人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

映画日記2019年4月19日~21日/一気観!『映画クレヨンしんちゃん』シリーズ!(7)

 前回ご紹介したシリーズ第18作『嵐を呼ぶオラの花嫁』2010はしぎのあきら(1954年生まれ)監督の会心作でしたが、前々作『金矛の勇者』2008、前作『カスカベ野生王国』2009で低下しつつあったしんちゃん映画への注目度の中で健闘した作品であり、もっと注目されていた時期なら評価・興行収入ともより高い成績を上げていい作品でした。監督が増井壮一('66年生まれ)監督に交代しての第19作『嵐を呼ぶ黄金のスパイ大作戦』2011は前作のヒットで観客が戻ってきたか興行収入12億円のヒット作になりましたが、第20作『嵐を呼ぶ!オラと宇宙のプリンセス』2012は劇場版20周年記念作としてシリーズ最長の110分の大作となるも、興行収入9億8,000万円と第17作『カスカベ野生王国』(興行収入10億円)を下回り、第7作『温泉わくわく大決戦』'99(興行収入9億4,000万円)に次ぐ不振に見まわれます。ヒット作を連発したムトウユージ監督担当の第13作~15作のあとシリーズの興行収入はおおむね従来より低い成績で不安定になっていたので、第16作『金矛の勇者』から第20作『オラと宇宙のプリンセス』まではシリーズの低調やマンネリ化が囁かれた時期で、各作品単独で観れば出来の振幅こそあれ1作ごとにそれぞれ趣向が凝らされており作品内容自体は不調続きでもないのですが、肝心の観客の関心の方が薄らいでいたと言えます。監督が橋本昌和('75年生まれ)に交代した第21作『バカうまっ!B級グルメサバイバル!!』2013はひさびさにしんちゃん映画で快作が出たと評判になり往年のヒット水準を取り戻し、高橋渉('75年生まれ)監督が担当した第22作『ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん』2014は歴代3位を更新する興行収入18億3,000万円を達成、以降交替制で橋本監督が担当した第23作『オラの引越し物語~サボテン大襲撃~』2015は約23億円と第1作('93年、22億円)、第2作('94年、20億円)をしのぐシリーズ歴代1位の特大ヒットを記録し、高橋監督が担当した第24作『爆睡!ユメミーワールド大突撃』2016も21億1,000万円で歴代トップ3を更新しています。その後、ひろし役が藤原啓治氏から森川智之氏に交代後の橋本監督の第25作『襲来!!宇宙人シリリ』2017が16億2,000万円、昨年の高橋監督の第26作『爆盛!カンフーボーイズ~拉麺大乱~』2018が18億3,000万円と好調は続き、第26作公開後にテレビ版当初から主人公しんのすけを演じてきた矢島晶子さんが降板し小林由美子さんに交代したので、2019年4月19日封切りの橋本監督による最新作で第27作『新婚旅行ハリケーン~失われたひろし~』はしんのすけ役が小林由美子さんに交代した初めてのしんちゃん映画でもあり、この感想文は第24作までを収めた『映画クレヨンしんちゃんDVD-BOX 1993-2016』収録作で区切ったので今回と次回で一旦終わりますが、しんちゃん映画はまだ先の作品も注目されるところです。なお各作品内容の紹介文はDVDボックスの作品紹介を引用させていただきました。

●4月19日(金)
『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ黄金のスパイ大作戦』(監督=増井壮一シンエイ動画=双葉社=ASATSU=テレビ朝日/東宝'2011.4.16)*108min, Color Animation
アクション仮面から"アクションスパイ"に任命されて、すっかりその気になったしんのすけは、突如現れた国籍不明の少女レモンの指導のもと、スパイ訓練を開始することになる。果たしてしんのすけがスパイに選ばれた理由とは?レモンの真の目的は?今、人類の未来をかけた巨大な陰謀が動き出す!!

