人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

Can - Soundtracks (Liberty, 1970)

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Can - Soundtracks (Liberty, 1970) Full Album : https://youtu.be/YnWpR_FEr0E
Recorded at Inner Space Studio, Schloss Norvenich, Germany, Genre, November 1969 to August 1970
Released; Liberty Records LBS 834371
All Spontaneous Compositions by Can.
(Side A)
1. Deadlock : https://youtu.be/VhhEk89XHN0 - 3:27
2. Tango Whiskeyman : https://youtu.be/DbZcAsgSDP8 - 4:01
3. Deadlock (Instrumental) : https://youtu.be/XpbTakMuGjA - 1:40
4. Don't Turn The Light On, Leave Me Alone : https://youtu.be/7nMODpwq2Cs - 3:42
5. Soul Desert: https://youtu.be/pxrSlyzdUNU - 3:48
(Side B)
1. Mother Sky : https://youtu.be/dJmIfi7VEs4 - 14:31
2. She Brings The Rain : https://youtu.be/m6ufsWO476A - 4:04
[Personnel]
Holger Czukay - bass, double bass
Irmin Schmidt - keyboards, synthesizers
Jaki Liebezeit - drums, percussion, flute
Michael Karoli - guitar, violin
Malcolm Mooney - vocals on A5 and B2
Damo Suzuki - vocals on A1, A2, A4 and B1

 今ではこのアルバムは名実ともにカンの第2作とされているけれど、アナログ盤時代には裏ジャケットにこう印刷されていた。
"Can Soundtracks" is the second album of The Can but not album no. two.
"Can Soundtracks" means a selection of title songs and soundtracks from the last five movies for which The Can wrote the music.
 つまりこれは5本の映画に提供した文字通りのサウンドトラック集なので、セカンド・アルバムではあるけれど正式な通算2作目は次回作になる、と念を押している。実際、収録曲が録音された1969年11月~1970年8月の間にリード・ヴォーカルの交替があり、ホームシックで帰国してしまったアメリカ人黒人留学生画家のマルコム・ムーニー(A5,B2)から20歳の日本人ヒッピー・ダモ鈴木(A1,A2,A4,B1)の参加曲が混在している。このアルバム自体は完成度の高い前作と次作より評価が低いのだが、それはあくまで比較の上での話で、初めてカンを聴く人にはメンバー監修で選曲・編集ともに良くできている『Cannibalism』2LP, 1978もいいが、フルアルバムなら1枚でムーニーとダモが聴けるこれがいいのではないか。映画主題歌集という性格から、まとまりの良い、キャッチーな曲ばかりなのもおいしい。
 曲の良さでは他のカンの大傑作に十分拮抗するばかりか、ヴォーカル入りの名曲ぞろいで実験的なインストのインプロヴィゼーション曲は外してある(A3のみインストだが、きっちり作曲された2分弱のテーマ曲)のがカンの他の大作アルバムとは違ってなおさら聴きやすい。村上春樹原作『ノルウェーの森』の映画サントラはレディオヘッドのギタリストが手がけたが、1970年の日本、というイメージからこのアルバムのダモ鈴木ヴォーカル曲をリミックスして映画全編(サントラ盤も)に使っている。全盛期カンのアルバムはパンク~80、90年代にもまったく古くなかったが、今聴いても斬新で新しい。『Soundtracks』が1970年のアルバムということ自体信じがたい気がする。西ドイツのロックは伊仏より確実に早く、しかも英米ロックとは異なる方向性で成果を上げていたが、『Soundtracks』の次作『Tago Mago』2LP, 1971で英米仏でも認知されたカンは活動中はもちろん、現在では60年代末~70年代最大のドイツのロックバンドとされており、ジャンル別に見るならばタンジェリン・ドリームクラフトワークスコーピオンズら国際的な大物バンドもいるが、広範で本質的な革新性と根源性では今なおヴェルヴェット・アンダーグラウンドのように、ザ・ドアーズのように影響力を持ち続けている、と評価されている。

