人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

蜜猟奇譚・夜ノアンパンマン(73)

 第73回。予定通りなら夜ノアンパンマンは今回を入れてあと8回で終わります。このお話しももう終わりに近づいてきました。
 ばいきんまんドキンちゃんもいなければホラーマンもいないばいきん城の作戦会議室、それは居間でもあり食堂でもあり客間でもありトレーニングルームでもありかびるんるんたちの繁殖場でもあった場所ですが、今ではばいきんまんを出迎えてくれるのはあれほどこの部屋には似つかわしくなかった沈黙だけでした。えーいうるさい静かにしろ!とばいきんまんは何度怒鳴ってきたことでしょう。私に向かって何よその態度!?とドキンちゃんが凄み返してくるのもいつものことでした。あーいや、ドキンちゃんは違うのよ、とばいきんまんはそのたび下手に出たものですが、甘やかしてるとつけあがりやがってこのアマ、という憤怒と痒いところに手の届く被虐感で、ばいきんまんにはドキンちゃんほど恰好の小悪魔はいませんでした。過去形です。いませんでした。
 ホラーマンはばいきんまんの手下でアンパンマンの味方という変なやつでしたが、つねに困っている方の味方につくという点ではこれほど信念のぶれない、言行一致の骨格標本はないと言えました。いなくなってみれば、あれほどわずらわしかった同盟関係にも感傷的な美化が伴うものです。お前は来なくていいんだよ!そんなこと言わないでくださいよ~、私にも手伝わせてくださいよ、と、しぶしぶホラーマンを連れて行った作戦で、何度せっかく窮地に陥れたアンパンマン側にどたんばで寝返りされたことでしょう。ほとんど毎回です。あっ私用事思い出した、先に帰るわねー!?ま、待ってよドキンちゃんアンパーンチ!バイバイキーン、とお空の星になるのがいつものばいきんまんでした。バイバイキーン、とばいきんまんはつぶやいてみました。ひとりきりの部屋でばいきんまんがふと洩らしたひとり言といえば、他にはなかったからです。
 だがそれではまるでおれさまもこの世からバイバイしてしまうみたいではないか。そんなわけはない。おれさまの生まれは人よりも古い。当然パンよりも古い。人は妖精を空想したが、その妖精よりも古く、神や悪魔よりも古いのだ。世界が存在する限りおれさまは存在し、おれさまが存在する限り世界は続く。それがおれさまをアンパンマンたちよりも優位に立たせる唯一絶対の根拠なのだ。
 しかしおれさまだけが世界に取り残されたら、どうだろう?