人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

コンビニで大喧嘩

 最初は壁かカウンター(?)を思い切り叩きつける音とともに「だから聞こえねぇんだよ!」と怒鳴りつける声を聞いて、先輩店員が要領の悪い新入りを相手にキレているのかと思った。カウンターの中で大柄な男が狼狽した様子の店員を怒鳴りつけていたからだが、見ると怒鳴られているのは制服姿だが怒鳴っているのはTシャツにジーンズ姿だ。頭は丸刈り、口ひげと顎ひげを生やして丸々と太ったあんちゃんで、すでにカウンターの中に入りこんでいるからには揉め事はしばらく前から始まっていたと見える。「言ってみろよお前、これは何だよ!」今にもつかみかからんとするかのような剣幕だ。というか、店中に響き渡るほどの恫喝にエスカレートしているのだから襟をつかんで拳を振り上げているくらいの効果はある。痩せて貧相な店員は何かぼそぼそと言ったようだが小声で聞こえない。案の定怒りに火を注いだだけで「だからお前は何すんだよ言ってみろよ!これ何だか言ってみろよ!」ああ、あの店員か、とそこでようやく合点がいった。「ちゃんぽんだろこれは!」と客のあんちゃん。
 その店員は学生というには老けているが一応青年で通る年輩で、だいたい夜番シフトでこの店にいる。買い物を選んでカウンターに行く。店員が二人いる時はなるべくこの店員からは買いたくない。品物を渡しお金を払う、袋に入れてお釣りとレシートを渡される。この店員この一連の動作を客の顔に顔も向けずに無言で行うのだ。「いらっしゃいませ」も「○○円お預かりします」も「レシートと○○円のお返しです」も「ありがとうございました」も言わない。まったくの無言、聾唖の人なら仕方ないが店員同士では会話しているから聾唖の人ではない。そもそも顔も視線も向けない。コンビニ弁当を買うことなど滅多にない、少なくともこの店では買ったことがないのでわからないが、おそらく弁当を買う客にも「このままお持ち帰りですか?温めますか?」も「袋はお分けしますか?」も言わないだろう。年輩からもシフトからもまず店長ではないだろうから、シフトを組んだ同僚なり先輩なりが自分からは言えないのなら店長に進言して再教育すべき接客態度なのは明らかだ。店全体がそういう店員ばかりだったら問題だが、そんなわけはなくこの青年だけがどうしようもない。いくら何でもいつか店の人間から注意を受けるだろう、と思っていたが、こういう事態になったところを見るとどうやらそれもなかったみたいだ。
 ちゃんぽんのあんちゃんはどうやら上の人間呼んでこい、と言ったらしい。少々お待ち下さい、と今度は店員の小声が聞こえた。店員は店の奥に引っ込んだらしく、あんちゃんはカウンターから出てきて友人らしき同じような街のちんぴら然とした風貌のあんちゃんと「ふざけやがってよー、あのクソ店員」と笑いあっている。思い切り怒って余裕ができたのだろう。この隙に済ませてしまおう、と隣のレジの別の店員から買い物を済ませた。このコンビニは一部の生鮮食品がスーパーより安くて質もいいのだ。シフトが一緒のこちらのレジの店員は努めて何事もなかったように穏やかな顔で「いらっしゃいませ」から始まり「ありがとうございました」で締めた。店内には他に7、8人の客がいたが知らぬ存ぜぬ様子は皆な同じだった。そしてコンビニを出ようとする時、パトカーが店の前に着いて警官が降りてきた。
 あんちゃん二人はなるほどね、上等じゃねえか、という風情で「あーどうも、こっちです」と警官の二人組を迎えに出た。ちょうどこちらも店を出るところだったので失礼、と店の出入り口をふさいだ警官とあんちゃんたちの間をすり抜けるようにして出てきた。沸点の低いあんちゃんたちに特に共感も感謝もしないが、いつかは起こるべくして起こったことで、問題接客の青年店員にも以前から不向きな仕事ならやるなよと思っていたくらいだからまったく同情の気持は起こらない。しかしあのちんぴらあんちゃんたちが警官に店員の接客態度を「元はといえばこいつが悪いんっすよ」と説明している姿を想像すると、もう少し残って見ておけばよかったかな、とも思えてくるのだった。