Pink Floyd - A Saucerful Of Secrets (Columbia, 1968)

Recorded at EMI Studios, London, 7-8 August 1967, and 18 January - 3 May 1968, and at De Lane Lea Studios, 9-11 and 19 October 1967
Released by Columbia SCX 6258, 4 August 1967 (UK), 27 July 1968 (US)/ UK#9/FRA#10
(Side one)
1. Let There Be More Light (Roger Waters) vo.Richard Wright, Waters, David Gilmour - 5:38
2. Remember a Day (Wright) vo.Wright - 4:33
3. Set the Controls for the Heart of the Sun (Waters) vo.Waters - 5:28
4. Corporal Clegg (Waters) vo.Gilmour, Nick Mason, Wright - 4:13
(Side two)
1. "A Saucerful of Secrets"
I. "Something Else"
II. "Syncopated Pandemonium"
III. "Storm Signal"
IV. "Celestial Voices"?
(Waters, Wright, Gilmour, Mason) Instrumental, wordless vocals by Gilmour, Wright - 11:57
2. See-Saw (Wright) vo.Wright - 4:36
3. Jugband Blues (Syd Barrett) vo.Barrett - 3:00
[ Personnel ]
(all personnel uncredited)
Roger Waters - bass guitar, percussion, vocals
Richard Wright - piano, organ, mellotron, vibraphone, xylophone, vocals, tin whistle on "Jugband Blues"
David Gilmour - guitar, kazoo, vocals
Nick Mason - drums, percussion, vocals on "Corporal Clegg", kazoo on "Jugband Blues"
Syd Barrett - acoustic and slide guitar on "Remember a Day", guitar on "Set the Controls for the Heart of the Sun", vocals and guitar on "Jugband Blues"
一般的には、ピンク・フロイドは『Atom Heart Mother(原子心母)』1970を出世作に『Meddle(おせっかい)』1971で人気を不動にし、『The Dark Side of the Moon(狂気)』1973で現役最大の大物バンドになった後は『Wish You Were Here(炎)』1975、『Animals(アニマルズ)』1977、『The Wall(ザ・ウォール)』1979と大作コンセプト・アルバムと大がかりな世界ツアーでローリング・ストーンズ、ザ・フー、レッド・ツェッペリンと並ぶ巨大な存在感を示した、とされる。では『原子心母』以前はどうだったかというと、伝説的なバンド創設リーダー、シド・バレット(1946~2006)の在籍していたデビュー作『The Piper at the Gates of Dawn(夜明けの口笛吹き)』1967がイギリスのサイケデリック・ロックの名盤として珍重される一方、第2作『A Saucerful of Secrets(神秘)』1968、第3作(サウンドトラック)『More(モア)』1969、第4作『Ummagumma(ウマグマ)』1969と、『おせっかい』と『狂気』の間に発表された(サウンドトラック)『Obscured by Clouds(雲の影)』1972はあまり注目されることがない。
代表作は確かに画期的な名作ぞろいなのだが、代表作を飽きるほど聴いた後ではむしろ過渡期というべきアルバムにその後に見事な成果を上げることになる実験、ピンク・フロイドの音楽からはその後見られなくなる要素などが混在しており、まさに原石のような面白さがある。実験過程だから当然リスナーが積極的に音楽に入っていかなくてはわからない敷居の高さはあり、メンバーたちも過渡期のアルバムの中途半端さは認めているのだが、『原子心母』『おせっかい』『狂気』『炎』『アニマルズ』『ザ・ウォール』と代表作が進んでいくにつれ失われていったのが過渡期の諸作の実験性で、わかりやすい訴求力に向かう代わりに初期作品のモヤモヤした得体の知れなさは霧消していった。過渡期のアルバムを聴くことはピンク・フロイドが持っていた可能性を代表作以外から探ることでもある。
(Original Columbia "A Saucerful Of Secrets" LP Liner Cover)

ピンク・フロイドはビーチ・ボーイズの例に倣って(リーダーのブライアンはスタジオ作業のみ、ライヴはリーダー抜きで行う)、親しいバンドのギタリストで特にバレットと友人だったデイヴィッド・ギルモアをギターとヴォーカルに迎えた。67年8月セッション当時はギルモアはまだ加入せず、A2,A3,B3がバレットの参加で録音され、68年1月~5月に及ぶセッション(バレット不調からキャンセルしていたライヴ・スケジュールをこなしながらだったため)でバレット抜きでA1,A4,B1,B2が録音された。そしてバレットは68年4月に正式に脱退(事実上解雇だが)する。B2は解雇前にバレット参加説もある。また、A3はバレットとギルモアの両者が参加した唯一の曲だが、オーヴァーダブによるものかともにスタジオ入りした録音か、はっきりしない。このアルバムではA2,B2(ライト作),A3(ウォーターズ作)がデビュー作当時からのレパートリーとされており、バレット作品との近似性を感じさせるライトの2曲はデビュー作のアウトテイクと言っても通るが(デビュー作にはライトはメンバー全員の共作曲しか作品が採られなかった)、ウォーターズの「Set the Controls for the Heart of the Sun(太陽讃歌)」はアルバム・タイトル曲「A Saucerful Of Secrets(神秘)」と並んで『おせっかい』ツアーの1971年いっぱいまで必須のライヴ・レパートリーになり、「神秘」がライヴから外された後でも1977年の『炎』『アニマルズ』ツアーまで68年11月のアルバム未収録シングル「Careful with That Axe, Eugene(ユージン、斧に気をつけろ)」と並んでアンコール曲として演奏されている。「太陽讃歌」と「神秘」がこのアルバムからもっともバレットから離れた、その後のフロイドを予告するものとなった。A1「Let There Be More Light(光を求めて)」も強烈なベースのイントロから始まる佳曲だが、サビで盛り上げる展開がまだデビュー作のサイケ路線から抜けきっていない。
(Original Columbia "A Saucerful Of Secrets" LP Side2 Label)

