人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

真夜中の冷蔵たこ焼き

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 夜食に料理らしい料理も面倒なので冷凍食品のたこ焼きをレンジで解凍して温め、ソースをかけてかつおぶしを散らしていると、そもそもたこ焼きとは食事なのかおやつなのか、という疑問が沸いてくる。中華料理だったらこれは間違いなく点心だろう。食事というよりは間食や副食で、西洋料理ならば前菜つまりアペタイザーとかオードブル、和食で言えばお通し以上のものではあるまい。

 ただし一人暮らしの自炊療養者にとっては冷凍食品のたこ焼き、ピザ、グラタン、焼売、小籠包などはカップ麺と並ぶか、それ以上に切実な非常食と言ってよく、料理などする気力はすっかりないような時にはカップ麺すら食指をそそられないのが普通になっている。その点、たこ焼き、ピザ、グラタン、焼売、小籠包といったものなら食べられるのは、食事ではなくどれも点心やオードブルになるからだろう。

 カロリーではこれらは板チョコ1枚と同程度なのだが、チョコレートが急激に血糖値を上げる代わり血糖値の低下も早いのとは違い、通常食と同様に代謝にはそれなりに時間がかかるので、早い話「腹持ちが良い」間食に入る。坂口安吾の紀行エッセイで北九州を訪ねた折、バケツほどの丼に肉野菜炒め山盛りのチャンポンを学校帰りの女子高生たちが当たり前のように夕食前の間食に平らげていくのを観察して、九州の文化の理解はこの日常的な大食を抜きにしては考えられないのではないか、と書いていたのが印象に残っているが、要するに血糖値を常に低下させないでおく食習慣がついているということになる。

 だいたい人間が判断を誤るのも空腹が原因になっていることが多いので……例えば人を酒色や賭博に駆り立てるのも空腹時に起こりやすい、という。満腹した人間がさらに大量飲酒したり、色事に耽ったり、博打に走るのはよほどのことで、それほど空腹感というのは人間の欲求を左右しもするし、バランスの目安にもなっているということになる。それで言えば、肉まんや焼売をおやつに食べるのはチョコレートやアイスクリーム類をおやつにするより安全性が高いだろう。チョコやアイスが血糖値を急上昇させる快楽は非常に高いが、持続時間もまた短いので再びイライラが戻ってくる。適量を少しずつ摂取すれば問題ないが、それができないから各種の依存症と呼ばれるものが起こる。

 最近献立のことをいろいろ書いているのは、ブログに載せるネタにしようと何とか食生活へのモチベーションを維持しようとしているからで、そうでもしなければまともに食事しようという意欲が低下している。12月というと入院して過ごした年末年始が過去7年で2回あり、1回目は初入院の時で2回目は精神入院では今のところ最後の入院だった。そんなこともあって、最後の入退院から満5年経っていても何だか12月は不安で落ち着かない。

 昨年の12月は小津安二郎(1903~1963)の現存する最初期の作品『若き日』1929から遺作『秋刀魚の味』1962まで観て、ブログに紹介文を書いたが戦前作品までで年末になってしまい、戦後作品について書き続ける気力がなくなってしまった。戦前作品でも最後の『父ありき』1942となると2回に渡って書いてもまだ書き尽くせない。戦後作品となると全作が『戸田家の兄妹』1941や『父ありき』と同等以上の重要作ばかりだから、正月からそんな大変な作業にとりかかる気力はとてもなかった。

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 ところがなぜか年末になると集中して映画を観たくなるもので、中国盤(香港製)の黒澤明(1910~1998)DVDボックスが18枚組で通販価格5,000円程度で売っている。黒澤映画は全作品が現存で全30作だし、残り12作はレンタル落ち専門の通販で探せば1本250円くらいからある。そこでボックス・セットと、ボックス未収録作品のレンタル落ちのバラで全作品を揃えた。予算10,000円未満で黒澤明の全作品30作のDVDが揃うとは思わなかった。

 そこで12月に入ってからは毎日1、2本ずつDVDを作品年代順に観ているのだが、昨日までに『姿三四郎』1943、『一番美しく』1944、『続姿三四郎』1945、『虎の尾を踏む男達』1945、『わが青春に悔なし』1946、『素晴らしき日曜日』1947、『酔いどれ天使』1948、『静かなる決闘』1949(大映)、『野良犬』1949(新東宝)、『醜聞(スキャンダル)』1950(松竹)、『羅生門』1950(大映)、『白痴』1951(松竹)、『生きる』1952、『七人の侍』1954、『生きものの記録』1955、『蜘蛛巣城』1957、『どん底』1957、『隠し砦の三悪人』1958、『悪い奴ほどよく眠る』1960、『用心棒』1960まで観た。黒澤明東宝の監督だから、注記以外は東宝作品になる。もう全30作中20作まで観進んでしまった。

 後は『椿三十郎』1962、『天国と地獄』1963、『赤ひげ』1965、『どですかでん』1970、『デルス・ウザーラ』1975、『影武者』1980、『乱』1985、『夢』1990、『八月の狂詩曲』1991、『まあだだよ』1993と10本観れば黒澤映画全制覇で、もともと30作中半数ほどしか観ていなかったし、最後に観たのも25年以上前だからまともに観るのは今回が初めてのようなものだ。あと10作なら今年中には観終えるだろう。黒澤明の映画は何かと登場人物が怒鳴ったり号泣したりする印象があって、そこに抵抗感があったのだが、青年時代までに観た時より理解が深まった手ごたえがある。全作品観たらまた観直したいな、と思えるものもかなりあるから、当分は楽しめる。それにいわゆる「黒澤本」というのも山ほど、それこそ100冊では済まないほど出ていて、映画評やドキュメントを読むのも面白い。

 それと夜食のたこ焼きとどう関係があるのか、といえば、自宅でDVD視聴とはいえ映画なんか観た後ではまともな食事など摂る気はなくなり、そこで気力はたこ焼き程度を食べるのが精一杯なのだが、それが実に荒んだ気分になるのだ。映画は面白かった、たこ焼きはたこ焼きでおいしい、だが今は12月で、緊急入院した時だってきっとその前日の夜はこんな風にして過ごしていたに違いない。映画とたこ焼きの食べあわせには、なんだかそんな不吉な予感をかき立てるようなところがある。