人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

新編☆戦場のミッフィーちゃんと仲間たち(39)

 どろぼうは警官を見ると角を曲がって逃げました。曲がり角の先は広大な荒野が開けており、そのあまりにとほうもない眺望のあまり、誰もが引き返してくる時のためのマーキングを素早く残していくのでした。しかし彼女はとっさにマーキングの手段を思いつかず、そのまま荒野に逃げて行っても戻り道に迷うばかりのはずで、引き返せない場所に迷いこんでしまっては魔にさらわれてしまうのと同じことです。すなわちどろぼうである彼女自身がロストになってしまうばかりか、そのロストにはファウンドの可能性もありませんでした。もう戻ってはこないと決まっている行方不明なら、それは死と変わりのない状態です。
 そこではどんな素質も才能も経験も、持ち物も意味をなしませんでしたから、誰もが生まれたままの姿に帰る場所とも言えました。つまりへその緒のつながったまま全身血まみれで、胎盤を引きずった姿でいるようなものです(哺乳類の場合ですが)。
 それで、盗られたものは何ですか?と警官は訊きました。泣きじゃくりながらハローキティは、リボンです、と返答しました。どんな?赤い蝶結びのリボンです、左の耳に結んでいたんです。正面から見て左、それとも右利き左利きのように、ご自分にとっての左ですか?こっちです、とキティちゃんは自分で自分の左耳をつまみました。たったそれだけの動作が、今のハローキティにとっては多大なストレスを引き起こしました。リボンを失ってしまった今、キティちゃんはあるべきキティではなく、双子の妹ミミィと同等か、またはリボンがない分それ以下(ミミィは右耳にリボンをつけていますから)の、単なるこねこにすぎないとすら言えるのです。ハローキティにとって左耳のリボンとはおしゃれ以上に深刻なアイディンティティのかかった装身具でした。また一般論ではありますが、個人的な不幸ほど他人にとってどうでもいいことはありません。
 ハローキティと消えたリボンの謎の噂は、すぐにミッフィーちゃんの店でも話題に上るようになりました。幸か不幸かミッフィーちゃんたちのお店のチラシを見たあの時のキティの店のお客さんたちが、ミッフィーちゃんのディヴィジョンにも出入りするようになったからです。幸はキティ・ディヴィジョンの噂話が筒抜けになってきたこと、不幸は逆にミッフィーのディヴィジョン事情がお客さんを介してキティ側にだだ漏れになっている可能性もある、ということでした。