人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

Can - Ege Bamyasi (United Artists, 1972)

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Can - Ege Bamyasi (United Artists, 1972) Full Album : https://youtu.be/RrV5bwWrAPc
Full Album Track by Tracks : https://www.youtube.com/playlist?list=PLOAPJm_E2dz2BLKuJpCdSAafx8B1KuwAe
Recorded at Inner Space Studio, 1972
Released; United Artists UAS 29-414, November 1972
All songs written and composed by Karoli, Czukay, Liebezeit, Schmidt and Suzuki.
(Side one)
1. Pinch - 9:28
2. Sing Swan Song - 4:49
3. One More Night - 5:35
(Side two)
1. Vitamin C - 3:34
2. Soup - 10:25
3. I'm So Green - 3:03
4. Spoon - 3:03
[ Personnel ]
Holger Czukay - bass, engineering, editing
Michael Karoli - guitar
Jaki Liebezeit - drums
Irmin Schmidt - keyboards
Damo Suzuki - vocals

 カンのバンド存続中に発表された『Monster Movie』1969,『Soundtracks』1970,『Tago Mago』1971,『Ege Bamyasi』1972,『Future Days』1973,『Soon Over Babaluma』1974,『Unlimited Edition』1976(1968年~1974年アウトテイク集)の初期~中期7作、それと余裕があれば『Delay 1968』1981(1968年~1969年アウトテイク集)はレッド・ツェッペリンキング・クリムゾンザ・バンドスティーリー・ダンなど同時代の英米バンドの全アルバムに匹敵するもので、しかも積極的にその音楽が重要な影響力を保ち続けている点ではカンは彼ら英米の巨匠バンドに勝る。偶然だが上記のバンドがいずれもアルバムほぼ7作(ライヴ盤、企画盤、編集盤除く)を全作品としているのは暗示的で、カンが初期~中期7作の後、メンバー・チェンジはなしに別バンドとも言える方向転換があったのは、ダモ鈴木最後の『Future Days』、ダモ脱退後メンバーの補充なしで制作した『Soon Over Babaluma』でオリジナル・コンセプトのカンはバンド自身の意志で変わった、とも言え、ヴァージン・レーベルへの移籍と16トラック・レコーダーによるマルチ録音(それまでのカンの全アルバムは2トラック録音という信じがたい制作がされていた)の導入によって、はっきりと同時代性を意識したエスノ・テクノ・ロックになる(レゲエからの影響から始まり、徐々にアフロビートに変化していった)。

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 (Original United Artists "Ege Bamyasi" LP Liner Cover)
 カンほどのバンドなのだからヴァージン移籍後の『Landed』以降のアルバムも凡百のロック・アルバムとは一線を画しているのだが、アルバムのどの曲をとっても驚かされるようなアイディアが盛り込まれていた2トラック・レコーダー録音時代と較べ、アイディアはアルバム単位のコンセプトにとって変わってしまった。これは偶発性に頼らないバンドの成熟を示すものでもあるのだが、一面普通のロックバンドになってしまったということでもある。初期~中期のマルコム・ムーニー、ダモ鈴木ら非白人ヴォーカリストの八方破れな個性を後期のカンは必要としなくなり、トラフィックかロスコー・ジー、リーバップら黒人ミュージシャンを迎えてもサウンドに非西洋的異化効果を求めてではなく、プロフェッショナルな次元でエスニック・ビートを咀嚼するためだった。解散アルバム『Can』1979は後期カン最後の力作になったが、アルバム1枚で『Ege Bamyasi』の1曲に盛り込まれただけのアイディアしかない、と極論を言ってしまえば済んでしまう。ヴァージン移籍後のカンも十分優れたバンドなのだが、なぜそのような性格の変化が起こったのか。

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 (Original United Artists "Ege Bamyasi" LP Inner Sleeve Front Face)
 現在では、いち早く脱ビート・グループ以降の70年代ロック・スタイルを確立し、なおかつ英米ロックとは異なる音楽性で出身国ならではの音楽性を達成したヨーロッパのバンドとして、カンの位置づけはドイツのロック一般の性格を反映しているようにも思える。イタリアではレ・オルメ、フランスではアンジュ、(当時)西ドイツではカンが同期のバンドでは突出した存在となって後続バンドを牽引した、というのが欧米諸国における70年代ユーロ・ロックの概括的評価らしい。70年代末の時点から2000年代のいわゆるゼロ年代まで評価の変遷があり、フランス=アンジュという評価だけは不動だったが、オルメとは違った意味で、カンはドイツ一国を代表するバンドとは必ずしも捉えられていなかった。早い時期(オルメやアンジュのデビュー前)からすでに国際的な活動を成功させており、全アルバムが英米でもドイツ本国と同時にメジャー・レーベルから漏れなく発売されており、チャート入りはしないが着実なセールス実績があったことを裏づける。

