人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

モップス Mops - 雷舞(らいぶ) Live (Liberty, 1971)

イメージ 1

ップス Mops - 雷舞(らいぶ) Live (Liberty, 1971) Full Album : https://youtu.be/gjordyqM2rA
Recorded live on July 11, 1971 at Nakanoshima Kokaido, Osaka.
Released by 東芝音楽工業 Liberty ?LTP-9043, Oct 5, 1971
(Side A)
A1. 抱きしめたい I Want To Hold Your Hand (Lennon, McCartney) - 7:50
A2. 愛しておくれ Gimme Some Lovin' (S.Winwood) - 5:40
A3. 愛をあげよう To Love Somebody (B.Gibb, R.Gibb, M.Gibb) - 7:25
(Side B)
B1. ニューヨーク1963?1968 New-York 1963 - America 1968 (E.Burdon, Z.Money) - 7:10
B2. 月光仮面 Gekko-Kamen (川内康範, 星勝) - 6:21
B3. 年老いた娼婦の唄う詩 Nobody Cares (鈴木博三, 星勝) - 7:04
[ Credit ]
Vocals, Performer, Arranged By モップス
鈴木博三 - ヴォーカル, MC, パーカッション
星勝 - ギター, ヴォーカル
三幸太郎 - ベース
スズキミキハル - ドラムス

 この『雷舞(らいぶ)』はモップスにとっては最後の英米ロック・カヴァーと英語詞ロックのアルバムに当たり、

1. サイケデリックサウンド・イン・ジャパン(1968年4月発売)日本ビクター/Victor
2. ロックンロール・ジャム'70(ライヴ/1970年4月5日発売・A面のみ)東芝音楽工業/Express
3. ロックン・ロール'70(1970年6月5日発売)東芝音楽工業/Liberty
4. 御意見無用(いいじゃないか)(1971年5月5日発売)東芝音楽工業/Liberty
5. 雷舞(ライヴ/1971年10月5日発売)東芝音楽工業/Liberty

 と来て、次のアルバムからモップスは日本語ロックのバンドになり、

6. 雨/モップス'72(1972年5月5日発売)東芝音楽工業/Liberty
7. モップスと16人の仲間(1972年7月5日発売)東芝音楽工業/Liberty
8. モップス1969~1973(シングル集/1973年6月5日発売)東芝音楽工業/Liberty
9. ラブ・ジェネレーション/モップス・ゴールデン・ディスク(ベスト・アルバム/1973年10月25日発売)東芝音楽工業/Liberty
10. EXIT(解散コンサート・ライヴ/1974年7月5日発売)東芝音楽工業/Liberty

 と解散に至るので、アルバム枚数の上でもモップスのキャリアではちょうど折り返し点に当たることになる。内容は当時の観客には説明不要のカヴァーとオリジナルで、英米ロックのカヴァーの出典はそれぞれ、

・I Want To Hold Your Hand (The Beatles~The Moving Sideways)
・Gimme Some Lovin' (The Spencer Davis Group)
・To Love Somebody (The Bee-Gees~Eric Burdon & the Animals)
・New York 1963 - America 1968 (Eric Burdon & the Animals)

 と、鈴木博三の得意とする後期アニマルズ・ナンバー("To Love Somebody"はアルバム"Love Is"1968.12、"New York~"はアルバム"Every One of Us"1968.8より)、スティーヴ・ウィンウッドの曲は星勝の持ち曲だった。ビートルズの「抱きしめたい」をムーヴィング・サイドウェイズ(ビリー・ギボンズ在籍、つまりZ.Z.トップの前身ばんど)のヘヴィ・サイケ・ヴァージョン経由で演奏しているのが興味深い。「月光仮面」と「年老いた~」は前作『御意見無用(いいじゃないか)』収録曲になる。ともに星勝のリード・ヴォーカル曲で、「年老いた~」はシリアスに締めるが「月光仮面」は鈴木博三とのMC合戦で観客の笑いを取るための曲で、本来ブルース・ロックを当時のリスナーにわかりやすく提示する、という目的を超えてモップスをコミカルなハード・ロック・バンドのイメージに印象づけてしまったヒット曲だった。
*
 1971年のモップスは英語ロックにの方向転換があったのだが、ポスト・GSをはっきり打ち出した一連のアングラ・フォークやニュー・ロックのアルバムをモップス作品を含めてリストにすると、