フランスでのフロイドの影響はキング・クリムゾン、イエス、ジェネシスからの影響と混交してドイツや日本ほど露骨ではないが、イギリスでも即座にホワイト・ノイズの『An Electric Storm』1969という「神秘」の模倣作が発売され話題になったほどで、だいたいデビュー作が全英6位のヒット・アルバムになったとはいえ『神秘』はピンク・フロイドのアルバムとしてはデビュー作からの連続性と発展は認められるにせよ、全英9位のチャート成績が信じがたいくらい当時のポピュラー音楽からは実験的で前衛的な音楽だった。タイトル曲「神秘」はフランク・ザッパ&ザ・マザーズ・オブ・インヴェンジョンが1966年6月発売のデビュー・アルバム『Freak Out!』でロックでは唯一先駆をつけていたノイズ演奏のコラージュ手法による音楽を継ぐものだったが、『Freak Out!』自体は発売と同時に新しい古典と見做されていたものの、ノイズ音楽という手法はザッパという特別な天才の例外的な作例と思われていた。しかもノイズを生のままの風刺的なコラージュとして編集したザッパと異なり、ピンク・フロイドの「神秘」は楽器演奏によるノイズが起承転結のある、楽曲的な構成を備えた音楽に組織されており、ザッパが破壊的なダダイズムとするとフロイドは方法的な発想を持つシュルレアリスムほどの違いがあった。ドイツの数々の実験的バンドは発想としてはダダに近く、マザーズ直系の音楽ならファウストが上げられるが、ザッパ的なダダは再現困難または不可能ながら、フロイド的シュルレアリスムはダダ的にも再現可能な、応用の利くものだった。音楽的にも無調・リズムレスで始まり、次第に打楽器の乱打が規則的ビートに収斂し、オルガンの無限転調でエンディングに向けて高まっていく展開はむしろドイツが本場を自負するクラシック音楽の構成そのものと言ってよかった。
(Japanese Odeon "A Saucerful Of Secrets" LP Front Cover)

1. "Arnold Layne"/"Candy and a Currant Bun" March 11, 1967 (Non-album singles) UK#20
2. "See Emily Play"/ "The Scarecrow" June 16, 1967 (Non-album singles) UK#6
3. "Apples and Oranges"/"Paint Box" November 18, 1967 (Non-album singles)
4. "It Would Be So Nice"/"Julia Dream" April 12, 1968 (Non-album singles)
5. "Point Me at the Sky"/"Careful with That Axe, Eugene" December 17, 1968 (Non-album singles)
3まではシド・バレット在籍中のバレット作の曲(3のB面はライト作)で、シングル中「The Scarecrow」だけがデビュー・アルバムに収録された。サイケ・ポップの名曲がずらりと並んでおり、この10曲は1992年のボックス・セット『Shine On』に『The Early Singles』としてまとめられ、分売されていないが、デビュー・アルバムに匹敵する重要な作品集だろう。3と4の間に(4はバレット脱退発表月に発売されている)、『神秘』セッションで録音されたバレット作"Scream Thy Last Scream"/"Vegetable Man"が発表予定だったが発売中止になっている。すでに録音時バレットには慢性疾患の兆候が見えていたといい、あまりに狂気じみた仕上がりになってしまったためとも言う。
Scream Thy Last Scream - BBC Version 1967 : https://youtu.be/M3IfN3BbJLI
ピンク・フロイドを脱退した(バンド活動は不可能になった)バレットの音楽はこの曲の延長線をたどっていったが、バレットの個性はウォーターズ、ライト、メイソンら他のメンバー総意の方向性とはすでに乖離し始めていたのが「神秘」の構成力からでもわかる。バレット期にも長尺インプロヴィゼーション曲はあったが、方法的にはジャムセッションの域を出なかった。バレットに近い感性を持っていたのは曲の作風からするとリック・ライトで、ライト作A2で聴けるバレットのスライド・ギターはまるでバレット作品のような錯覚さえ起こさせるが、ウォーターズが中心となった「太陽讃歌」「神秘」路線のコズミック・アシッド・ロックにしっかりした音楽的な骨格を与えたのもまたリック・ライトの功績だった。アルバム『神秘』をロック史上のビッグバン、と評した雑誌の特集記事をずっと前、25年以上前に読んで、『原子心母』『おせっかい』『狂気』ではなく『神秘』こそがビッグバンで、それなしに以降の堂々たる名盤はない、と会心できるまで多くのアルバムを聴いた。『神秘』を軸足にしたからこそ見えてくる音楽的相関図が確かにあり、『神秘』自体はもう役割を果たしたとしても聴かれてしかるべき内容がちゃんとある。意外なほど内容は古びていなかったりもするのだ。