人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ビリー・ホリデイ Billie Holiday - 恋人よ我に帰れ Lover, Come Back To Me (Commodore, 1944)

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ビリー・ホリデイ Billie Holiday - 恋人よ我に帰れ Lover, Come Back To Me (Oscar Hammerstein II, Sigmund Romberg) (Commodore, 1944) : https://youtu.be/j-ymRPuQvz8 - 3:18
Recorded at WOR Recording Studios, 1944 Broadway, NYC, April 8, 1944
Released by Commodore Records Commodore CR-2 (4×78prm SP Album) as "Billie Holiday", 1947
[ Billie Holiday with Eddie Heywood Trio ]
Billie Holiday - vocal
Eddie Heywood - piano
John Simmons - bass
"Big Sid" Catlett - drums

 作詞家のオスカー・ハマースタイン(1895-1960)は息の長いキャリアを誇った人で、'40年代初頭からはそれまで作詞家ロレンツ・ハートと組んでいた作曲家リチャード・ロジャース(1902-1979、ハーツとの共作には「My Romance」「My Funny Valentine」「It Never Entered My Mind」など)と組んで、「Do Re Mi」や「My Favorite Things」を含む逝去前年の『Sound of Music』まで名曲を残します。「恋人よ我に帰れ (Lover, Come Back To Me)」は作曲家シグムント・ロンバーグと組んだ'28年のミュージカル『The New Moon』挿入歌で、同作からは「朝日のようにさわやかに (Softly As In A Morning Sunrise)」も生まれました。ジャズ化ではポール・ホワイトマン楽団、ポール・ヴァレー(ソニー・クラーク『Cool Struttin'』収録の「Deep Night」の作者)&ザ・コネティカットヤンキーズらポップス系の白人楽団が演奏していましたが、白人女性歌手ミルドレット・ベイリー(ヴィブラフォン奏者レッド・ノーヴォ夫人)が'41年に吹き込んだSP盤によってようやくジャズ曲としての認知が進んだとされます。ミルドレット・ベイリー(1907-1951)は当時の白人歌手ではもっとも黒人的なフィーリングを持った人でした。しかしビ・バップ以降にスタンダード化したのはやはりビリー・ホリデイのコモドア・レコーズへの録音によります。ピアノ、ベース、ドラムスだけの簡素なバンドをバックにしてリズム感・フレーズとも豊かな表現力を見せた歌唱で、ベイリーの優れた先例と較べても格段の違いを感じさせるものです。
Mildred Bailey - Lover, Come Back To Me (Decca, 1941) : https://youtu.be/F0mep5rUIm8 - 3:14

 インディーのコモドアからメジャーのデッカ、さらにメジャーのマーキュリー・レコーズが新設したジャズ・レーベル、クレフ(ヴァーヴの前身)に看板アーティスト待遇で移籍した直後にもビリーは同曲を再録音しています。保守派の実力派ジャズマンを集めた上手いバンドで、機材の向上もあって音質も良く心地良いヴァージョンですが、逝去する'59年まで続くバラード歌手指向がこうしたスウィンギーな曲の歌唱にも表れてきています。

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Billie Holiday - Lover, Come Back To Me (Clef, 1952) : https://youtu.be/RRUlxvdy1iw - 3:35
Recorded in NYC, July 26, 1952
Released by Clef Records MG C-144 as 10 inch LP "An Evening with Billie Holiday", 1953
[ Billie Holiday and Her Lads of Joy ]
Billie Holiday (vo), Joe Newman (tp), Paul Quinichette (ts), Oscar Peterson (p), Freddie Green (g), Ray Brown (b), Gus Johnson (ds)

 チャーリー・パーカーもこの曲をジャムセッションでは得意にしていました。このヴァージョンはクレフ・レーベルの主催したコンサートらしいメンバーで、テーマはテナーのフリップ・フィリップスが吹いていますが、テナーソロ、トロンボーン・ソロに続いて5分40秒目から始まるパーカーの驚異的アドリブ・ソロがずば抜けており、リズム・セクションのピアノ・トリオとパーカー派アルトのソニー・クリス、翌年急逝してしまうトランペットのファッツ・ナヴァロも快調のビ・バップっていいなあと思わせてくれる黄金時代の好演です。
Charlie Parker - Lover, Come Back To Me (Carnegie Hall Jam Session, NYC, February 11, 1949) : https://youtu.be/CYjS3pwbe2o - 15:37
[ Personnel ]
Charlie Parker (as), Sonny Criss (as), Flip Phillips (ts), Fats Navarro (tp), Tommy Turk (tb), Hank Jones (p), Ray Brown (b), Shelly Manne (ds)