・ザ・モップスサイケデリックサウンド・イン・ジャパン』1968.4
ザ・フォーク・クルセダーズ『紀元貮阡年』1968.7
・ジャックス『ジャックスの世界』1968.9
・ザ・バーンズ『R&Bイン・トーキョー』1969.2
・パワーハウス『ブルースの新星』1969.4
・ザ・ヘルプフル・ソウル『ソウルの追求』1969.4
岡林信康『私を断罪せよ』1969.8
エイプリル・フールエイプリル・フール』1969.10
ブルース・クリエイションブルース・クリエイション』1969.10
・ジャックス『ジャックスの奇蹟』1969.10
かまやつひろしムッシュー/かまやつひろしの世界』1970.2
岡林信康『見る前に跳べ』1970.6
モップス『ロックン・ロール'70』1970.6
はっぴいえんどはっぴいえんど(ゆでめん)』1970.8
・サムライ『河童』1971.3
フラワー・トラベリン・バンド『SATORI」1971.4
モップス『御意見無用』1971.5
ストロベリー・パス『大烏が地球にやってきた日』1971.6
・スピード・グルー&シンキ『前夜』1971.6
・トゥー・マッチ『Too Much』1971.7
ブルース・クリエイション『悪魔と11人の子供たち』1971.8
・サムライ『侍』1971.8
ザ・ハプニングス・フォー『引潮・満潮』1971.8
PYGPYG』1971.8
はっぴいえんど『風街ろまん』1971.11
PYG『Free with PYG』1971.11
フラワー・トラベリン・バンド『Made in Japan』1972.2
フライド・エッグ『ドクター・シーゲルのフライド・エッグ・マシーン』1972.3
・『雨/モップス'72』1972.5
頭脳警察頭脳警察2』1972.6
・『モップスと16人の仲間』1972年7
頭脳警察頭脳警察3』1972.10

 と続く流れに、GS出身バンドとしては唯一順応できた存在として稀有な活動経歴をたどった。デビュー作はフォークルの『紀元貮阡年』に先立つし、東芝移籍後のアルバムはちゃっかりニュー・ロックの流れに乗っている。モップスは事務所(ホリ・プロダクション)とレコード会社(日本ビクター)の販売戦略の齟齬からデビュー・アルバム以後はシングル・カットを1枚、新曲シングル1枚をリリースしたのみで1969年にはアルバム発売がなく、当時のGSの趨勢からすれば命脈尽きたと思われた。ほとんどのGSが1969年~1970年には解散している。モップスもベーシストがバンドの将来に見切りをつけて脱退してしまった。2ギターのバンドだったのでメンバー増員はせずサイド・ギターの三幸太郎がベースにまわった。
 モップスはもともと星勝を中心に活動していた高校生のエレキバンドに、ドラムスのスズキミキハルの兄鈴木博三がヴォーカルで参加した自然発生的バンドだった。芸能プロダクションの企画でサイケデリック・ロック・バンドとして売り出されたが、鈴木博三の傾倒するエリック・バードン&ジ・アニマルズ、星勝の傾倒するスティーヴ・ウィンウッドトラフィックで当時サイケデリック・ロックにシフトしており、バンドの指向性と堀プロの企画がたまたま上手く噛み合った幸運な例だった。GSの常套通りデビュー・シングルは外部ライターのヒット性のある作品が企画されたが、ロック世代の新進気鋭の村井邦彦の曲に、広告代理店から作詞家に転じたばかりの阿久悠の詞・曲は当時画期的に歌謡曲とは異なる感覚があった。

 デビュー当時すでに歌謡曲的な主流GSとは一線を画していたモップスが、70年以降にまずニュー・ロックに、次いで日本語詞に転換した72年以降は広い意味でのロックに順応できたのは、鈴木博三の親しみやすいタレント性とバンドの成り立ちに由来する自然な結束力が大きいが、一番解散の可能性が高かった1969年に事務所とレコード会社の衝突からアルバム制作がなく、移籍先の東芝ではGS時代からのブランクが再デビューには怪我の功名になった。もっとも東芝のみならずワーナーなど他社からの有力ニュー・ロック勢も、モップス同様結局ほんの1、2年で英語詞ロックは売れない、と72年には日本語詞が標準になっていく。
 このライヴ盤はモップスの英語詞時代の最後のアルバムだが、テンプターズと同郷の埼玉出身のモップスがなぜ大阪中ノ島公会堂でライヴ収録をと思うが、数か所録ってこの会場がベスト・テイクだったのかもしれない。ライヴの雰囲気はすごく良い。カヴァー曲はテンポを落としてヘヴィに長く演奏している(平均7分台)のでGS、パンク的にはかったるくてダレるが、ヘヴィ・ロックとして聴けばこの冗漫さにも意味がある。ヴォーカリストとドラマーが兄弟で、遠慮がないドラムスが気持良いのもライヴでいっそう際立つモップスの良さだろう。ただ、モップス以外で星勝が手がけていくプロダクション・ワークと較べると、モップスサウンドには肌理の粗さ、ピントの甘さが感じられる。その原因は、後期モップスのアルバムをご紹介する際に考えてみたい。