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 (Original United Artists "Ege Bamyasi" LP Inner Sleeve Liner Face)
 また、75年の第7作『Landed』から79年の解散作『Can』までの後期カンは、イギリスのレーベルであるヴァージン~ハーヴェストとの直接の原盤契約を結んでいる。これは実質的に後期カンはドイツのバンドとは言えないということで、出身国ドイツを拠点としていた初期~中期の6作(バンド存続中に発表された2枚組の未発表曲集も加えれば7作)はドイツのバンドのアルバムだが、直接イギリス原盤になった後期5作はドイツ出身のイギリスのバンドのアルバムになった、というややこしい事態がある。アンジュとオルメにはこうしたことは起こらなかったし、アンジュと並ぶフランスの大物・ゴングもヴァージンと契約したが、オーストラリア出身のイギリス人がリーダーでメンバーも英仏混合、ヴォーカルやクレジット表記も英語だったのでヴァージンと契約してもゴングはゴングだった。だが後期カンは国籍をさて置いても、音楽自体がアイディンティティが稀薄で、散漫なものになってしまう。ドイツのバンド自体が、無国籍性ということ自体にドイツらしさがあり、イギリスのバンドとなった時点からカンはドイツのバンド特有の無責任な無国籍性から、同時代のエキゾチシズムとエレクトロニクスを特色としたフュージョン系のプログレッシヴ・ロックの型にはまってしまった感がある。

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  (Original United Artists "Ege Bamyasi" LP Side 1 Label)
 マルコム・ムーニー、そしてダモ鈴木の存在は、かつて日本のリスナーにはうさんくさく色物めいたB級バンドのように思われ、ダモ鈴木の抜けたヴァージン移籍後のアルバムなら抵抗感なく受け入れられた。『Landed』1975,『Flow Motion』1976,『Saw Delight』1977がヴァージン三部作で、ハーヴェストに移籍して『Out of Reach』1978,『Can』1979を発表して解散する。だが現在、圧倒的に再評価の対象になり、カンを世界レヴェルで70年代最重要バンドと認知させているのはマルコム・ムーニー~ダモ鈴木在籍時のカンのアルバムで、ことにダモ鈴木がフルアルバムで参加した『Tago Mago』,『Ege Bamyasi』,『Future Days』の3作になる。『Tago Mago』は実質、2枚のアルバムをカップリングした2枚組LPだったので、評価が突出しているのは質量ともに他の2枚より規模が大きいからというのもあるだろう。欧米の主なメディア評価ではこうなる。
・Tago Mago (United Artists, 1971) Metacritic 99/100, Allmusic★★★★★, Pitchfork Media 9.3/10(Original Edition) 10/10(40th Anniversary Edition), Stylus Magazine (B), Uncut (favorable), No.29 of 1970s Top 100 Albums(Pitchfork Media)
・Ege Bamyasi (United Artists, 1972) Allmusic★★★★★, Pitchfork Media 9.8/10, Stylus Magazine (A), No.19 of 1970s Top 100 Albums(Pitchfork Media)
・Future Days (United Artists, 1973) Allmusic★★★★★, Pitchfork Media 8.8/10, No.57 of 1970s Top 100 Albums(Pitchfork Media)
 3作連続★★★★★などビートルズボブ・ディランストーンズ級の評価だろう。だがアルバム内容は少しずつ違い、『Tago Mago』は実験色やガレージ色の強い初期カンのカラーが混ざっている。『Ege Bamyasi』は『Tago Mago』のまとまりの良い部分を整理して、10分前後の曲のうち『Pinch』はカン得意のガレージ系ファンクだが、『Soup』は複数曲をコラージュしたのがわかる実験的な曲(それでも基本はファンクだが)。他の3分~5分台の曲はキャッチーとすら言えて、『Spoon』はテレビ・ドラマ"Das Messer" (The Knife)の主題歌に使われてトップ10ヒットになり、カンの代表曲にもなった。AB各面に大曲1曲ずつ、小曲数曲という構成は、『Monster Movie』や『Tago Mago』のディスク片面小曲数曲、片面1曲という構成をアルバムのAB面に凝縮させたものと言える。それにしても「Pinch」,「One More Night」,「Vitamin C」,「Soup」,「I'm So Green」,「Spoon」と、サイド1-2「Sing Swan Song」を除く全7曲中6曲がリズム構造としてはソウル/ファンクで、ダモ鈴木のヴォーカルもペンタトニック音階なのには改めて聴くと呆れる。音楽要素としてはほぼ9割方、黒人音楽から借りてきているのに、まったく黒人音楽とは異なる無国籍ロックに変えてしまっているのだ。

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  (Original United Artists "Ege Bamyasi" LP Side 2 Label)
 曲の良さでは『Ege Bamyasi』は『Soundtracks』と並ぶものだろう。実験的な「Soup」は『Tago Mago』の「Peking O」の続編とも言うべきサウンドを楽しむものとして、「Pinch」,「Sing Swan Song」,「One More Night」,「Vitamin C」,「I'm So Green」,「Spoon」など全曲ベスト盤入りしてもいいくらい曲の粒が揃っている。『Soundtracks』は映画主題歌集だったから統一感の面で評価は一段落ちるとされるが(そんなことないと思うが)、『Ege Bamyasi』はカンがコンパクトな曲で構成したアルバムでも傑作を作ってみせた見本になった。そして次作『Future Days』では、このアルバムの「One More Night」や「I'm So Green」,「Spoon」で新しい試みとして現れてきた透明感と浮遊感のあるサウンドアンビエント/テクノ的な傾向に突き抜けて、再び『Monster Movie』の再現とも言えるA面3曲・B面1曲の大作でダモ鈴木在籍最後のアルバムにして『Monster Movie』とは対蹠的な傑作を作り出すことになる。

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 (Original United Artists "Ege Bamyasi" LP Gatefold Poster)