 ディジー・ガレスピースタン・ゲッツソニー・スティットのセッション・アルバムもガレスピーがビ・バップの孤塁を守る良いヴァージョンで、こちらもシェリー・マンと並ぶ白人バップ・ドラマーの雄スタン・リーヴィーが好演。クレフ=ヴァーヴのこの手のセッションはいつもベースがレイ・ブラウンですね。

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Gillespie, Getz & Stitt - Lover, Come Back To Me (from the album "For Musicians Only", Verve MGV-8198, 1957) : https://youtu.be/AGx-8En-ZG8 - 9:24
Recorded at Radio Recorders, Hollywood, October 16, 1956
[ Personnel ]
Dizzy Gillespie (tp), Stan Getz (ts), Sonny Stitt (as), John Lewis (p), Herb Ellis (g), Ray Brown (b), Stan Levey (ds)

 締めはジョン・コルトレーンのヴァージョンで。コルトレーンマイルス・デイヴィスのバンド在籍時の'55年11月~'58年12月の満3年間インディーのプレスティッジ・レコーズと契約していましたが、その間28セッションをこなし、マイルスのアルバム5枚、コルトレーン自身のアルバム12枚、レッド・ガーランド(ピアノ)との連名作2枚、レイ・ドレイパー(チューバ)との連名作1枚、ケニー・バレルとの連名作1枚、他のアーティストのアルバム参加(ジャムセッション・アルバム含む。うちセッション・アルバム1枚はプレスティッジがコルトレーン名義で発売)15枚の合計37枚を正味3年間の契約期間だけで録音しています。28セッションで37枚ですから1セッション(3時間、セッティング、撤収含む)でアルバム1枚半~2枚分を録音することも珍しくなく、プレスティッジ社長のボブ・ワインストックは失敗テイクが出たら曲のやり直しはせず別の曲を録れ、とにかくたくさん録れという方針で、もちろん3年間にコルトレーンのアルバムばかり12枚も出すわけにはいきませんから1966年までかけて年に1、2枚ずつ発売していき(その間コルトレーンはアトランティック、インパルスとメジャーの大物ミュージシャンになったので、プレスティッジからの未発表アルバムは広告しなくても高セールスを上げました)、失敗テイクも平然とアルバムに入れました。このプレスティッジとの契約満了末期のセッションでの「恋人よ我に帰れ」は他に類を見ないような急速調ヴァージョンで、当然自分のアルバムですからコルトレーン自身がメンバーに指示したアレンジでしょうが、テーマはどうにかなり全編ベースとドラムスはがんばっていますがトランペット~テナーサックス~ピアノと続くソロは没テイクのレベルですし、ドラム・ブレイクからエンド・テーマに戻る箇所も明らかに決めそこなっています。メジャーはもちろんインディーでもブルー・ノートやリヴァーサイドなら絶対これは没にしてOKテイクが録れるまでリテイクしたでしょうが、こういう失敗テイクも聴けるのがいい加減なジャズの世界の面白いところです。コルトレーン本人のソロが何よりフレーズよりスピード優先の結果滅茶苦茶で、アトランティック時代を飛び越えてインパルス後期のフリー・ジャズ化した演奏に近いものをやってしまっている。コルトレーンと匹敵するほど速く、しかも豊かなフレーズにあふれたパーカーやガレスピーのヴァージョンと較べてみてください。しかしこれはこれで面白い演奏ではありませんか。

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John Coltrane - Lover, Come Back To Me (from the album "Black Pearls", Prestige Records Prestige PRST7316, 1964) : https://youtu.be/uQ87C4Lm26c - 7:26
Recorded at The Van Gelder Studio, Hackensack, New Jersey, May 23, 1958
[ Personnel ]
John Coltrane (ts), Donald Byrd (tp), Red Garland (p), Paul Chambers (b), Art Taylor (ds)