人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

新・NAGISAの国のアリス(8)

 ひどいな君は、とウサギはずぶ濡れの体をブルッと震わせながらボヤきました、いったい他人の命を何だと思っているんだい?
 アリスは何言ってやがるんだこのウサギ、と思いましたが、こうして川を渡りきってみれば川のこちら側には一度も来たことがないのに気づきました。今来た通りにまっすぐ戻れば姉妹たちとピクニックしていた場所に戻れるはずですが、見渡してみても川の向こうは遠すぎてよくわかりません。なのになぜアリスには川のこちらで3人の老婆がひそひそ話しているのが見えたのでしょう?
 それはロリーナやエディスが老婆たちに気づかなかったのと同じ理由かもしれません。見えたと思ったのは具体的な知覚に置き換えて錯覚していただけで、こんなに広い川幅をまたいでアリスに見えるはずはなかったのです。つまり君は呼ばれた、ってわけさ、とドジソン先生は言いました。そしたら君には道案内が必要になる。さもないと元いた場所に帰るにも帰れなくなるんだから。
 たあ!とアリスはずぶ濡れのウサギを蹴とばしました。イテッ!とウサギは悲鳴を上げ、暴力反対、相談になら乗るよ、と低姿勢になりました。ほお、とアリス、あんたに相談して私に何の得があると言うのかしら?たかがウサギ風情が知った口利くんじゃないわよ。
 イナバです、とウサギは言いました、いやあ私だってこの状況じゃお役にたてると思いますよ。たとえばこの腕時計、今何時か訊いてもらえればすぐわかる。
 そうね、とアリス、あんたを連れて歩けばいざという時に食糧に不足はないしね。
 真面目な顔して冗談は止めてくださいよ、とイナバさん、素直に道案内してくれって頼んだらどうです?アリスは無言でイナバさんの両脚をむんずとつかんで逆さ吊りにすると、別に私は今すぐ同じやり方で帰ってもいいんだから、と川に向かって戻りかけました。ギャー!とイナバさん、それは止めてください、今度こそワニに喰われてしまう。
 ワニに喰われるのと私の奴隷になるのでは、とアリス、ワニに喰われた方がマシだと思わない?どうよ?
 アリスのあまりにビッチな脅しにイナバさんはショックを受けました。陰毛も生える前の美少女にこんなことを言われて、ウサギならずともちびらない動物のオスはいません。
 はい、道案内します、とほとんど魅入られたようにイナバさんが歩き始めると、すかさず尻に蹴りが飛びました。行く先も訊かずに何よ!とアリスは怒鳴りました。