人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ビリー・ホリデイ/マイルス・デイヴィス Billie Holiday/Miles Davis - 私の彼氏 The Man I Love (Vocalion, 1936/Prestige, 1954)

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ビリー・ホリデイ Billie Holiday & Her Orchestra - 私の彼氏 The Man I Love (George & Ira Gershwin) (Columbia/Vocalion, rec.'39, from the album "Billie Holiday Sings", Columbia ‎CL 6129, 1950) : https://youtu.be/Bj8VRIrZhtA - 3:06
Recorded in NYC, December 13, 1939

 18歳でデビューしたビリー・ホリデイ(1915-1959)、24歳の名唱。同年生まれで40年代中盤にはビリーを追い上げるフランク・シナトラ(1915-1998)は同年にはここまで熟していなかったどころかハリー・ジェームズ楽団専属歌手として7月にコロンビアから初シングルを出し10曲の録音を済ませたばかりで、女性歌手と男性歌手の違いと言えばそれまでですがビリーは30代半ばから好調不調が激しくなったのに対してシナトラはますます大歌手になっていったのを思うとシナトラはうまく年を取りましたがビリーは何とも無念な気がします。この曲はライヴでは準定番くらいの位置づけでしたがビリーは30代半ばからはこの可憐な声が出なくなりました。曲はガーシュイン兄弟が1924年のミュージカル『Oh, Lady Be Good !』挿入歌に書き、さらに二つのミュージカルに使われ、トーキー化以降の映画にも引っ張りだこで、大ヒット曲ではないのに地味に人気のあった曲でしたがガーシュイン兄弟曲でも最大の人気曲「Summertime」(2,600種以上のヴァージョンあり)ほどではなくてもビリーのヴァージョンで大名曲に化けてヴォーカル版だけで軽く100以上のヴァージョンを誇ります。ビリーは大手コロンビア専属歌手とは言えレコードはコロンビア傘下の黒人音楽レーベル、ブランズウィックかヴォカリオンから発売されていたので、ここまで歌えてもまだ知名度は黒人音楽のリスナーに限られていました。シナトラ所属のハリー・ジェームズ楽団は白人ビッグバンドですのでコロンビア本社から発売されています。
 ビリーはカウント・ベイシー楽団(当然黒人ビッグバンド)専属歌手を勤めた経験から録音にもベイシー楽団出身のジャズマンが起用されることが多く、特にテナーサックス奏者のレスター・ヤング(1909-1959)が加わると抜群に息が合った録音になりました。'30年代のジャズはまだ2拍単位のビートが一般的でしたがビリーとレスターには4ビート、8ビート、16ビートまでリズムを細分化する感覚があり、付点音符のタイミングやシンコペーションする3連符も自在に歌唱・演奏できる音楽家でした。ビリーとレスターが'40年代半ば以降のモダン・ジャズの誕生にもっとも寄与したミュージシャンだったのは和声、旋法、リズム感などではすでにビ・バップ以降の発想に達していたからです。ビ・バップの2大リーダーだったディジー・ガレスピー(1917-1993)とチャーリー・パーカー(1920-1955)、特にバンドリーダー指向のガレスピーよりソロイストのパーカーがレスターとビリーから最大のインスピレーションを得ることになったのは当然のことでした。

