人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

パールズ・ビフォア・スワイン Pearls Before Swine - ワン・ネーション・アンダーグラウンド One Nation Underground (ESP, 1967)

パールズ・ビフォア・スワイン Pearls Before Swine - ワン・ネーション・アンダーグラウンド One Nation Underground (ESP, 1967) Full Album : https://www.youtube.com/playlist?list=OLAK5uy_kX1bMQVxxqmPyZjFFJn1IrsgUQlKCQ4wg

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Recorded at Impact Sound in New York City, May 6-9, 1967
Released by ESP-Disk ESSP 1054, October 1967
Produced by Richard L. Alderson
All compositions by Tom Rapp except where indicated
(Side A)
A1. Another Time - 3:03
A2. Playmate (Saxie Dowell) - 2:19
A3. Ballad To An Amber Lady (R.Crissinger, T. Rapp) - 5:14
A4. (Oh Dear) Miss Morse - 1:54
A5. Drop Out ! - 4:04
(Side B)
B1. Morning Song - 4:06
B2. Regions Of May - 3:27
B3. Uncle John - 2:54
B4. I Shall Not Care (Teasdale, R. Tombs, T. Rapp) - 5:20
B5.The Surrealist Waltz (L. Lederer, R. Crissinger) - 3:29
[ Personnel ]
Tom Rapp - vocals, guitar
Wayne Harley - autoharp, banjo, mandoline, vibraphone, audio oscillator, harmony
Lane Lederer - bass, guitar, english horn, swinehorn, sarangi, celeste, finger cymbals, vocals
Roger Crissinger - organ, harpsichord, clavioline
Warren Smith - drums, percussion

(Original ESP Disk "One Nation Underground" LP Liner Cover & Side A Label)

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 フロリダ州出身で1965年~1971年にかけてニューヨークで活動したパールズ・ビフォア・スワインは、新興フリー・ジャズ・レーベルのESPディスクがホリー・モーダル・ラウンダーズ、ファッグス、ゴッズと並んでロック部門から送り出したフォーク・ロックのバンドです。ファッグスやラウンダース、とりわけゴッズはフォーク・ロックと言ってもダダイズム的なガレージ・プロトパンクをやっていてダーティの極みでしたが、パールズは一聴すると可愛らしいフォーク・ロックを演っているように聴こえます。ですがラヴィン・スプーンフルのようなニューヨークの先輩フォーク・ロックバンドと明らかに違うのは、音楽的背景が薄っぺらく演奏が拙速なせいもありますが、その分純真素朴なためにじわじわとアシッドな空気が垂れこめる不穏なムードを湛えたアンダーグラウンドな味わいでしょう。
 パールズはボブ・ディランやドノヴァン、ファッグスに刺戟を受けたシンガーソングライター、トム・ラップ(1947-2018)がニューヨークに上京して始めたバンドですが、デビュー・アルバムのタイトルが『ワン・ネーション・アンダーグラウンド』(1967年10月)でジャケットがヒロニエム・ボッシュの「快楽の園」ではヴェルヴェット・アンダーグラウンドからの感化を連想しないではいられません。しかし決定的な相違は、ヴェルヴェットの都会的な倦怠や退廃感、狂気や攻撃性がパールズにはなく、もっと楽観的な陶酔感が支配的なことでしょう。ルー・リードの武骨で鋭く威圧的な姿勢と較べると、トム・ラップの個性はいかにも線が細い柔和なものです。当時からトム・ラップはルー・リードと比較されていたようですが、このパールズのデビュー・アルバムはまったくレコード売り上げ不振だったヴェルヴェットとは比較にならない、当時インディーズとしても新人バンドとしても驚異的な25万枚を売り上げたのです。'60年代末デビューの西ドイツの新鋭監督ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーの長編第5作『リオ・ダス・モルテス』1972(撮影1971年)は西ドイツのヒッピーたちの生活を描いた映画でしたが、冒頭から気だるくいい感じのサイケデリックなフォーク曲が流れてきて、これ聴き覚えがあるぞと思ったら本作のB1「Morning Song」でした。当時の西ドイツでは同時代の英米ロックが熱心に聴かれていたのはドイツから数多いバンドが生まれたこともわかりますが、ヨーロッパ中のヒッピーたちにも本作が浸透し、愛聴されたのが25万枚ものセールスにつながったのでしょう。

