人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ピーナッツ畑でつかまえて(78)

 もうきみなんか嫌いだ、とライナスは言いました、飽き飽きしたし嫌気がさした、もうぼくの人生に関わらないでくれ。ただそれだけのことをきっぱり言えるにも人が積まなければならない経験には長い長い時間がかかります。また、それを言うのに十分な長い時間を過ごしていても、まったく時間の流れの影響を受けない状態があるとすれば、そこにはすでに本来の時間という概念が消滅してしまっているとも言えるでしょう。ライナスが生きていたのはそういう世界だったはずでした。
 しかし今ライナスは、はっきりとそれが間違いだと気づきました。ライナスはずっと自分が誰かに夢見られている影のような存在のような気がしていて、毛布を手離せなかったのはそのためでした。自分にも赤ちゃんの時代があり、それはフロイトの言う口唇期の性癖から由来するものと思いたかったのです。その記憶は作られたものでした。ライナスには幼児の時代などなかったのです。ライナスは最初から今あるライナスで、いつまで経ってもかつてと同じライナスのままでした。
 それは最初から他人の人生を生きているようなものでした。変化も成長もない人生を人生と呼べるとしても、ライナスは硬い殻の中で変化し成長しようとする強い力が抑えこまれ、内圧が耐えがたいまでに高まった状態を長い間生きてきました。もうきみなんか嫌いだ、とライナスは自分に言いました、飽き飽きしたし嫌気がさした、もうぼくの人生は好きにさせてくれ、ぼくに関わらないでくれ。
 ライナスはチャーリー・ブラウンを思い出しました。そしてチャーリーの妹サリー、ライナスの姉のルーシーと弟のリラン、パインクレスト小学校の学友たち……シュローダー、ペパーミント・パティ、マーシー、フランクリン、ピッグペン、またフリーダやロイ、ライナスを振り回したリディア、チャーリーが失恋したペギー・ジーン、それを慰めたエミリーを思い出しました。また、ライナスがお伴をしてデイジーヒル仔犬園にもらいに行ったチャーリーの飼い犬と、その犬と仲良しの野鳥(らしきもの)を思い出しました。
 しかしライナスの記憶では、今やチャーリーの飼い犬も、その仲良しの野鳥も何と呼んでいたかは定かではなくなっていました。かろうじてその存在が思い出せる程度で、犬種すら覚えていないほどでした。ひょっとしたらもう長いこと以前に、その犬はライナスの人生から消えていたのかもしれませんでした。