人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ファーラウト Far Out - 日本人 Nihonjin (日本コロムビア/Denon,1973)

ファーラウト Far Out - 日本人 Nihonjin (Denon, 1973)

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ファーラウト Far Out - 日本人 Nihonjin (日本コロムビア/Denon,1973) Full Album with Bonus tracks : https://youtu.be/4OhhN82dGqQ
Released by 日本コロムビア/Denon CD-5047, May 1973
Engineered by Yoshio Mitsuo, Yuki Ogawa
Arranged by Eiichi Sayu, Fumio Miyashita, Kei Ishikawa
Words & Music, Produced By Fumio Miyashita
1. (A1) Too Many People - 17:55
2. (B1) 日本人 - 19:52

[ ファーラウト Far Out ]

宮下フミオ Fumio Miyashita - vocals, flute (nihon-bue), acoustic guitar, harmonica, synthesizer (Moog)
左右栄一 Eiichi Sayu - lead guitar, organ (Hammond), chorus
石川恵 Kei Ishikawa - bass guitar, sitar (electric), vocals
荒井マナミ Manami Arai - drums, taiko (nihon-daiko), chorus
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ファー・イースト・ファミリー・バンド - 地球空洞説 The Cave Down To Earth (日本コロムビア/Mu Land, 1975)
Released by 日本コロムビア/Mu Land CD-7139-M, August 25, 1975
Words & Music, Produced By Fumio Miyashita expect as noted.
(Phoenix Bonus Tracks : Far East Family Band)
3. 時代から Birds Flying To The Cave Down To the Earth - 4:32
4. 心山河 Saying To The Land (Miyashita, Itoh, Fukushima) - 8:21
5. 煙神国 Moving, Looking, Trying, Jumping (Miyashita, Itoh, Fukushima) - 1:39
6. 和・倭 Wa Wa - 0:48
7. 地球空洞説 The Cave, Down To Earth - 8:17
8. 喜怒哀楽 Four Minds (Itoh) - 5:53
9. 蘇生 Transmigration (Kazuki Ohmura, Fukushima) - 11:01

[ ファー・イースト・ファミリー・バンド Far East Family Band ]

Fumio Miyashita (宮下文夫) - guitar, keyboards, electric sitar, vocals
Akira Itoh (伊藤明) - guitar
Masanori Takahashi (高橋正則) - keyboards
Hirohito Fukushima (福島博人) - guitar
Akira Fukakusa (深草彰) - bass
Shizuo Takasaki (高崎静夫) - drums
[ Phoenix CD Notes ]
Tracks 1 & 2 are the original Far Out LP released in 1973 on Denon in Japan. Tracks 3-9 are bonus tracks taken from the Far East Family Band album "The Cave" Down To Earth", released in 1975 on Mu Land in Japan. These are works by two different bands with one member, Fumio Miyashita, in common. Far East Family Band members are not properly credited in the CD booklet.

(Original Denon "Nihonjin" LP Liner Cover, Promotional Photo & Side 1 Label)

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 宮下フミオを中心に頭脳警察の左右栄一らと1971年結成。当初はハード・ロックを得意としていたが、同年、宮下が喜多嶋修とのアルバム(サイケデリック・フォークのスタイルでスケールの大きな精神世界を描いた)『新中国』をコラボレーションしたことがきっかけとなり、ゲストに喜多嶋修、ジョー山中を迎え、そこで試みたコンセプトを拡大していったのが本作だ。 AB面各1曲全2曲の構成は、60年代サイケデリック・ムーヴメントにあった解放感に、タンジェリン・ドリームクラウス・シュルツらのエレクトロニクス手法を加え、さらにより深い精神世界を表現したトータル・コンセプト・アルバムとなっている。瞑想的世界を音像化した本作は、世界的にもタンジェリン・ドリーム『エレクトロニック・メディテーション』と並び賞された名盤である。翌74年解散。宮下はこのコンセプトを受け継ぐファー・イースト・ファミリー・バンドを結成し世界に進出する。
(通販サイト商品解説より)

allmusic.com批評家評価★★★★
ユーザー評価★★★★★
評=ロルフ・センプルボン
 ファーラウトはファー・イースト・ファミリー・バンドの前身であり、1973年にバンド名と同タイトル(通称A面曲から『日本人』と呼ばれる)の本作を唯一残した。このバンドはピンク・フロイドからの強い影響でもすでにファー・イーストと酷似しているが、ファー・イーストが傾倒したドイツ的な宇宙サウンドよりも日本のフォーク音楽からの影響がより強い。このアルバムは細かいセクションによって構成されたAB面1曲ずつの大作で成り立っており、ギターとパーカッションによる長いエキゾチックなアジア的ムードの導入部に始まり、リラックスしたピンク・フロイド風のヴォーカル部への展開までファー・イーストの作風を予告する。強烈なギターソロが随所にあり、ゴングの乱打とハウリング寸前の風音のドローンも効果的に挿入される。全編の流れは非常に快調で、サイケデリックプログレッシヴ、そして日本的要素の融合が本作を部分的なピンク・フロイドの模倣以上に推し進めた、興味深い織物を創り出している。
(allmusic.com)

