人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

偽ムーミン谷のレストラン・改(31)

 第4章。
 前回は爬虫類や哺乳動物の陰茎や睾丸の話で始終してしまい非常に遺憾だ、とムーミンパパは壁に手をついてうつむきました。慙愧の至りだ。反省、いや猛省。どうせ駄弁るなら魚卵や卵巣の話の方が良かった。私は食べたことはないが、フグの卵巣などあまりの美味さに呂律がまわらなくなり、手足の末端が痺れるほどの珍味というではないか。
 そんなことよりわれわれがグルメ談議などしている方が問題だと思うが、とジャコウネズミ博士、われわれムーミン谷の住民はすべからずトロールなのだから本来食事は摂取する必要はない、食生活の習慣を演じているのも文化的なファッションに過ぎないと言ってのけたのは他ならぬ君じゃないかね?
 言いましたっけ?
 言ってたよ、第1回で。
 ムーミンパパはスマホを取り出すと『偽ムーミン谷のレストラン・改』(1)をタップサーチしてみました。おや、これは。
 これが何かね?
 確かに私はこういうことを言ったかもしれません、とムーミンパパ。しかし人は日々変化する生き物です。
 きみは人じゃないだろ。トロールだろ。
 それを言えば博士だってトロールです。
 つまり何か?君はこの期に及んで人間宣言しようというのかね?
 私にだってフグの白子くらいは食べる権利があります。生食するとなお旨いそうじゃありませんか。
 その時地球の裏側では、ムーミンパパが先代ムーミンだったころムーミンのテレビアニメが大好きだったかつて少女だった初老の女性が寝返りをうとうとしていました。寝たきりになってから長く、病状の進行を緩慢にする程度の治療法しかないので彼女は確実に生涯の終わりに向かって進んでいました。ちっとも特別なことじゃない、と彼女は思いました、誰だって死ぬんだもの。私の場合は生きてきたあかしも愛も幸福な思い出もないまま朽ちていくだけ。それだけのことだわ。
 人間なんてつまらないものです、とムーミンパパ、その証拠にわれわれトロールがいる。トロールは人間の夢から生まれたのだから、われわれは人間の夢の貧弱さの結晶なのです。そうムーミンパパは得意げに言うと、右前肢の拇指をグッと突き上げました。こんな軽薄なトロールは嫌なものです。
 次の瞬間、ムーミンパパの被っていたシルクハットと愛用のステッキがぱたん、と床に転げ落ちました。
 本体は消えたようだな、とジャコウネズミ博士。われわれトロールでさえも無限の存在ではないということだ。