画『エヴァの匂い』(ジョセフ・ロージー、1962)でジャンヌ・モロー演じる悪女エヴァがレコードに聴き入るシーンでこのアルバムが使われたことでも有名。

・B6『アイ・ソート・アバウト・ユー』"I Thought About You" (Jimmy Van Heusen, Johnny Mercer)三たびジョニー・マーサーの曲で、ビリーは初録音。54年9月の未発表録音は7曲があったが、新録音ベスト・アルバムの趣向にかなうB3に、インパクトの強い新曲B5をアルバム終盤のクライマックスに持ってきて、B2と同じジョニー・マーサー作曲のB3、B6で挟んでアルバム冒頭部とのムードの統一を図り、B6はこれまでスタジオ録音では初のピアノだけが伴奏のバラードで締める、という見事な構成になっている。マイルス・デイヴィスが絶賛し、自分でもライヴ・アルバム『ブラック・ホークのマイルス・デイヴィス』で同曲を取り上げている。このライヴ・アルバムのピアニストはウィントン・ケリーで、マイルスはケリーのソロピアノ・タイムまで設けている。

 ビリー・ホリデイ自伝『レディ・シングス・ザ・ブルース(邦題『奇妙な果実~ビリー・ホリデイ自伝』)はその内容のスキャンダル性から自伝としての正確さ、ゴーストライターのダフィー夫妻による粉飾が疑われた時期もあったが、その後の伝記的研究から許容できる程度の事実誤認があるにすぎない、というのが定説になっている。また、自伝とアルバムの好評から企画されたカーネギー・ホール・コンサートとそのライヴ盤は明らかに蛇足だった。だが何より、『レディ・シングス・ザ・ブルース』という丁寧に造られた、ビリー・ホリデイ入門アルバムとしても、熱心なリスナーが長く聴き続けるにも耐える好ましい佳作が生み出されたことが貴く、自伝やプロモーション戦略が風化しても音楽は残る、としみじみ思わせられる。