 このアルバムはA面も好いですが、曲想ではB面の方が多彩な楽曲がそろっています。典型的アシッド・フォークB1「Morning Song」から始まり、ガレージ・パンク反戦歌のB4「Uncle John」、凝った構成の前衛フォーク・ロックB4「I Shall Not Care」、B5「The Surrealist Waltz」と、アレンジにも工夫が凝らされています。しかしA面もいかにも夢見がちなA1「Another Time」から始まりポップでガレージなA2「Playmate」、フォキーなA3、A4に続いてパールズの代表曲と言える陽気なヒッピー賛歌A5「Drop Out !」など楽曲単位の質は高く、A面とB面で異なったトータル感があるアルバムです。もちろん手練れの作曲家ルー・リードの才能と鬼才ジョン・ケイルがアンディ・ウォホールをパトロンにメジャーのヴァーヴから送り出した『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコ』(1967年3月)を持ち出したら勝負になりませんが、あんな大名盤と比較しても仕方ありません。パールズにはひっそり咲いた路傍の花の可憐さがあります。また使用楽器の多彩さ、異様なサウンド・エフェクトとミキシング(現行CDでは目立ちませんが、オリジナルLP、初期版CDでは曲ごとの音量が極端にまちまちでした)など、インディー・レーベルの低予算録音ならではの安っぽさと自由な制作環境による音響的質感がかえってこのアルバムならではの印象的なサウンドを作り上げていました。
 パールズにそっくりなサウンド、曲やヴォーカル、立ち位置まで似ているバンドが日本にもあり、『休みの国』(URC・1969年6月)がそのアルバムです。これは『ジャックスの世界』(東芝・1968年9月)でデビューしたジャックスの第2作で解散アルバム『ジャックスの奇蹟』(東芝・1969年10月)と表裏一体をなすアルバムで、ジャックスは早川義夫(1974-)のバンドでしたが、ジャックスのローディー高橋照幸(1948-2016)がヴォーカル・ギター・作詞作曲でジャックスのメンバーをバックに早川義夫のプロデュースでインディーのURCからリリースしたのがプロジェクト・バンドの「休みの国」でした。ジャックスのような暗さや狂気ではなくユーモアや哀愁があって、ヴェルヴェットとパールズの対比を思い出させるものです。

 高橋照幸も晩年までマイペースな音楽活動をしていたヒッピー・シンガーでしたが、パールズも次作『バラクラヴァ(Balaklava)』(1968年11月)でほぼラップのワン・マン・プロジェクト化した後、メジャーのリプリーズ(フランク・シナトラのレーベルです)に移籍しパールズ名義のアルバムをさらに4枚発表します。ESPからの2作の好評価だけでよくもまあパールズのような存在がそれだけ続いたものですが、さらにトム・ラップは1976年までにソロ名義で3枚のアルバムを残します。20代で9枚のアルバムを残してソロ時代にはピンク・フロイドの前座に立ったこともあり、1976年にパティ・スミスとの競演ステージを最後に音楽活動から引退しました。その後は映画館や劇場の受付係や映写技師の職に就いていましたが、90年代からは再び癌で逝去する晩年までマイペースの音楽活動を続けました。
 トム・ラップのアルバムはリプリーズからの作品も以降のソロも、基本的にはパールズのデビュー作の作風と変わりはありません。ただスタジオ・ミュージシャンを起用するようになった分サウンドの奇天烈さが薄れ、ラップのヴォーカルや曲からも幻想的な陶酔感が希薄になったとは言えます。それを言うならソロ名義以降のルー・リードもそうですし、瑞々しいアマチュア性からデビューしたアーティストが場数を踏めば練れてくるのは自然の成り行きでしょう。ラップは20歳で『ワン・ネーション・アンダーグラウンド』を残し、これはアメリカのロックでは60年代を代表するアシッド・フォーク・ロックの佳作として記憶されています。『休みの国』はパールズより良いと思いますが、どちらがと言われればどちらも良いわけで、すでにこれらはリリースから半世紀経って遺産となっているアルバムです。『ワン・ネーション~』の裏ジャケットには「Another Time」「Drop Out !」「Morning Song」の3曲だけの歌詞が掲載されています。次作『バラクラヴァ』は今度はブリューゲルの「死の勝利」をジャケットに、ヴェトナム戦争クリミア戦争に喩えた反戦歌のコンセプト・アルバムですが、傑出した曲がない代わりサウンドの統一と完成度は高まっており、本作と対をなす好作です。トム・ラップも今は故人かと思うとESPからの2作は格別の感慨を抱かせるものです。

Pearls Before Swine - Balaklava (ESP-Disk ESSP 1075, Nov.1968) Full Album : https://youtu.be/RXj2dQcaQ_I

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