人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

Alexander Spence - Oar (Columbia, 1969)

イメージ 1

Alexander Spence - Oar (Columbia, 1969) Full Album : https://www.youtube.com/playlist?list=PLV1pns3KqLvNNZDFZ1PW1lqnXUcid4nfY
Recorded at Columbia Studios, Nashville, December 3-12, 1968
Released; Columbia CS9831, May 19, 1969
(Side A)
A1. Little Hands - 3:44
A2. Cripple Creek - 2:16
A3. Diana - 3:32
A4. Margaret - Tiger Rug - 2:17
A5. Weighted Down (The Prison Song) - 6:27
A6. War In Peace - 4:05
(Side B)
B1. Broken Heart - 3:29
B2. All Come To Meet Her - 2:04
B3. Books Of Moses - 2:42
B4. Dixie Peach Promenade (Yin For Yang) - 2:53
B5. Lawrence Of Euphoria - 1:31
B6. Grey / Afro - 9:38
Written, All Instruments and Produced by Alexander "Skip" Spence

イメージ 2

 (Original Columbia "Oar" LP Liner Cover)
 アレクサンダー・"スキップ" スペンス(ギター、ヴォーカル/1946.4~1999.4)はモビー・グレイプのセカンド・アルバム(ロサンゼルス録音・1967年8月~1968年2月)の仕上げとボーナス・ディスク『グレイプ・ジャム』録音(マイク・ブルームフィールド、アル・クーパーらニューヨークのミュージシャンとのセッション/1968年1月~2月録音)のためにニューヨーク滞在中、薬物依存症の禁断症状から幻覚と妄想に襲われて、別室のメンバーの部屋のドアをホテル備えつけの消防用の斧で破壊している最中を取り押さえられ、急遽、郷里ロサンゼルスの治療院に入院することになった。
 スペンスはグレイプの事実上の音楽的リーダーと才能が評価されており、退院後にはソロ・アルバムの計画が立てられたので、入院直前にコロンビアは比較的良好な様態のスペンスの肖像写真をプロモーション用に撮影し、それがそのまま結果的に生涯唯一のソロ・アルバムになった『Oar』1969.5のジャケットに使用された。この1968年初頭の写真(まだ22歳にもなっていなかった)は現在では、スペンスの墓石ともいうべき象徴的意味合いを持っている。精神病院入院中に曲づくりが行われ、一応の退院の後ただちに1968年12月に10日間ですべての楽器をスペンスが多重録音して制作された『Oar』のセッションでは、スペンスは撮影に耐えられる状態ではなくなっていた(裏ジャケットに放心して座ったスペンスの、わざと粗い印刷処理をしたスナップ写真がある)。

イメージ 3

 (Mayo Thompson "Corky's Debt To His Father" LP Front Cover)
 この『Oar』はピンク・フロイドの初代リーダー、シド・バレット(ギター、ヴォーカル/1946~2006)の『The Madcap Laughs』1970.1と英米で双璧をなすものであり、ビートルズ解散後のリーダー2人、『Paul McCartney』1970.5、ジョン・レノンの『John Lennon/Plastic Ono Band』1970.12にも相当する。『Paul McCartney』は画期的な1人多重録音アルバムで、後のトッド・ラングレンの諸作の雛型にもなったが、日本ではポールより早くジャックス脱退後の早川義夫『かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう』1969.11があり、ザ・スパイダーズ解散決定期の『ムッシュかまやつひろしの世界』1970.2がある。
 ジョン・レノンのアルバムはクラウス・ヴアマン(ベース)、リンゴ・スター(ドラムス)の参加したトリオ編成だったが(次作『Imagine』ではジョージ・ハリスンがリード・ギターで加わる)、簡素な臨時編成メンバーのものならレッド・クレイオラが2枚のアルバムを出して一旦解散後にメイヨ・トンプソン(ギター、ヴォーカル/1944~)が発表した初のソロ・アルバム『Corky's Debt To His Father』1970は『Oar』と双子のような音楽性のアルバムになっている。これらのアルバムに共通する要素としてプライヴェート録音ならではの内向性、特に多重録音作品に顕著なリズムの不安定さがあり、これは通常商業音楽では致命的な欠点とされるが、当時は実験的試みとしてあえて敢行された手法だった。80年代以降のリズム・ガイドで同期させた「打ち込み」とは正反対の発想によるものとすら言える。

