つぎの角を曲がると、まっすぐな二車線の対向車線の側に連なるように灰色の高い建物が建っているのが見えました。刑務所ですか、とキティちゃんが訊くと、運転手は女子校ですよ、と答えました。それなら私は何をさせられるんだろう、とキティちゃんは首をひねりました。徴用されて来はしたものの、どんな任務が与えられるのか、キティちゃんは知らされないままに連れて来られたのです。運転手ならそれを知っているかもしれない、と空港で迎えの車に乗った時には期待しましたが、ここまで来る途中にも空港乗務員、税関、窓口係員とおよそキティちゃんの徴用に伴う移動に関わった相手の誰もが軍事乗務とは知る様子はなく、さすがに最終目的地(と思われる乗り継ぎ地点)まで近づくにつれ、まるで雨ざらしの乗り逃げ放置自転車みたいな気分になるのでした。
旅程の途中からキティちゃんにはもみ上げの長い中年男が随伴することになりました。私は警視庁の銭形と申します、と警部だというその男は帽子を取りもせずに名乗りました。私は護衛なんかいらないわ、とキティちゃんが言うと、護衛ではなく監視です、と銭形警部はむっつりと真面目くさりました。監視!ならばいっそう、なおのこと、従順に徴用に応じている自分が監視の対象にならねばならないのでしょうか?普通に考えれば、逃亡を企てる可能性のある相手でもなければ監視する必要はないはずです。ならばキティちゃんに対する監視はほとんど拘置押送と変わらず、これから待ち受けているのは徴用よりも懲罰、いっそ刑罰というような性質の処遇であると思われてくるのです。
私はどこに連れて行かれるんですか、とキティちゃんはほぼ回答を諦めながら尋ねました。さあ、私はただ、あなたの監視だけが職務ですからな。警部は煙草に火をつけると、意地悪でしらばっくれているのではない、と釈明したいのか、お仲間も現地で合流するようですよ、それかが目的地のようです、と多少は詳しく教えてくれました。現地合流、とキティちゃんはおうむ返しに、それしか教えてもらえないんですか、と詰め寄りました。そんなの道徳的に許されることでしょうか。
道徳はわかりませんな、と銭形警部は先端しか喫っていない煙草を乱暴にもみ消しました、それは私の職務にはない言葉です。あるのは法規だけです、それが唯一この世の中のすべてに公平な基準です。
そして車はどうやら、目的地に着いた様子でした。