Sun Ra and his Astro Infinity Arkestra - Sound Sun Pleasure!! (Saturn, 1970) Full Album : http://www.youtube.com/playlist?list=PLm4w7C3_vBpjyo9ojN6yhAHtJ69vHUbng
Recorded at El Saturn Studio, Chicago, March 6, 1959
Released by El Saturn Records, SR 512, 1970
(Side A)
A1. 'Round Midnight (Hanighen, Monk, Williams) - 3:55
A2. You Never Told Me That You Care (Hobart Dotson, Sun Ra) - 5:37
A3. Hour of Parting (Schiffer, Spoliansky) - 4:53
(Side B)
B1. Back in Your Own Backyard (Jolson, Rose, Dreyer) - 2:07
B2. Enlightenment (taken from Jazz in Silhouette) (Dotson, Ra) - 5:09
B3. I Could Have Danced All Night (Lerner, Loewe) - 3:11
(LP total time; 24:52)
[ Sun Ra and his Astro Infinity Arkestra ]
Sun Ra - piano, celeste(B1), gong
Hobart Dotson - trumpet, trumpet-mouthpiece(B2)
Bo Bailey - Trombone(B2)
Marshall Allen - alto sax, flute, alto sax-mouthpiece(B2)
James Spaulding - alto sax, flute, percussion
John Gilmore - tenor sax, clarinet, percussion, vo(B2)
Pat Patrick - baritone sax, flute, Percussion
Charles Davis - baritone sax, percussion
Ronnie Boykins - bass
Robert Barry - drums(except B2)
William Cochran - drums(B2)
Hattie Randolph - vocals(A1, B1)
毎度サン・ラ(1914-1993)のアルバムのジャケットのセンスには困ったものがある。他のレーベルから出されたアルバムはともかく、エル・サターン社はサン・ラの事務所が経営しているインディーズだから、サン・ラ直々にイラストを手がけていることも多く、サン・ラ直筆でなくてもサン・ラ本人が選曲、編集、タイトル、ジャケットのすべてを監修している。アーティストの意向に決定権が移ったのは100万枚単位でアルバム・セールスを上げるロック・ミュージシャンが出てきた1970年代以降のことで、ジャズの世界ではチャールズ・ミンガスやジョン・コルトレーン、セシル・テイラーらが1950年代後半~1960年代初頭にアーティストによるアルバムの完全な監修権をレコード会社に認めさせるのは大変なことだった。セロニアス・モンク、マイルス・デイヴィス、ビル・エヴァンスら評価もセールスも高いジャズマンすら、一部の作品を除いては選曲、編集、タイトル、ジャケットはレコード会社に勝手にされていた。アーティスト主導のアルバム制作を確立したのはミンガス、次いでコルトレーンの功績が大きい。サン・ラが熱心な崇拝者を集めたのもライヴからレコード発売まで完全に自主運営していた、ほとんど唯一のバンドリーダーだったからで、その点では同世代のロサンゼルスの白人モダン・ビッグバンド・リーダー、スタン・ケントン(1911-1979)ですら、サン・ラほどの完全主義は貫けなかった。
スタン・ケントンの音楽は、ケントンの存在感とともにケントン歿後は忘れられていく一方だが、サン・ラはマイルス・デイヴィス同様、歿後20年以上経っていまだに再発見され続けている。だがマイルスと異なるのは、サン・ラの音楽は基本的な解明すらされていないのに、なぜか存在感だけは薄れないでいて、謎だらけのまま聴き継がれていることだろう。何だかわからないけど凄いらしい怪人みたいな人がいた、というようなイメージでいかにもいかがわしいジャケットのアルバムを手にとるのだが、聴いてみてもいったい何をやっていた人なのか全体像が見えてこない。アルバムの数が多すぎるというのはある。だが聴いたアルバムについて普通は好き嫌いや良し悪しの判断はつくはずなのだが、サン・ラの場合は埋蔵量が多すぎるほどあるアーティストだという事実に威嚇されて判断不能、せいぜい保留におさまってしまう。一見汚いジャケット・デザインですら汚く見えるのは先入観で、渋くてかっこいい、と感じるべきなのではないか。とすれば、なおさら自分の聴いたアルバムだけでは判断できないアーティストなのではないか。だが150枚あまりの公式アルバムを残したアーティストを、どのくらい聴けばわかったと言えるのだろうか。しかも作風はR&B歌手やロック・バンドとの共演盤まであれば、わかりやすいビッグバンド・ジャズやハード・バップから極端に実験的なアヴァンギャルド・ジャズまである。
(Original El Saturn "Sound Sun Pleasure!!" LP Liner Cover)