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 (Original Liberty "Soundtracks" LP Liner Cover)
 カンのアルバム・リストは次の通りになる。英語版ウィキペディアの引用しているメディア評価も加えた。
[ CAN Original Album Discography ]
1. Monster Movie (United Artists/Sound Factory, 1969) Allmusic★★★★1/2, Pitchfork Media 8.7/10, Stylus Magazine (A)
2. Soundtracks (Liberty/United Artists, 1970) Allmusic★★★, Pitchfork Media 7.6/10, Stylus Magazine (B)
3. Tago Mago (United Artists, 1971) Metacritic 99/100, Allmusic★★★★★, Pitchfork Media 10/10(40th Anniversary Edition), Stylus Magazine (B), Uncut (favorable)
4. Ege Bamyasi (United Artists, 1972) Allmusic★★★★★, Pitchfork Media 9.8/10, Stylus Magazine (A)
5. Future Days (United Artists, 1973) Allmusic★★★★★, Pitchfork Media 8.8/10
6. Soon Over Babaluma (United Artists, 1974) Allmusic★★★★, Pitchfork Media 8.9/10, Robert Christgau (B-)
7. Limited Edition (United Artists, 1974) *collection of 1968-1974 rarities that was expanded to become Unlimited Edition
8. Landed (Horzu/Virgin, 1975) Allmusic★★, Pitchfork Media 6.1/10
9. Unlimited Edition (Virgin, UK/Harvest, Ger., 1976) *2LP collection of 1968-1975 rarities Allmusic★★★, Pitchfork Media 7.9/10
10. Flow Motion (Harvest/Virgin, 1976) Allmusic★★★
11. Saw Delight (Harvest/Virgin, 1977) Allmusic★★1/2
12. Cannibalism (United Artists, 1978) *compilation from 1969-1974 album material Allmusic★★★★1/2
13. Out of Reach (Harvest, 1978) Allmusic★★, Pitchfork Media 3.7/10
14. Can (Harvest, 1979) Allmusic★★1/2
15. Delay 1968 (Spoon, 1981) *unreleased material from 1968-1969 Allmusic★★★
16. Rite Time (Mute, 1989) Allmusic★★★
17. The Peel Sessions (Strange Fruit, 1995) *collection of 1973-1975 recordings from BBC radio's John Peel Show Allmusic★★★★1/2
18. Can Live (Spoon, 1999) *collection of live recordings 1972-1977 Allmusic★★★★1/2
19. The Lost Tapes (Mute, 2012) *3CD box set compilation of unreleased studio and live recordings from 1968-1977 (No.77 in UK, June 2012) Metacritic 85/100, Allmusic★★★★, Pitchfork Media 7.1/10
 簡単に解説すると、カンは6までのアルバムはバンド専用のスタジオでマスターテープまで自主制作して大手ユナイテッド・アーティスツ(リバティ)からの発売をリースする、という、完全にバンドが自分たちの音楽を管理するバンドだった。創立メンバーのホルガー(ベース)は実験音楽、ヤキ(ドラムス)はフリージャズ、イルミン(キーボード)は現代音楽出身で、バンド結成の1968年には3人とも30歳だった。ホルガーの音楽教室の生徒だった20歳のギター青年ミヒャエルが抜擢され、さらに留学中のアメリカ黒人青年画家マルコムをヴォーカルに迎えてデビュー作にして大傑作『Monster Movie』を制作する。ムーニーはまったく音楽経験のないヴォーカリストだった。このデビュー作のアウトテイクの一部が9の『Unlimited Edition』や19の『Lost Tapes』で聴け、15の『Delay 1968』はまるごとムーニー在籍時のアウトテイク集になっている。だがムーニーはアルバム完成時には帰国を決めており、バンドは路上でパフォーマンスをしていた20歳の日本人ヒッピーをヴォーカリストに勧誘する。ダモ鈴木も音楽経験などまったくなく、ロックバンドだというのでグランド・ファンク・レイルロードみたいなものかと加入したという。
 ダモ鈴木在籍時のカンは傑作を連発し、『Unlimited Edition』や『Lost Tapes』、『Peel Sessions』『Can Live』、『Tago Mago 40th Anniversary Edition』にもアウトテイクやライヴが収められている。イギリスやフランスへのツアーも成功させ、特にイギリスのポスト・パンク第一世代のミュージシャンにはこの時期のカンがもっとも影響力が大きい。だが『Future Days』を最後にダモが結婚・移住の都合で脱退、次作『Soon Over Babaluma』は残った4人で制作したが、これがドイツ時代、そして全盛期の最後のアルバムになった。バンドは拠点をイギリスに移し、ムーニー、ダモ在籍時のアウトテイク集『Unlimited Edition』を除き、ヴァージンからの『Landed』『Flow Motion』『Saw Delight』、ハーヴェストからの『Out to Reach』『Can』は『Flow Motion』から元(後期)トラフィックの黒人メンバー、ロスコー・ジー(ベース)とリーバップ(パーカッション)を迎えてホルガーはサウンド・エフェクトに専念、レゲエを交えたテクノ・エスノ路線に進んだが、強烈な個性のヴォーカルと呪術的でフリーキーなサウンドが持ち味だったムーニー~ダモ期のカンと較べると普通のフュージョン系ロック化したのはリストに記載したメディア評価にも表れている。ラスト・アルバム『Can』は解散が決定したバンドの最後の力作だった。89年の『Rite Time』はソロで活動していたメンバーが一度限りの再結成で制作したエレクトリック・ポップ作だが、なんとヴォーカルはムーニーが復帰し、カンの作ったエレクトリック・ポップ・アルバムとして納得のいく出来になっている。