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 興行収入12億5,000万円と好調な成績を上げた本作はムトウユージ監督の劇場版3作で絵コンテに起用されていた増井壮一が監督を引き継ぎ、「オラ、トム・クルーズみたい?」としんのすけがたびたび言及するように『ミッション:インポッシブル』シリーズ第3作『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』2011を意識した作品です。増井監督は歴代監督でもテレビ版には2話分しか参加していない例外的な監督で、近年ではテレビ作品「サクラクエスト」2017、「青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない」2018の監督を手がけ、公開予定の劇場版長編『青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない』2019も監督を勤めていますから歴代監督では水島努監督のようにやや年齢層の高い深夜アニメに移ったので、シンエイ動画出身の水島監督よりもさらにしんちゃん映画にはやや毛色の違う感触が好みの分かれるところになりそうです。まずアメリカの世界人類スリーサイズ調査センターに侵入する少女スパイ・レモン(愛河里花子)の姿が描かれ、「合い鍵発見」とレモンが報告するのがアヴァンになっています。映画本編は、いつものように遊んでいたしんのすけ(矢島晶子)の前に、ある日レモンと名乗る謎の7歳の少女が現れ、レモンからアクション仮面(玄田哲章)のメッセージを受け取ったしんのすけは、レモンの指導でスパイになる決心をします。レモンとスパイ訓練を開始したしんのすけは失敗をくり返し、かすかべ防衛隊の風間くん(真柴摩利)、ネネちゃん(林玉緒)、マサオくん(一龍斎貞友)、ボーちゃん(佐藤智恵)には芸能スカウトだとごまかしながらも徐々にスパイの技術を身につけて、ベテラン子どもスパイのレモンとコンビを組みます。そしてついに、しんのすけアクション仮面から「ヘーデルナ王国で悪の博士から正義のカプセルを奪還せよ」との指令が下ります。しんのすけはレモンと家政婦イツハラ(なかじままり)の助けを借りてヘーデルナ王国へ向かい、「悪の博士」の研究所に潜入します。しかし、決死の覚悟で侵入したしんのすけを待っていたのは悪の博士ではなくオナラ研究の第一人者であるヘガデル博士(山野史人)という科学者でした。しんのすけから話を聞いた博士はしんのすけがレモンにだまされていると言い、自分が持っているのは「正義のカプセル」ではなくオナラを大量に出させてしまう「メガヘガデルII」という特殊なイモで、レモンとしんのすけに指令を出したのはスカシペスタン共和国のナーラオ女王(井上喜久子)とヨースル女王(川浪葉子)であり、女王たちは世界征服の陰謀のためメガヘガデルIIを奪おうとしんのすけを利用していると説得します。しんのすけはヘガデル博士の言葉を信じず、「正義のカプセル」を奪って研究所から脱出しますが、正体を現したスカシベスタン共和国のスパイでレモンの両親のライム(櫻井智)とプラム(堀内賢雄)とともに女王たちにメガヘガデルIIを持って謁見したしんのすけはこれまでのアクション仮面の指令はすべて偽アクション仮面が演じていたのを知りだまされていたのを悟って逃亡します。レモンの両親は部下たちをくり出してしんのすけから強引にメガヘガデルIIを奪おうとしますが、しんのすけの純粋さと自分の両親のやり口にこれまで従順だったレモンも反抗の意志を固め、レモンはしんのすけを守りながら二人でスカシベスタン共和国の追っ手から逃走しますが……。
 しんのすけが「合い鍵」と呼ばれて選ばれたのは身長・体型・スリーサイズがヘガデル博士と一致する唯一の人類で、ヘガデル博士の研究室の出入り口はヘガデル博士と同一の体型でしか開かないからなのですが、しんのすけと7歳の少女スパイ・レモンの関係が友情に育ってレモンがベテランスパイの両親についに反抗するのがドラマの焦点になっており、'90年代からのベテラン声優・愛河里花子さんは十分に好演しています。また増井監督もしんちゃん映画のレギュラー・キャラクターを絡ませようという工夫はありますが(脚本・こぐれ京)、ひまわりやシロの出番は野原一家が捕らわれてメガヘガデルIIの実験台になるまでほとんどありませんし、かすかべ防衛隊も序盤の絡みで役割を終えてしまう。レモンの両親に対比してひろし(藤原啓治)とみさえ(ならはしみき)を描いた場面ももっと膨らませてクライマックスでキャラクター勢ぞろいくらいの勢いや盛り方ができたろうにと思えます。