イメージ 4

 (Syd Barrett "The Madcap Laughs" LP Front Cover)
 その後のスペンスは再結成グレイプの『20 Granite Creek』(Reprise, 1971)と『Live Grape』(Escape, 1978)にはかろうじて参加したが、前者ではオリジナル・メンバー5人が顔を揃えたものの、後者はギタリスト3人以外はゲスト参加のセッション作であり、『Moby Grape '84』と『Legendary Grape』1989はスペンス以外の4人によるアルバムだった。スペンスはモビー・グレイプの結成当時から、ほとんど同時期にデビューしたピンク・フロイドシド・バレット同様、メンバー中唯一の重度の薬物依存症という問題を抱えていたが、バレット同様に飛躍した音楽的発想や奇行からメンバーを圧倒してリーダーシップを握っていた。当時の文化では薬物依存による幻視や幻覚は知覚の拡大として肯定的にとらえられており、依存症が精神疾患症状に進行して、やがて精神疾患自体が慢性化すると医学的に実証されるのは、まさにスペンスやバレットが英米における実例になったのと歩調を合わせていた。
 バレットの病状進行は早く、2枚のソロ・アルバムをなんとか録音し(バンドによるセッションは不可能で、バレットのギター弾き語りにピンク・フロイドのメンバーがオーヴァーダビングして仕上げた)、70年初夏にはすでに初対面の相手にもはっきり深刻な精神疾患とわかる、荒廃した容貌と言動を示していたらしい。70年代半ばにはフロイドの録音スタジオに訪ねてきて、メンバーに演奏の指示を仰ぐという奇行もあった。スペンスは78年の『Live Grape』が最後のパフォーマンスとなった。すでに疾患は薬物依存抜きでも慢性化に進んでおり、スペンスやバレットのような疾患は通常完全な慢性化からの回復は不可能とされる。バレットは初期のピンク・フロイド作品の売り上げからの印税でまだしも生活できたが(それでもバレットを自宅介護していた母の逝去後は日常生活困難になり、糖尿病の悪化で片足を切断し、ますます疾患が悪化した晩年を送った)、スペンスの場合はホームレス生活と緊急入院をくり返す余生が待っていた。

イメージ 5

 (Original Columbia "Oar" LP Side 1 Label)
 それでも1988年に初版以来初めてイギリスのEdselレーベルから『Oar』が復刻されると大きな反響を呼び、ロバート・プラントの発売以来のフェヴァリット・アルバムという賛辞もあり、1991年には本家のコロンビアの後身CBSソニーからメジャー再発され、以降数年おきに増補版やリマスター盤が再発売されるロング・セラーとなる。20年近く廃盤になっていた『Oar』がようやく評価される時代になったのだ。スペンスは1999年4月、53歳の誕生日の2日前に肺癌で逝去し、アルコール依存症にも陥っていたが、『Oar』再評価の気運によって1994年から音楽療法の治療を受ける。1996年にはテレビ・シリーズ『X-ファイル』に新曲を提供し、未使用になったがインディーズ・レーベルのバードマンが同曲や再発CDのオリジナル『Oar』未発表曲を含むトリビュート・アルバムを企画、ロバート・プラントやマッドハニーらも参加した『More Oar: A Tribute to the Skip Spence Album』1999.6が完成したが、発売直前にスペンスは逝去、はしなくも追悼盤となった。

イメージ 6

 ("More Oar: A Tribute to the Skip Spence Album" CD Front Cover)
 再発CDの『Oar』は、1991年版には『Extra Oar』として、
1. This Time He Has Come - 4:42
2. It's the Best Thing for You - 2:48
3. Keep Everything Under Your Hat - 3:06
4. Furry Heroine (Halo of Gold) - 3:35
5. Givin' up Things - 0:59
 さらに1999年版以降は『Extra Oar』に加えて、『Unissued Oar』として、
1. If I'm Good - 0:47
2. You Know - 1:47
3. Doodle - 1:02
4. Fountain - 0:34
5. I Think You and I - 1:14
 が加えられている。『Extra』はまだしも、『Unissued』はほとんど曲になっていない(タイトルも投げやりにすぎる)。ピンク・フロイドの『The Piper at the Gates of Dawn』1967とバレットの『The Madcap Laughs』以上に、『Moby Grape』1967と『Oar』の亀裂は深い。他にもこういうアーティストは山ほどとまではいかずとも存在すると思うが、スペンスやバレットは崩壊の過程を生きた典型的なアーティストだった。彼らに見えていたものが誰にでも見えるものではなくても、仕方のないことかもしれない。

イメージ 7

 (Columbia Promotional Alexander Spence Photo, Early 1968)