いちどにすっきりトイレが済まずに何度も何度も通うことをお釣りと言いますが、とウサギは用心深くアリスの持っている柳の鞭との距離を測りながら、こうして同じ目的地に向かうわれわれは、お釣りどころかもはや友だちと言っても過言なのではないでしょうか。
私は他人とは主従関係以外の関係は認めないの、とアリスは冷たく拒絶しました。いくら私だってそんなに冷たくないわ、とアリス。そうかしら、とロリーナ、そんなに、というくらいなら自分に水くさい面があるのに気づいて認めるのにやぶさかではないってことね。エディスは姉たちのどちらに着くともつかず、ドジソン先生を従順な子犬のような目で見つめました。いとけない姉妹たちが媚を売りあっているのは悪い気持のすることではありません。
しかしウサギ(イナバです、とウサギ)にとってはアリスはいつ暴君になるとも限らない危険な連れでしたから、アリスとの交渉は腫れ物に触るようなおっかなびっくりでした。3人のお婆さんですか、とウサギ。その婆さんたちが木の下でひそひそ話をしているのが、川の向こう岸から視えたんですね?
アリスはムッとしました。見えたを視えた、体を身体ならまだしも躰、躯(この場合作りの区はメではなく品と書きます)などと中二病的な文字フェチぶり、日常言語でもないのに歴史的仮名遣いをひけらかす恥知らずがアリスは大嫌いなのです。もっともアリスにとっては大嫌いではないものを探す方が難しく、世界は大嫌いなものとせいぜい我慢できるものでできている、というのがアリスから見た世界でした。案外こういう子の方が成長すると俗な普通のおばちゃんになるので、誰しも程度の差はあれ反抗期はくぐってくるものです。
見えたわ、とアリスは言いました、顔まではわからなかったけど、服装や姿勢がお婆さんだったもの。頭を寄せあっている様子だから、お年寄りで耳が遠かったんでしょう。
それがお婆さんたちだという根拠になるわけですね、とウサギ。しかし一緒にいたあなたのご姉妹は気がつかないようだったというんじゃないですか。それは……とアリスは口ごもりました。それに、とウサギ、渡って来た時お気づきでしょうが、この川幅は相当なもんですよ。あなたは本当は自分でも、何か錯覚か幻覚でも見たとは思いませんか?
アリスはグッと詰まりましたが、ここでごり押ししなくては女がすたります。それが何だって言うのよ!
第1章完。