また伏線はそれなりに張られているもののレモンに利用されているしんのすけの視点で話が進むので、イモ食文化の先進国のヘーデルナ王国とヘーデルナ王国から秘密研究を盗んで世界征服に使おうとするスカシベスタン共和国の陰謀、と話が突然拡大すると、ストーリーは一直線につながっていますが観客が期待した意外性とは違った、でかい陰謀話のための世界征服物語という印象を受け、ヘーデルナ王国もスカシベスタン共和国もファンタジー世界の時代不詳のヨーロッパのどこかの国、ただし豊かで平和そのものの国に見える描かれ方なので世界征服の陰謀をめぐる諜報戦をくり広げているようには見えない、という設定と演出の詰めの甘さ、または自粛姿勢が見られます。本作で銃器が登場しないのは子どもスパイだからといって銃を持たせないという良識があり、しんちゃん映画では敵を降参・改心させて陰謀・野望は倒しても降参・改心した敵は許すか法にゆだねるので、決して殺傷することはありません。本作の場合はそれがあまりに牧歌的な架空のファンタジー的なヨーロッパのどこかのような国に行き着くので、それまでのスパイ活動やそこから始まるレモンとしんのすけの逃走も緊迫感がなく、メガヘガデルIIは急激に腹部を膨満させ大量の放屁を発現させる新種のイモを原料とした食用物質なのですが(ひろしいわく「美味い芋羊羹じゃないか」)、追い詰められて進退きわまったレモンとしんのすけは悪用されるなら食べちゃえばいい、と限界までメガヘガデルIIを食べまくります。クライマックスのサスペンスはそういったもので、果たしてメガヘガデルIIを大量に食べたしんのすけとレモンの運命は、さらに食べ切れなかったメガヘガデルIIはどうなるかは、楽しいエンディングの解決に結びついていきます。しんちゃん映画の中ではシリーズの水準ではやや落ちる作品ながら本作も単独で観れば十分楽しめる作品だけに、もうひと工夫あればと惜しまれるので、次作の観客動員数の低下は本作の食い足りなさが反映したものと思えます。

●4月20日(土)
『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!オラと宇宙のプリンセス』(監督=増井壮一シンエイ動画=双葉社=ASATSU=テレビ朝日/東宝'2012.4.14)*110min, Color Animation
◎ある日、些細なことで喧嘩したしんのすけとひまわり。そこへ突然「ひまわり姫をお預かりします」という謎の男二人が現れた。渡された紙にサインしてしまうしんのすけだが、次の瞬間、上空に現れたUFOに吸い込まれてしまった!"ヒマワリ星"という見知らぬ星で、待ち受けていた運命とは……!?

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 短い上記の作品紹介だけでも本作がムトウユージ監督の会心の秀作になった第15作で第1作、第2作に次ぐ15億5,000万円の大ヒットを記録した第15作『歌うケツだけ爆弾!』2007のヴァリエーションなのはわかります。シロが野原家から奪われそうになる『歌うケツだけ爆弾!』に対して本作は赤ちゃんのひまわりが宇宙人に連れ去られる話で、増井監督は正義対悪ではない設定・プロットでしんちゃん映画ができないか(脚本・こぐれ京)を構想したそうですが、悪意からではない正当な理由があっても、また宇宙人に悪意や敵意はなくてもひまわりを野原一家から連れ去ってヒマワリ星の姫に迎えてしまうのは構図としては野原一家の敵役になりますし、ひまわりを取り返さないエンディングなどあり得ないので犬のシロに宇宙から飛来した惑星規模の破壊力を持つ爆弾が装着されてしまって剥がせない『歌うケツだけ爆弾!』より本来切実で大変な事情なのに何となく結末の予想がついてしまうため緊迫感ではおよばない作品になっている。簡単に前半のあらすじを追うと、「映画クレヨンしんちゃん20周年記念作品」と冒頭に出る本作は、しんのすけ(矢島晶子)が昼食のデザートに食べようとしていたプリンを妹のひまわり(こおろぎさとみ)に食べられてしまい、仕返しにしんのすけがひまわりのおやつのたまごボーロを食べてしまう兄妹喧嘩から始まります。しんのすけはみさえ(ならはしみき)に叱られ、ひろし(藤原啓治)からもお説教されて、思わず「お兄ちゃんなんてやめてやる!オラ、妹なんかいらない!ひまわりなんかいらないゾ!」と家を飛び出してしまいます。するとしんのすけの目の前に突然、謎の2人組がやってきます。宇宙人の大臣ウラナスビン(岩田光央)と地球担当員ゲッツ(辻親八)と名乗る二人はひまわりの名づけ親がしんのすけと確認すると妹を預かると申し出て、ひまわりを譲る同意契約書をしんのすけに渡し、しんのすけがサインをすると、野原一家は上空にいたUFOに連れ去られてしまいます。