人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

Can Moon in Paris / May 12, 1973 (Franny, 2010)

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Can - Moon in Paris / May 12, 1973 (Franny, 2010) Full Album : https://youtu.be/Da4633uOXxc
Recorded at Olympia, Paris, May 12, 1973
Released; Franny FR-030/031, 2010
All compositions by Can.
(Disc 1)
1. (Whole People) Queueing Down - 36:38
2. One More Night - 9:08
(Disc 2)
1. Spoon - 32:09
2. Vitamin C - 13:44
[ Personnel ]
Holger Czukay - bass
Michael Karoli - guitar
Jaki Liebezeit - drums, percussion
Irmin Schmidt - keyboards, synthesizers
Damo Suzuki - vocals, percussion

 これがラジオ放送用音源ライヴのままで放置されていると思うと泣けてくる。1995年の公式盤『The Peel Sessions』、1999年の2CD『Can Live』、2011年の『Tago Mago 40th Anniversary Edition』のボーナス・ディスク、2012年の3CD『The Lost Tapes』収録の未発表ライヴのどれをとってもこの『Moon in Paris』には質・量ともにまるでおよばないではないか。4回分のラジオ出演からのほんのダイジェスト盤『The Peel Sessions』はBBCからのリリースということでわかっていない編集にまだ諦めもつく。主要部分は完全版で流出もしている。だがバンド自身のスプーン・レーベルから出しておいて、『Tago Mago 40th Anniversary』のボーナス・ディスクは演奏と音質は良いがせっかく1枚まるまるライヴなら48分弱では出し惜しみだし、『The Lost Tapes』もアウトテイクだけでなくライヴを入れるならライヴだけでも聴きごたえのあるものにしてほしかった。最悪は『Can Live』で、マルコム時代のライヴがないのは仕方ないとして、全時代から均等に選曲しようとしたのが裏目に出て、演奏も録音もよくないテイクばかりを集めてしまっている。つまりオフィシャル盤では『40th Anniversary』と『The Lost Tapes』を合わせて何とかカンのライヴを聴いた気になるしかない。
 つまり公式盤『Tago Mago 40th Anniversary』のボーナス・ディスクは72年のライヴで「Mushroom」8:42、「Spoon」(中盤は「Vitamin C」、ラスト10分は「Bring Me Coffee or Tea」になる)29:55、「Halleluhwah」9:12で、トータル47分49秒になる。同じく公式盤『The Lost Tapes』収録のライヴも『Tago Mago』~『Ege Bamyasi』期のもので、72年の「Spoon」16:47、「Mushroom」8:18、73年の「One More Saturday Night」6:34と合計32分もなく、「Spoon」と「Mushroom」は『40th Anniversary』とダブる曲目の上、『40th』より短いヴァージョンがわざわざ収録されているのだ。ちなみに『Can Live』ではダモ参加テイクは72年の2曲で「Colchester Finale(including Halleluhwah)」37:24と「Spoon」14:23になり「Spoon」は『40th』の29:55テイクが断然良く、『Can Live』のテイクは全然良くない。37分24秒の即興曲(だろう)「Colchester Finale」には聴く前から期待がかかるが、散漫な演奏で録音とミックスも良くない。『Can Live』はほとんどオーディエンス(客席)録音かと疑うほどのブート並みの音質で選曲も悪く、カンのライヴの最高レヴェルのものはラジオ放送用音源を入手して聴くしかないのが現状になっている。
 (Original Franny "Moon in Paris" CD Liner Cover)

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 オリンピア・シアターはロンドンにも同名の多目的ホールがあるが、パリの方も幅広い用途に使われており、ロックでいえばストーンズが60~70年代にはツアーのたびにオリンピア・シアターに出演している。『Love You Live』1977の収録も同劇場だったはず。『Paranoid』1970でブレイク直後のブラック・サバスもこの劇場で1時間のテレビ放映用ライヴを残しており、仁王立ちでアクションはヘッドバンギングのみのオジーがかっこいい。一流バンドのパリ公演なら定番なのではないか。カンも1973年にはオリンピア劇場級のバンドだったということで、しかも『Tago Mago』『Ege Bamyasi』発表後の絶頂期のライヴだった。ダモは73年8月25日のエジンバラのエンパイア劇場コンサート(同月『Future Days』発売)を最後に脱退してしまい、これもラジオ放送用音源が残されており(67分)、73年には1月に『The Peel Sessions』未収録のロンドンのパリス劇場コンサートでの即興曲(36分)があるから、ダモ在籍時最後の73年ラジオ放送用音源は3種類が残されていることになる。するとやはり『Future Days』製作中で、バンドもダモ鈴木ももっとも乗っていた73年3月のライヴになり、サポート・アクトとしての出演だった可能性もあるが、シングル「Spoon」ヒット後でもあり演奏時間からもメイン・アクトだったと思われ、何より2CD、1時間29分のフル・コンサートが聴けるのは73年モノのこれだけになる。
 すでにご紹介した70年末のテレビ番組「Rockpalast」の公開ライヴもフル・コンサート1時間24分、映像収録と極上のものだったが、あちらはダモ鈴木加入後半年目でバンドは発展途上にあり、曲数も1時間24分で8曲だった。2枚組LP相当の時間で8曲だから十分長いが、驚異的に長くはない。一方2年数か月を経たオリンピア劇場のコンサートは1時間29分で4曲と、とんでもないことになっている。32分9秒の「Spoon」も72年の『40th Anniversary』収録29分55秒テイクでは実質的には「Spoon」~「Vitamin C」~「Bring Me Coffee or Tea」のメドレーで、実はあれほどはっきりと組曲構成に近い演奏の方がカンには珍しいのだが、オリンピア劇場テイクでは完全に「Spoon」だけを拡張した32分になっている。スタジオ盤の演奏を見事に再現して、かつライヴならではの生々しい迫力を感じさせる「Vitamin C」や、よく浮遊感まで再現したなと舌を巻く「One More Night」もいいが(『The Lost Tapes』収録テイクより数段良い)、このコンサート最高の演奏は冒頭の「(Whole People) Queueing Down」36分38秒だろう。LPなら18分ずつAB面に分けて、LP1枚で1曲相当の長さになる。しかもほとんど37分近くをかけて、メドレーでも組曲構成でもなく、基本的な楽想を逸脱することもなく、ほとんどが即興演奏と思われるのにまったく飽きさせない演奏が展開されている。
 (Anonymous Label "Paris May13, 1973" Front Cover)