実はサン・ラのアルバムを初めて買ったのがこの『Sound Sun Pleasure!!』で、『Atlantis』1969と2枚まとめて買った。ヒマな日に中古盤店に入って、サン・ラはESPレーベルの『The Heliocentric Worlds of Sun Ra, Volume One』1965か『Nothing Is』1966が代表作に上がることが多いが、なかなか見つからない。そしたら『Sound Sun Pleasure!!』と『Atlantis』がどちらも1000円均一棚にあったので、どうせ何も知らないのだから2枚とも聴いてみよう、と思って両方買ってきたのだった。どちらも初CD化になるEvidence盤で、前者は1991年版、後者は1993年版になる。出たばかりなのに中古盤は安値だった。CDのインサートを読むと、『Atlantis』はA面(CD前半)テナーのワンホーン・カルテット、B面(CD後半)片面全1曲でビッグバンドという構成なので、とっつきやすそうな『Atlantis』から聴いて唖然とした。いったい何だこれは。しかもアルバムのエンディングはコバイア語のコーラス(ずばりフランスの宇宙人バンド、マグマ)みたいになるのだ。続いて『Sound Sun Pleasure!!』に一縷の望みをかけ、聴きながらつくづく後悔した。こんなの買うんじゃなかったあ、まず二度と聴くことなんてないぞ、サン・ラのアルバムなんかもう買わないだろうが、と思ったものだった。これのどこが良いのか、まったく理解できない。
ところが1956年録音(名盤『Jazz in Silhouette』と同日録音)の、本編たったの25分しかない(なのでCDではアーケストラ初期音源・未発表新録音集『Deep Purple』1973から初期音源分7曲とカップリングしてある)の本作と『Atlantis』をガマンして聴いているうちに、ヘタクソなビッグバンド・ジャズ(しかも女性ヴォーカル曲2曲、サン・ラのオリジナル曲は2曲のみ)にしか聞こえない『Sound Sun Pleasure!!』と、ピッチの狂っているとしか思えない鉄琴のようなエレクトリック・ピアノとルーズなベース、ドラムスによれよれのテナーサックスのA面・ビッグバンドがじわじわ音量を上げながらノイズの嵐を吹き荒らすB面というださいフリージャズの見本のような『Atlantis』に音楽的な一貫性が見えてきた。サン・ラにはどうも一般的な西洋音階以外の音程が聞こえていて、同時にそれに基づいた和声も鳴っている。ヘタクソだったりダサく聞こえるのはサン・ラの音楽がミストーンだらけに聞こえるからだが、これは狙ってやっているのでもなければミストーンと聴くのも聴き手の音感が悪ずれしているのであって、サン・ラ・アーケストラにとってはこの異様なピッチが生理的に自然な音程であり、和声になっている。本当にそうか、とあまり中古でも見かけないサン・ラのアルバムを気が向いた時に1枚、また1枚と買ってみると、スタイルはビッグバンドからフリージャズ、ジャズ・ファンクまでさまざまだが、感覚的には見事にサン・ラならではの音響が鳴っている。ピッチとは基本的な音程そのものの振動数だから、当然演奏のタイム感にも表れる。その逆で、タイム感の違いがピッチに反映しているのかもしれない。専門家ではない聴き手としては、そのくらいまでしか推測できないが。
(Original El Saturn "Sound Sun Pleasure!!" LP Inner Sleeve)
前述したように本作は『Jazz in Silhouette』と同日録音で、「Enlightenment」は同テイクだから『Jazz in Silhouette』のアウトテイク5曲にコンセプトの近い「Enlightenment」を再収録した一種のリサイクル・ミニアルバムとも言える。だが本作を聴く限り、サン・ラとトランペット奏者のドッドソンの共作2曲(A2は実際はドッドソン単独曲らしいが)を含めて、『Jazz in Silhouette』とはコンセプトの異なる、スタンダード中心のオーソドックスなビッグバンド・アルバムを制作する意図があったと思われる。そうでなければモンクの「'Round Midnight」と、1928年の古いスタンダード(ルース・エッティングでオリジナル・ヒット、ビリー・ホリデイのレパートリーでもある)の「Back in Your Own Backyard」を各面冒頭に置き、各面2曲目はオリジナル、各面ラストはインストルメンタル・スタンダードという均等な構成にはならなかっただろう。なにしろミュージカル『My Fair Lady』1956からのヒット曲B3(「一晩中踊れたら」)まで演っているのだ。フルアルバムには各面せめてあと1曲ずつは欲しいところだが、「Enlightenment」を流用しているくらいだから1959年3月6日セッションは『Jazz in Silhouette』収録曲の完成が第一で、時間的にも3時間(スタジオ録音の基本単位)で13曲完成テイク録音するのが精一杯だったのかもしれない。そのうち8曲が『Jazz in Silhouette』で2か月後に発売され、残り5曲は「Enlightenment」を再収録して11年後に発表された。
時間切れで終わったのは、この1959年3月6日セッションはいつものようにアーケストラ所有の練習場エル・サターン・スタジオではあるけれど、自前録音でもなく、客入れ前のジャズクラブで従業員に録音してもらったのでもなく、ちゃんと録音用の機材をレンタルして録音エンジニアに依頼しているからだ。それが明らかになったのは2000年代の調査によるもので、従来『Jazz in Silhouette』『Sound Sun Pleasure!!』セッションは録音年月日の記載がなかったので、『Silhouette』発売の1959年5月が新聞記事で確認されているから、1958年某日(1958年後期)と推定されていた。ところが録音費用の支払い記録が発見されたのでサン・ラの初期アルバムには珍しく誕生日がちゃんと判明したアルバムになった。1950年代録音のほとんどのアーケストラのアルバムがいわば練習のついでに録音しておいた音源が素材になっているのに、録音即発売の意志があった『Jazz in Silhouette』は気合いの入ったアルバムだったのが改めてわかる。その二卵性双生児の『Sound Sun Pleasure!!』が、あえて別のセッション(他にもサン・ラには翌1960年録音で、『Sound Sun Pleasure!!』と同年発売のスタンダード・ジャズ集『Holiday For Soul Dance』1970がある)からの追加曲を足さなかったのも、このセッションの統一性のためだろう。