しんのすけたちは、地球の軌道の反対側で次元のずれた兄弟星"ヒマワリ星"に到着し、そこで宇宙の平和のためにひまわりがこの星の姫にならなければいけないと言い渡されます。かつては地球とヒマワリ星に満ちていた幸福の源「ヒママター」が地球からは枯渇しヒマワリ星の軌道から地球へおくられるヒママターも減少しつつある、そこでヒママターに満ちた存在でそこにいるだけでヒママターを星じゅうに沸き上がらせるひまわりがヒマワリ星と地球、全太陽系のために必要だと野原一家はヒマワリ星の大王サンデー・ゴロネスキー(飯塚昭三)に説明を受けます。ひまわり姫の戴冠式が星を挙げて盛大に行われ、あ然としたひろしとみさえは猛反対してひまわりを取り戻そうとしますが、ひまわり以外の野原一家は地球に送り返されてしまいます。しんのすけはかすかべ防衛隊の風間くん(真柴摩利)、ネネちゃん(林玉緒)、マサオくん(一龍斎貞友)、ボーちゃん(佐藤智恵)の助けを借りて地球担当員ゲッツの住むアパートを突きとめ、本来人間・生物用ではない時空移動ホールを見つけるとためらいもなく飛びこんでヒマワリ星に戻り、ひまわりを取り戻しにおはこび大臣モックン(隅本吉成)、おつまみ大臣まーきゅん(柴田秀勝)、イケメン大臣マズマズ・イケーメン (三ツ矢雄二)、おしゃべり大臣キンキン・ケロンパー(川村万梨阿)、おねむり大臣ボインダ・ド・ヨーデス (日高のり子)の妨害を乗り越え、あとから時空移動ホールを通ってきたひろしとみさえとともにゴロネスキー大王と対決に向かい、ひまわりを取り戻そうとします。
 前書きの通り本作が再び興行収入が9億8,000万円と振るわなかったのは前作でしんちゃん映画への期待値が低下したのもあるでしょうが、ひまわりがヒマワリ星で太陽系全体の平和存続のために必要で、それがひまわりが存在するだけで発生する一種のイオン「ヒママター」なら、ヒママターの自然発生の回復で事態は収まってしまうだろうとだいたい予想はついてしまうのが展開への意外性もサスペンスも薄めてしまうのがあり、また善意の宇宙人ヒマワリ星人は悪意も敵意もないのでこれも野原一家の奮闘を緊迫感のないものにしている。またひまわりでないとヒマワリ星が発生させ地球が消費してしまうヒママターの発生量が追いつかないという設定にフィクション上としても説得力がありませんし、実際結末ではこのヒママター問題はひまわりが野原家に帰っても大丈夫という解決になります。本作でいちばん感動的なのはしんのすけの回想場面で出てくるひまわり命名の場面(祖父母たちを含めてみんなで各自が考えた名前を書いた紙ひこうきを飛ばし、いちばん長く飛んでいたしんのすけの紙ひこうきの「ひまわり」に名前が決まる)ですが、この場面はテレビ版の'96年10月放映のエピソード「赤ちゃんの名前が決まったゾ」を映画用にリメイクしたものですし、またしんのすけが時空移動ホールで超次元に移動中に星座のようにこれまでの劇場版のヒロイン17人(ミミ子、ルル・ル・ルル、吹雪丸、リング・スノーストーム、トッペマ・マペット、女刑事グロリアこと東松山よね、SMLのお色気、指宿、後生掛、廉姫、天城、つばき、ジャッキー、マタ・タミ、ビクトリア、タミコ、レモン)の姿が現れるのも楽しい趣向ですし、『栄光のヤキニクロード』の敵キャラだった「ベージュのおばさんおパンツだゾ」の天城を入れるななら『オトナ帝国~』のチャコも入れてほしかったと歴代シリーズの観客ほど楽しい場面ですが、上記人名一覧でどの名前がどの作品のヒロインか当てられるほどの観客はもはやしんちゃん映画の多少の出来不出来には動じないものの、それほどの固定客だけでは大ヒット作にはならないので第16作『金矛の勇者』以来作品ごとに不安定でマンネリ化が囁かれたのが反映した観客動員数も本作で底をついた観があります。それでも長編アニメーション映画で10億円弱なら単発作品よりは数倍の業績なので次作こそはと気合いが入ったのが第21作『バカうまっ!B級グルメサバイバル!!』なら、本作も間をつなぐファンサービスもあり、またシリーズ他作品と比較せず本作だけを単独で観るならこれも丁寧な作りのエンタテインメント作品で、増井監督の2作は児童・ファミリー向けの配慮に細心に過ぎた感じもします。

●4月21日(日)
『映画クレヨンしんちゃん バカうまっ!B級グルメサバイバル!!』(監督=橋本昌和シンエイ動画=双葉社=ASATSU=テレビ朝日/東宝'2013.4.20)*96min, Color Animation
◎グルメの祭典"B級グルメカーニバル"へ向かうしんのすけたちかすかべ防衛隊。途中、謎の女性"紅子"から壺を託されるが、それは秘密結社"A級グルメ機構"の企みを阻止できる"伝説のソース"だった!次々襲い掛かる刺客と空腹!しんのすけたちは、無事ソースを会場へ届けることができるのか!?

