人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

蜜猟奇譚・夜ノアンパンマン(45)

 そういうわけでしょくぱんまんは傍受していた監視カメラ映像が突然観られなくなってしまったので、ある程度まではパン工場の騒動を知ってしまったにしろだからといってのうのうとエスケイプするわけにもいかず、とにかく知らぬ存ぜぬで帰った方がいいか、とまるでやる気なしに帰り道につきました。雨の降る道だからといって気にせずぶっとばすのがしょくぱんまんさまたるところです。すると道を横切ろうとしていた女の子を轢きそうになり、しょくぱんまんは慌てて車を停めました。もしぶつかって死なせていたら遺体を隠滅しなければならないからですが、幸か不幸か女の子は腰を抜かしただけの様子でした。大丈夫かい、としょくぱんまんはおれに惚れたら危ないぜ的な口調で尋ねました。はい、と女の子はフルーツの香りを漂わせながら返答しました。女の子が手に下げていたバスケットが道のはしに転がって、まわりに散らばっているのはイチゴのようでした。こんな雨の朝にイチゴ狩りをしなくてもいいだろう、と思いながら、しょくぱんまんは女の子に名前を尋ねました。私、いちごミルクちゃんといいます、と女の子は答えました。
 しょくぱんまんは嫌な予感がしましたが、とにかくパン工場でからだを乾かすといいよ、といちごミルクちゃんをうながしました。ちょっと待ってください、すぐですから、と彼女が散らばったイチゴを集めるので、しょくぱんまんも傘をさしかけて協力しないわけにはいきませんでした。いちごミルクちゃんを乗りこませると、しょくぱんまんは昔読んだ『拳銃を持つヴィーナス』という冒険ハードボイルド小説を思い出しました。主人公が「パイロットが乗せない物が二つある。猿とイチゴだ。理由は臭いからだ、まるで」と言いかけて、「娼婦のように、という言葉は彼女の職業を思い出して差し控えた」というくだりでした。
 しょくぱんまん号はパン工場に着き、しょくぱんまんは今日も車庫入れでガレージのあちこちにガンガンぶつけながら、案外この子を連れて来て、当面の問題がうやむやになるかもしれないぞ、と思いました。かれ自身がいちごミルクちゃんが現れたので、パン工場のことから気が逸れていました。
 ちょっと私にやらせてもらえませんか、といちごミルクちゃんしょくぱんまんと席を替わりました。いちごミルクちゃんはたくみな運転で一発できれいに車庫入れを決めました。では行きましょう、と彼女は言いました。