 ビ・バップの最盛期は'50年まででガレスピーはようやく組んだビッグバンドからもっと小さい編成のバンドに戻り(テナーサックスは新人ジョン・コルトレーンでした)、パーカーは'52年まで(ピアノのアル・ヘイグが相棒で、他は臨時メンバーでした)は徐々に、'53年~'54年(パーカーに心酔するベースのチャールズ・ミンガス、ドラムスのロイ・ヘインズが頼りでした)には急速に凋落してしまいます。パーカーがカンザスから上京してくる前からガレスピーとビ・バップを始めていたピアノのセロニアス・モンク(1917-1982)は仕事を干され、ドラムスのケニー・クラーク(1914-1985)は当時珍しい大学卒のエリート黒人ピアニスト、ジョン・ルイス(1920-2001)をリーダーとしたモダン・ジャズ・カルテット(MJQ)でミルト・ジャクソン(1922-1999)とパーシー・ヒース(1923-2005)とともにメンバーでした。ルイスはビッグバンド時代のガレスピーマイルス・デイヴィス(1926-1991)の『クールの誕生』'48~'50のアレンジャーを勤め、MJQはバンド単体でもパーカーやソニー・ロリンズ(1930-)のバッグバンドとしても、メンバー各自でも活動してニューヨークの黒人ジャズ冬の季節を乗り切っていました。マイルスはガレスピーとパーカーの見出した弟子で、ロリンズはモンクの弟分でパーカーのバンドにマイルスとともに在籍したバド・パウエル(1924-1966)とマイルスが見出したパーカーの大ファンのテナーサックスの天才少年でした。マイルス、バドが揃っていた時のパーカーのバンドのドラマー、マックス・ローチ(1924-2007)はニューヨークのジャズ不況に見切りをつけてガレスピーの弟子のファッツ・ナヴァロ(1923-1950)の弟分の天才トランペット奏者クリフォード・ブラウン(1930-1956)とロサンゼルスに渡っていました。シェリー・マン、ジェリー・マリガンリー・コニッツ、スタン・リーヴィーら白人ジャズマンの方が早くニューヨークのジャズ不況のためロサンゼルスに渡って成功しており、逆にロサンゼルス出身なのにこの時期にマックス・ローチと入れ替わりでニューヨークにやってきた変人がベーシストで作・編曲家のチャールズ・ミンガス(1922-1979)です。ミンガスはロサンゼルス巡業に来たマイルスとローチからパーカーの凋落を知り飛んできた義侠のジャズマンでした。
 さてマイルスは一時私生活の問題で引退同然でしたがこの頃にはMJQ、アート・ブレイキー(1919-1990)のジャズ・メッセンジャーズとともにニューヨークの黒人ジャズの希望の星となっており、翌'55年のコルトレーン(1926-1967)を含む初のレギュラー・クインテット結成に向けて大手コロンビア移籍のためにインディー・レーベルのプレスティッジの専属契約分の録音を精力的にこなしていました。'54年には地方のホテルのラウンジに出張してビリー・ホリデイと交替制のバンドの仕事を勤め、ビリーのレパートリーからスタンダード曲へのアプローチをじかに学ぶ機会を得ます。'54年最後の仕事はプレスティッジの録音セッションで、クリスマスイヴの日にニューヨークのスタジオより激安で録音できる近郊ニュージャージーのアマチュア録音技師、ルディ・ヴァン・ゲルダーの自宅スタジオに出向いて行われました。当時プレスティッジと契約していたミルト、モンク、ヒース、クラークのオールスター・クインテットです。プレスティッジのいつもの方針でリハーサルなし打ち合わせなしの一発録音、曲目もその場で決める段取りです。この日は2枚分の10インチLP(AB面各10分)がノルマでした。マイルス、ミルト、モンクとソロイストも3人いるので1曲10分弱で4曲仕上げよう、ということになり、まずミルト作のブルース「Bag's Groove」、次にモンク作の「Swing」、3曲目にビリー直伝の「The Man I Love」、次にマイルス作の「Swing Spring」が録音されました。あと30分ほど時間があったので出来は良かったがもっと良くなりそうな「Bag's Groove」テイク2と、最後の残り時間でモンクがいまいちだった「The Man I Love」テイク2が録音されました。ところがモンクがテイク1よりもっとたどたどしく、4分台のピアノ・ソロでは4小節ソロを止めてしまいます。マイルスがトランペットでせっつきモンクはソロの続きを何とか弾き、これがプレスティッジでのモンクの最終録音になりました。10インチLP『Miles Davis All Stars (Vol. 1)』『Miles Davis All Stars (Vol. 2)』(各'55)ではOKテイク4曲がリリースされましたが、12インチLP『Bag's Groove』と『Miles Davis And The Modern Jazz Giants』では未発表だった「Bag's Groove」テイク2と「The Man I Love」テイク2が初収録されます。以来モンクのソロが止まってしまう「The Man I Love」テイク2はテイク1より人気のヴァージョンになりました。前代未聞の没テイク、「The Man I Love」テイク2をぜひお聴き下さい。

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Miles Davis All Stars - The Man I Love (Take1) (rec.'54, from the album "Miles Davis All Stars (Vol. 2)", Prestige ‎LP 200, 1955) : https://youtu.be/f13hyaCuU9U - 9:15

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Miles Davis All Stars - The Man I Love (Take2) (rec.'54, from the album "Miles Davis And The Modern Jazz Giants", Prestige ‎PRLP 7150, 1959) : https://youtu.be/EiDoZ5GYRqg - 7:57

Both Recorded at The Van Gelder Studio, Hackensack, New Jersey, December 24, 1954
[ Miles Davis All Stars ]
Miles Davis - trumpet
Milt Jackson - vibraphone
Thelonious Monk - piano
Percy Heath - bass
Kenny Clarke - drums