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 本作は公開されるや「今年のしんちゃん映画は面白い!」と話題作になり、公開年数年前あたりから話題になっていた「B級グルメ」を採り入れて外食産業・コンビニ食品などとのコラボレーションで広告展開されたのも効果的でしたが、テレビや雑誌でも飲食品というのは廃れることのない人気コンテンツでもあり、第15作『歌うケツだけ爆弾!』以来のヒット作になる興行収入13億円を達成、しばらくマンネリ化の囁かれていたしんちゃん映画のシリーズに再び注目を集めるきっかけになった作品で、以来昨年度の第26作までにシリーズ興行収入記録を塗り替える作品が続出する好評・好調への突破口となった快作です。橋本昌和監督はシンエイ動画外部のフリーのアニメ監督ですが、鈴木清順大和屋竺に師事した大ヴェテラン脚本家の浦沢義雄が監督とともに原案を練り、テレビ版しんちゃんレギュラー脚本家のうえのきみこが浦沢氏と共同脚本に当たり、絵コンテは橋本監督とともに前任監督の増井壮一、テレビ版・劇場版ともに関わりが長く次作を監督するシンエイ動画スタッフの高橋渉という万全の体制です。また敵役の秘密結社A級グルメ機構の首領に中村悠一、幹部に神谷浩史早見沙織という顔ぶれもああ2010年代のアニメなんだな、と思わせる声優陣の若返りがあり、作品自体はかすかべ防衛隊の活躍をフィーチャーしたもので第6作『ブタのヒヅメ大作戦』'98、第12作『夕陽のカスカベボーイズ』2004、やや変則的な第18作『嵐を呼ぶオラの花嫁』2010(途中しんのすけのみを残して脱落する作品や、さらに変則的な『カスカベ野生王国』2009などを入れればもう数作増えますが)の系譜に連なります。野宿して夜空を見上げながら寝しなに雑談する場面など『ブタのヒヅメ~』とほとんど同じなのですが、『ブタのヒヅメ~』が南米の高山地帯らしい異国だったのに本作では春日部市内なのに山奥で迷って帰れない(シロの帰巣本能を頼りにB級グルメ会場に駆けつけられますが)のが親近感のある可笑しみと笑いごとではないリアルさになっており、細かな描写の丁寧さと何でもない小道具があとで伏線として生きてくる巧妙さが脚本・演出一体となってわくわくするアドヴェンチャー作品を生み出している。数作来シリーズ離れしていた観客、新しく本作からシリーズに触れた観客も文句なく楽しめ、しんちゃん映画は大したものなんだなと観ていない作品や次回作も観たい気持にさせる力があったのがのちの作品の業績で実証されることになります。映画はのっけから春日部で行われているB級グルメカーニバル会場が「B級グルメなど認めない」という総帥グルメッポーイ(中村悠一)率いる秘密結社A級グルメ機構に占拠され、店を潰されたたこ焼きのミナミ(ジェーニャ)、大阪串カツの将(一条和矢)、博多もつカレーのお京(矢野理香)、下町コロッケどん(コロッケ)は腕の立つソースの健(辻親八)の店に逃げこみ、グルメッポーイはB級グルメのシンボルたるソースの健は最後に見せしめに叩きのめすために健の店だけは残して会場をA級グルメカーニバル会場に改築し始めます。ソースの健は電話で昔の愛人・しょうがの紅子(渡辺直美)に吉田兼好が作りソースの健まで50代に渡って受け継がた「伝説のソース」を届けるよう頼みます。さて、B級グルメカーニバルに連れて行ってもらえなかったしんのすけ(矢島晶子)は、かすかべ防衛隊仲間の風間くん(真柴摩利)、ネネちゃん(林玉緒)、マサオくん(一龍斎貞友)、ボーちゃん(佐藤智恵)を誘い、幼稚園帰りに親に内緒で立ち寄ろうと計画します。そしてその道中、A級グルメ機構の追っ手に追われていた紅子からソースの入った壺をカーニバルに届けてほしいと頼まれ、引き受けることになります。