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 これは公式発売音源ではないので、サイト上にレビューは載っていないか調べてみた。数件あったが、いちばんまとまりの良いレビューは「doomandgloomfromthetomb」というドゥーム・メタルバンドの公式サイトにメンバーが書いているもので、Krautrockについての連載もあるようだからメンバー自身が音楽マニアのバンドなのだろう。ルックスは昔のモーターヘッドみたいなやさぐれバンドだったが。前置きに、「これは以前に載せた記事だが、再録しておきたくなった」と2012年の日づけで書いてある。この音源が出回ったのは2010年らしいので、『Tago Mago 40th Anniversary』2011年、『The Lost Tapes』2012年と公式レアトラックの発売が連続したのがきっかけの再録だったのだろう。以下、記載はないがおそらく2010年初掲載の記事が再録されている。
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All hail Jaki Liebezeit! No slur on the rest of Can’s amazingly talented lineup, but listening to this fine, fine 1973 recording of the band in Paris, I’m in awe of the drummer’s endurance, imagination and pure awesomeness. He lays down a bed of rhythms that is both rock-solid and light as air. All that his bandmates have to do is ride the wave. And ride it do, especially on the opening 35-minute (!) “Queuing Down,” a jam that splits the difference between “Sister Ray” and the electric explorations of Miles Davis’ Agharta-era band. Or something like that! It might just be indescribable. This recording comes from the Ege Bamayasi tour, which means that it captures Can at pretty much the height of their powers as a live act. Exploratory, expansive and exciting ? CANNNNNnnnnn.
(拙訳)
 ヤキ・リーベツァイトに全員敬礼!もちろんカンのメンバーすべての驚異的才能をみくびりはしないが、この73年パリの格別に素晴らしいコンサートにはドラムスのヤキの持久力、創造力、純粋な集中力に賛嘆し惹かれずにはいられない。そのリズムは岩のように固くもあれば羽毛のように軽いベッドのようだ。メンバーたちがすべきすべてはヤキのリズムに乗ることになる。そしてそれをやってみせ、ことに35分(!)を超えるオープニング曲「誰もが行列に並ぶ」は「Sister Ray」(ヴェルヴェット・アンダーグラウンド)と『Agharta』時代のマイルス・デイヴィスのバンドのエレクトリック・サウンドの両方に足をかけたジャム・セッションでもある。そういうものになっている!そんな音楽をひと言で表す言葉はまだないが、この『Ege Bamyasi』ツアーからのライヴ録音はライヴ・バンドとしてのカンの魅力を完璧にとらえている。実験的で、開放的で、刺激的な……まさしくCANNNNNnnnnnなのだ。
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 なかなか鋭い短評で、「(Whole People) Queueing Down」をヴェルヴェットの「Sister Ray」とマイルスの『Agharta』の混合、というのは大胆に実験的大作を決める時のカン(カンにはコンパクトな曲をキャッチーに決める腕前も優れるから)のサウンドをよく表している。「(Whole People) Queueing Down」はダモ鈴木版「You Doo Right」の感があり、同曲を収録した『Monster Movie』のマルコム時代のカンはまだライヴではその手法を再現できなかっただろう。ダモ時代になっても70年、71年、72年のライヴ音源を聴く限り20分~30分の大曲は実際は数曲分の断片的な即興メドレーだった。それが73年には単一曲から限界までアレンジを絞り出す、これまではアルバムで編集作業でしか作れなかった方法の大作をライヴで演奏できるようになっている。
 カンはエンジニアリングもホルガーが監修していたバンドで、このラジオ放送用音源もアルバムの音響を再現していることから、ミキシングと編集、マスターテープ作成までホルガーが監修した可能性が大きい。ただし瑕瑾が惜しくも2か所あり、「Spoon」の冒頭2分ほどバランスが安定しないのと、「Vitamin C」がおそらくあと2~3分というところで突然切れている。前者は編集でつくろい、後者はフェイド・アウトする手がある。このオリンピア劇場コンサートのラジオ放送用音源は、既発表ライヴ音源だけではわからなかったライヴ・バンドとしてのカンの力量を知らしめ、このままでもカンの一連のスタジオ盤の名作に匹敵する価値がある。これを聴いているかどうかでカンへの評価がまったく変わってしまうくらい、と言っても過言ではないだろう。カンの音楽が構成要素としてはほぼ10割ファンクでありながら、黒人ファンクとは似ても似つかぬサウンドになっているのがスタジオ盤以上によくわかる。この音楽の特異性は驚異的なもので、後期カンが本格的なファンクを目指してバンドの性格を変えてしまうまで、どこまでがバンドの意識的な方法論だったのかも謎めいている。