人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

偽ムーミン谷のレストラン・改(30)

 だがこれは喰えるものなら家畜の睾丸すら無駄にしない、というより土着的な生殖信仰のようなものが背景にあると思えるのだ、とムーミンパパはしたり顔で言いました。生殖力は生殖器それ自体に宿る、という素朴な着目だな。これは洋の東西問わず、おそらく人類の歴史と同じくらい古い。しかも強壮剤には動物のオスの性器の干物が霊験あらたかとされている。その効用はオスのヒトに対してであり、女性はあまり強壮剤服用の効果はないと考えられる。まあ催淫剤というのがあるが、あれは生殖自体への薬効というよりも性欲の昂進に関わる本草学的処方だろう。
 話を戻せば、とムーミンパパは勝手に続けました、動物の生殖器に薬効があるのならヒトの生殖器でもいいわけだ。ところがその実例はあまりない。死者の性器を売買するのは倫理的問題はあろうし正当な理由がなければ遺体損壊とされる。去勢する男性の数は少ないし仮に去勢した生殖器を本人が合法的に売買できるとしても、数少ない需要よりもさらに少ないのだから大変な闇値がつくだろうと想像できる。だが入手が難しいこと以上に、ヒトの生殖器は端的に言って魅力に欠けるのだ。神秘性に欠ける、と言い換えてもよい。
 強壮剤として薬効が高いと信頼され、好んで服用されるのは動物のオスの性器。それも睾丸というよりも(睾丸つきの干物ならなお良いが)陰茎の長い爬虫類が好まれる。陰茎など単なる器官でしかないから生殖力とは直接関係があるわけない。だがそれが神秘なのだ。爬虫類で薬効が高いとされるのはワニ、次いでカメとされる。確かにカメは薬効はともかく栄養価は高いと思われる。
 ワニならば言うまでもなく、カメについても平凡なカメではいけない、とムーミンパパは力説しました。強いカメ、凶暴なカメであるほど良い。同じ発想が陸上動物の生殖器でも働いていて、とにかく強くて凶暴で捕獲または去勢に手こずる、基本的には野生の動物のオスの生殖器ほど霊験あらたかな薬効が得られると信じられている。平均的なヒトよりガタイが良い動物でなければならない。
 ヒトがヒトの生殖器を強壮剤にしないのもリスクやコストに対して薬効が低いと考えるからかもしれない。獅子、トラ、豹などはいかにも絶倫そうだし、カンガルーや(陸棲ではないが)イルカやクジラなどもタフなイメージがあり、家畜化できるがウシ、ウマ、ヒツジなどもヒトより巨大な陰茎を備えるのだから。
 第3章完。