しかしそのソースこそは、B級グルメ撲滅を目論むA級グルメ機構の魔手からB級グルメを救える唯一の存在・伝説のソースでした。そんな中、しんのすけたちはふとした手違いからバスを乗り違えて見知らぬ春日部市の山奥へ迷い込んでしまいます。次のバスの便は夜になるのでしんのすけたちは森を抜けて、シロの案内だけを頼りに春日部の町中のB級グルメカーニバル会場に向かいますが、幼稚園児の足に山奥歩きは進まず、A級グルメ機構幹部の横綱フォアグラ錦(大川透)、トリュフ(神谷浩史)、キャビア(早見沙織)がソースを奪おうとしんのすけたちを追跡し、襲撃してきます。果たして伝説のソースを巡るA級グルメ機構との戦いに巻き込まれたしんのすけたちは、伝説のソースを無事カーニバルに届け、ソースの健の作る究極の焼きそばを食べることができるでしょうか?そしてA級グルメ機構の陰謀は究極の焼きそばによって打ち砕くことができるでしょうか?
 と、本作はかすかべ防衛隊の幼稚園児たちが苦心のすえに敵の本拠に乗りこみ、大人と協力し大人をしのいで陰謀を打ち砕くというプロット自体はそのまま『ブタのヒヅメ大作戦』から移し変えたものです。原恵一監督時代の注目度の低かった作品が実に完成度の高い脚本と演出で、アレンジ手腕によって一見まったく異なる趣向の作品に生まれ変わらせることができる見本のような出来になっているのが本作で、橋本監督と脚本家の浦沢氏による共同原案、さらに浦沢氏とテレビ版レギュラー脚本家うえのきみこさんの共同脚本と手間をかけたのは『ブタのヒヅメ~』に始まる数作のかすかべ防衛隊ものがシリーズの実績にあったからでしょうし、それだけに数人がかりでアイディアを練りこむ必要があったからでしょう。一種の類型から優れたヴァリアントを作る作業は映画ではプログラム・ピクチャーならでは最大の効果を発揮する筆法で、『望郷』から『霧の波止場』が生まれ、『赤い波止場』や『勝手にしやがれ』が生まれ、『紅の流れ星』や『ブレスレス』が生まれるという具合に和歌で言う「本家取り」と同じような多重の印象効果が生まれるので、先にしんちゃん映画の『ブタのヒヅメ~』『~カスカベボーイズ』『オラの花嫁』を観ている観客なら重ね合わさっていく感覚があり、それらを観ていず本作から観た人にも作品から奥行きが伝わってくる効果があります。他のしんちゃん映画、次作のしんちゃん映画も観たくなるのはそうした奥行きからで、もちろん本作は映画の脚本はこうでなくちゃ、というようなさりげない小道具の提示があとで重要な役割を果たす(一例を上げれば、山奥のバス停に置き去りになってしまった一堂が全員の持ち物を出して町に戻るまで役に立つものがあるかどうか確かめますが、ここでさりげなく示された持ち物があとで追っ手の幹部3人を退けて町まで逃れるのに決定的に、しかも偶然に役立つことになります)あたりは舌を巻く巧妙さですし、こうした細部まで気を配った脚本と演出が見事な絵コンテと声優さんたちの好演によって運ばれていくのは長編アニメーション映画ならではの快感があります。A級グルメ機構総帥グルメッポーイがB級グルメ、特に焼きそば(それも他でもないソースの健の屋台の焼きそば)に怨恨を抱く解明もスマートかつ悪党を悪党で終わらせない人情味があり、かすかべ防衛隊が到着するもソースの健がついに捕らえられて目の前でソースの壺が壊されそうになった時……このあとのクライマックスの展開も意外性と説得力のある盛り上がりで一気に進むので、橋本監督は次々作の第23作『オラの引越し物語~サボテン大襲撃~』2015でしんちゃん映画シリーズ歴代興行収入1位の記録を塗り替える特大ヒットを放ちますが、同作も快作にせよ完成度や充実感は本作に軍配が上がるように思えます。