人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

現代詩の起源(9); 尾形龜之助『雨になる朝』(iii)

尾形龜之助(1900.12.12-1942.12.2)/大正12年(1923年)、新興美術集団「MAVO」結成に参加の頃。

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 今回も尾形亀之助の第2詩集『雨になる朝』(昭和4年=1929年)から詩集半ばからの12編をご紹介します。次の第4回で巻末の12編をご紹介するとこの詩集は全編になりますが、今回のセクションは特に短い詩ばかりで、長めの詩の多い宮澤賢治や逸見猶吉ならば1編でこの12編を合わせたよりも長い行数になるでしょう。これは極端な短詩で印象派的効果を狙った北川冬彦安西冬衛らのモダニズム詩人らとも異なる発想によるものなのは明瞭で、実験的意図に由来するものではありません。
 尾形亀之助の戦後の包括的な再評価は創元社の「全詩集大成・現代日本詩人全集」全15巻の第12巻「草野心平高橋新吉八木重吉中原中也尾形亀之助・逸見猶吉集」(昭和29年=1954年4月刊)に『色ガラスの街』『雨になる朝』『障子のある家』の全3詩集が採録されたのが最初になります。この第12巻は「歴程」詩人集なのが人選からも明らかで、通常「歴程」の詩人とは限定されない中原がこの巻に入り、生前刊行の2詩集しか採録されていないのに較べ、夭折後に歿後同人の形で遺稿を預かった八木重吉は歿後の未発表詩集までくまなく集められています。宮澤賢治の収録巻、立原道造の収録巻では歿後全集の未刊詩集まで採録されたにもかかわらず、全集の出ていた中原中也の未刊詩集が無視されているのは「歴程」の中では中原もまた一介のマイナー・ポエットと位置づけられていたということでしょう。『尾形亀之助全集』の刊行は昭和45年(1970年)ですので、「全詩集大成・現代日本詩人全集」の時点では未刊詩集はまとめられていませんでした。

 この創元社の全集は草野心平金子光晴三好達治、村野四郎の意見を強く反映して伊藤信吉が調整したものと思われ、全巻解説も伊藤が執筆しています。伊藤は三好達治とともに萩原朔太郎の秘書を勤め、「歴程」同人の中では硬派な社会主義詩人でしたが、逸見猶吉をいち早くデビューさせるなど慧眼の批評家でもありました。詩的出発はアナーキズム詩人だったのでダダイズム系統・モダニズム系統の新たな詩的表現への理解もありました。その伊藤による尾形亀之助評は、簡略に言えばダダイズムの陥ったデカダンスという否定的評価です。伊藤は中原中也についても童謡性・小唄性に現代詩としての資格を疑っています。
 伊藤の見解は傾注するに値するものですが、詩人ではなく意外なジャンルから尾形亀之助の再評価を試みた画期的な批評が昭和44年(1969年)になって発表されました。劇作家 別役実の第1戯曲集『マッチ売りの少女/象』(同年7月刊)で、別役氏は「あとがき」として異例の「研究 それからその次へ」で尾形亀之助論をあとがきにし、尾形亀之助について論じることで自分の劇作家とのしての姿勢と方法を語っています。これは宇野浩二が第1短編集『蔵の中』で「近松秋江論」を後書きにした以来の珍しい例で、別役氏はさらに詳しく伊藤信吉の詩論集に当たって伊藤の尾形論に食いついています。この時点で別役氏が読んでいたテキストは「全詩集大成・現代日本詩人全集」の尾形亀之助集しか考えられないので、同全集の解説から伊藤信吉による尾形評価に疑問を抱いたと思われます。翌昭和45年(1970年)初の『尾形亀之助全集』が刊行されますが(1998年復刊)、それに先立ち現代日本最高の劇作家(つまり日本最高の文学者)の最初の著作に尾形亀之助論がマニフェストとして掲げられていることは注目されるべきでしょう。

第2詩集『雨になる朝』昭和4年(1929年)5月20日・誠志堂書店刊/著者自装・ノート判54頁・定価一円。

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 暮春


私は路に添つた畑のすみにわづかばかり仕切られて葱の花の咲いてゐるのを見てゐた
花に蝶がとまると少女のやうになるのであつた
夕暮
まもなく落ちてしまふ月を見た
丘のすそを燈をつけたばかりの電車が通つてゐた


 秋日

一日の終りに暗い夜が來る

私達は部屋に燈をともして
夜食をたべる

煙草に火をつける

私達は晝ほど快活ではなくなつてゐる
煙草に火をつけて暗い庭先を見てゐるのである


 初冬の日

窓ガラスを透して空が光る

何處からか風の吹く日である

窓を開けると子供の泣聲が聞えてくる

人通りのない露路に電柱が立つてゐる


 戀愛後記

窓を開ければ何があるのであらう

くもりガラスに夕やけが映つてゐる


 いつまでも寢ずにゐると朝になる

眠らずにゐても朝になつたのがうれしい

消えてしまつた電燈は傘ばかりになつて天井からさがつてゐる


 初夏無題

夕方の庭へ鞠がころげた

見てゐると
ひつそり 女に化けた躑躅がしやがんでゐる


 曇る

空一面に曇つてゐる

蝉が啼きゝれてゐる

いつもより近くに隣りの話聲がする


 夜の部屋

靜かに炭をついでゐて淋しくなつた

夜が更けてゐた


 眼が見えない

ま夜中よ

このま暗な部屋に眼をさましてゐて
蒲団の中で動かしてゐる足が私の何なのかがわからない


 晝の街は大きすぎる

私は歩いてゐる自分の足の小さすぎるのに氣がついた
電車位の大きさがなければ醜いのであつた


 十一月の電話

十一月が鳥のやうな眼をしてゐる


 十二月

炭をくべてゐるせと火鉢が蜜柑の匂ひがする

曇つて日が暮れて
庭に風が出てゐる