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 (Original Liberty "Soundtracks" LP Side A Label)
 バンド側は映画主題曲の寄せ集めと謙遜し、評価も平均点より上程度の『Soundtracks』だが、言われなければばらばらのセッションから集めてきたとは思えないくらい曲の流れも良く、めりはりがついている。何より曲が良い。A1『Deadlock』~A2『Tango Whiskyman』~A3『Deadlock (Titelmusik)』は映画『Deadlock』(1970, Roland Klick監督作品)からだが、A1はダモ鈴木のダーティ極まりない歌唱力が際立つ強烈な演歌ロック。ちなみにカンは、歌詞と歌メロはヴォーカリストに任されている。多重録音のギターもこれでもかと泣きまくる。A2のタンゴ・ロックなど前衛とポップスの奇跡的融合だろう。ヤキのドラムスはA1も冴えているが、普通の8ビート・ドラマーにはまず叩けないこの手の曲を軽々とこなす。A3はA1のインストだが、終結部でA2のテーマが出てくる。LP(CDもだが)はA3から曲間なしにA4『Don't Turn the Light on, Leave Me Alone』(映画『Cream』主題歌)が始まる。A4はA3の4度下の関係調なので、曲間を詰めた効果が出ている。ダモ鈴木加入初録音がこの曲だそうで、歌詞といいヴォーカルといいばっちりサウンドに決まっている。よく聴けばこの曲のリズムはサンバで、ギターがオクターヴ奏法でリズム・リフを刻んでいるジャズ・サンバでもあるのだが(ヤキがフルートをダビングしている)、こんなサンバは他に三上寛の『最後の最後の最後のサンバ』しかないだろう。ドラムスが明らかに異常なので友人知人のドラマー数人に聴いてもらったら、普通のドラムセットのドラムスだけでなく、皮をゆるゆるに張ったバスドラムを水平に置いて、2人くらいでマレットを両手に持って叩いているんじゃないか、という意見だった。ダモ鈴木の脱力サンバに続くA5『Soul Desert』は映画『Madchen mit Gewalt』(1970, Roger Fritz監督作品)はマルコム・ムーニー在籍時のヘヴィなワン・コードのファンク・ナンバーで、ダモとの持ち味の違いがよくわかる。A1~4までをダモで進めて、A面ラストは黒い喉で迫るマルコムで締める構成がうまい。
 B1『Mother Sky』は『Soundtracks』最大の聴きもの、カンのアルバムでは恒例のB面(ほとんど)全部を占める大作で、このアルバムの映画で唯一の日本公開作品、イェルジー・スコリモフスキ監督作品『早春』Deep End, 1971より。映画より先にアルバムが出たことになる。オクターヴを上下するベース、ドラムスはハンマービート、キーボードの一本指奏法などカンの得意技満載で、曲はローリング・ストーンズ『黒くぬれ!』タイプだが鋭いギターと陰鬱なダモのヴォーカル、巧みに楽器の位相を変化させた構成で、単純な曲を14分スリリングに聴かせる。カンは同時代のいわゆるプログレッシヴ・ロックのように組曲形式やアドリブ・ソロなど、クラシックやジャズを下地にロックを発展させようという発想ではなく、ロックをより粗削りに、プリミティヴな単位に解体・再構築した。パンク以降むしろ評価が上昇したのはそうしたガレージ・ロック的側面からであり、音楽要素を楽理的な複雑化ではなくサウンドそのものの組み替えから刷新しようとした。そのアプローチがポスト・パンク以降に絶大な影響を与えた所以になる。B2『She Brings the Rain』はB面、そしてアルバムの最終曲で、再びマルコムが日本未公開映画の主題歌を歌う。オクターヴ奏法のギター・リックが入り、ミヒャエルがヴァイオリンをダビングしている。短調のシャッフル系のフェイク・ジャズ・ナンバーで、燃え上がるようなB1の後の幕を引く曲にはちょうどいい。個々の曲といい、全体の構成といい、もし無名バンドの作品だったら幻の名盤としてカルト・アイテム必至のアルバムだろう。初期6作と『Unlimited Edition』『Delay 1968』の8作はすべてこのレヴェルをクリアしている。運悪く『Landed』以降のアルバムから聴いてしまった方も遅くはない。今後もカンの評価は上がりこそすれ、下がることはないだろう。