人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

蜜猟奇譚・夜ノアンパンマン(75)

 助けを求めに川を下ったバタコさんのカヌーは滝壺に沈みました。その頃……
 密林をさ迷っているうちジャムおじさんの意識は次第に朦朧としていきました。トード村長に外国人がいました、と報告が来たのは、ちょうど村長が本棚の前で腕組みをしていた時でした。ジャムおじさんを見つけたのはキノコ狩り人夫で、この密林はプロの人夫でさえ命がけの危険地帯なのです。
 熱病から回復したジャムおじさんは村長に丁寧な礼をし、密林に迷い込んだいきさつを説明しました。そうですか、と村長は親切に、ではしばらく村でお休みされたらいかがでしょう、と申し出てくれました。
 村長は村で唯一の外国人との混血で、この村が外国の植民地だった頃生まれた、いわゆる世襲村長でした。ジャムおじさんは図書室に案内されました。あなたは本は読めますかな?と村長。ジャムおじさんがうなずくと村長は大喜びし、実は自分は文盲で村に唯一いた識字民は数年前に死んでしまいまして。はあ、とジャムおじさん。私は山本周五郎が好きでしてな、と村長、あなたがご滞在の間、良ければ本をご朗読願えませんでしょうか。
 それから毎日ジャムおじさんが「ながい坂」「さぶ」「季節のない街」と読んでいく日が続きました。これは宿泊費みたいなものだしな、とジャムおじさんは「青べか物語」の朗読を聞きながらはらはらと涙を流すトード村長を見ながら思いました。
 とっておきの名酒があります、と村長がご馳走を振る舞ってくれました。爆弾みたいな名酒とはこのことで、ジャムおじさんは泥酔して医療所へ運ばれました。それから村長は面会人を庁舎へ通しました。
 この人が来ませんでしたか、とジャムおじさんの写真を出されて、こちらです、と村長は村の墓地にアンパンマンしょくぱんまんカレーパンマンを案内しました。アンパンマンたちは1輪ずつ花を捧げて、ジャムおじさんの調理帽を遺品に持って帰って行きました。
 翌日、ジャムおじさんは二日酔いのまま起き出しました。見舞いに来た村長が、あなたのお知りあいが3人見えましたよ、今回は残念でしたがまたお見えになるでしょう、と言いました。今日はゆっくりお休みください、よければ次は「五瓣の椿」「天地静大」を、そして「樅ノ木は残った」と「赤ひげ診療譚」は最後のお楽しみにしたいものですね。なに、まだ時間はたっぷりあります。この村にはメリークリスマスもお正月の祝いもありませんのでね。