人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

新・偽ムーミン谷のレストラン(59)

 --入りたまえ、と部屋のドアを半開きにして顔をのぞかせた男はスナフキンをうながしました。スナフキンは腰かけから立ち上がりましたが、男がドアを半開きのまま部屋の奥に戻ったのに気づいて脚をすくませました。ドアはスナフキンが通れるほどには開いておらず、男が察してドアをもっと開けてくれる様子もなかったからです。
 何してるんだ、と男は重ねて言いました、早く入りたまえ。スナフキンは仕方なくドアに向かってすり足で床を進むと、からだを割りこませるようにしてドアのすきまを広げて部屋に入ると、左右近い方の壁を見定めて左の壁を向いて直立しました。
 こちらに来て座りたまえ、と男は言いました。それからちょっと顔をしかめると顎をしゃくって、その前にまずドアを閉めてくれないか、とやんわりと命じました。
 それでようやくスナフキンはハッと気づきました。ここではずっと引率されずに建物内を移動することは許されず、建物自体が細かく区切られてすべての移動には施錠を外さねばなりませんでした。また自分自身でドアを開閉することは許されず、引率者兼鍵の管理係りがスナフキンたちを待機させて鍵を開けている間、または鍵を開けている間は、スナフキンたちは壁を向いて直立していなければなりませんでした。管理者以外の者がこの施設の規則ではドアノブに触れ得ないのです。
 また身よりのないスナフキンには外部からの訪問者は制度上つけられた手続きの代理人しかありませんでしたが、事務的な面会自体はともかく面会の仕組みが恐怖でした。まず面会室の数が少ないので自分の番までゆうに2時間は待たされますが、待機所は壁一面に並んだ木製のドアの縦型の壁戸棚でした。背丈は立てば頭がつかえるほどで、中には椅子になる高さに板が嵌めこんであります。
 この縦型の個人用棺桶にはドアの上方に小窓があるきりで、待たされるのは当たり前のように適当な小説の文庫本を渡されて中に閉じ込められ、施錠されるのでした。文庫本はいつも2、30年前のベストセラー推理小説ばかりでした。尿意または便意、または水を欲する以外にこの監禁状態から一時解放してもらう手はありませんでしたが、そう何度も使えませんし、この極端に狭い監禁から解放されても監禁された状態には変わりはありません。
 ここでは個人の尊厳と権利は管理者の側だけにあり、スナフキンは管理され尊厳も権利も剥奪された側でした。それだけです。