 このアルバムを聴いてピンク・フロイドの『おせっかい』(『Meddle』1971年11月)のB面を占める大作「エコーズ」の影響を感じない人はいないでしょうし、ファーラウトはこの唯一のアルバム発表直後に解散してファー・イースト・ファミリー・バンドに発展、『地球空洞説(The Cave Down To The Earth)』(1975年8月)、クラウス・シュルツェのプロデュースによる『多元宇宙への旅(Parallel World)』(1976年3月)、『Nipponjin』(1976年8月)で注目されたのでファーラウトはファー・イーストの前身として従来あまり重視されませんでした。ファー・イーストはセルフ・プロデュースに戻った『天空人(Tenkujin)』(1977年11月)をリリースして解散し、宮下フミオ→宮下文夫からさらに宮下富実夫に名義を改めた宮下はソロ活動に移り、ヒーリング・ミュージックの分野の大家になります。ファー・イーストのメンバーだった高橋政明は喜多郎と改名して世界的シンセサイザー奏者となりました。宮下富実夫は2003年2月肺ガンのため逝去、享年54歳でしたが、ロック時代の業績ももっぱらファー・イーストの諸作のみが上げられ、ファーラウト時代の唯一作の本作は等閑視されていた観がありました。

 本作が世界中のコレクターから注目されるようになったのは1989年のCD化以降のことで、ファー・イースト時代のアルバムはクラウス・シュルツェのプロデュースやYMOのブレイク時にテクノ・ロックとして新装発売されて知名度がありましたが、前身バンドのファーラウトの本作は探す人もいない廃盤の無名アルバムにすぎず、日本のプログレッシヴ・ロックの初期アイテムとして上げられる時でもとりたてて評価される作品ではありませんでした。日本のプログレッシヴ・ロックの起点としてはコスモス・ファクトリートランシルヴァニアの古城』(1973年10月)とマジカル・パワー・マコマジカル・パワー・マコ』(1974年4月)、四人囃子『一触即発』(1974年6月)、ファー・イースト・ファミリー・バンド『地球空洞説』が重要視され、コスモス・ファクトリーやマコ、四人囃子に先んじるファーラウトは過渡期の実験的作風を示す作品として歴史的な価値を出ないアルバムと目されていたのです。

 しかし初CD化された1989年以降には、まさにサイケデリック・ロックプログレッシヴ・ロックとの過渡期ならではの実験性において、徐々に本作は世界中のマニアからスペース・ロック、トリップ・ミュージックとしての重要性と高い音楽性を評価されることになります。以降、この30年間でアルバム『日本人』は日本盤でさらに2回、海外盤で10回の新装発売がなされています。アメリカのallmusic.comのユーザー評価でも★★★★★を獲ているように輸入盤で買う方が安価で入手しやすいほどです。'70年代にはピンク・フロイドの亜流に見えたのが、'90年代以降のリスナーにはフロイドとは異なる独創性の方が際立って聴けるのです。ジャケットのセンスもヴェルヴェット・アンダーグラウンドのバナナやジョイ・ディヴィジョンの地磁波に匹敵します。またアルバム全体に漂うアンダーグラウンドでダウナーな雰囲気も本物の凄みがあり、このダウナーな響きはグランジ~ローファイ~インダストリアル以降にはむしろコンテンポラリーな感触すら感じさせます。スペーシーなヘヴィ・ロックの名盤として世界的な評価が確立したのも納得できるのです。

 本作発表の1973年は日本のロックにとって転機となった年で、友部正人『にんじん』とファニー・カンパニー『ファニー・カンパニー』*が1月、フラワー・トラベリン・バンド『MAKE UP』とはっぴいえんど『HAPPY END』が2月、本作が3月、BUZZ『BUZZ』*が4月、サディスティック・ミカ・バンドサディスティック・ミカ・バンド』*が5月、チューリップ『心の旅』と村八分『ライヴ村八分』*が6月、シバ『コスモスによせる』が7月、キャロル『ファンキー・モンキー・ベイビー』が8月、南佳孝『摩天楼のヒロイン』*と吉田美奈子『扉の冬』*が9月、斎藤哲夫『バイバイグッドバイサラバイ』とコスモス・ファクトリートランシルヴァニアの古城』*と四人囃子サウンドトラック~二十歳の原点』*が10月、ウォッカ・コリンズ『東京~ニューヨーク』*とはちみつぱい『センチメンタル通り』*と荒井由実ひこうき雲』*が11月、そして12月には日本レコード史上初の100万枚を突破し物価指数では宇多田ヒカルのデビュー・アルバムの800万枚も越える空前絶後の大ヒット・アルバム、井上陽水『氷の世界』がリリースされました。こうして見ると同じフォーク~ロック系でも、アンダーグラウンドなアーティストとポップスとして受け入れられるアーティストがはっきり分かれていた時代なのがわかります。ファーラウトは、スキャンダラスなステージで活動中から伝説的バンドだった村八分よりもさらにアンダーグラウンドな存在だったでしょう。フラワーの『MAKE UP』とはっぴいえんど『HAPPY END』は解散アルバムで、前記のアルバム中タイトルの後に*を付けたのは各アーティストのデビュー・アルバムですから、新旧交代の年だったのもわかります。

 日本コロムビア傘下のデンオンは当時現代音楽のシリーズを採算無視で芸術的評価の獲得を狙って発売していたレーベルで、ファーラウトのアルバムも商業性を無視して制作された環境にあったのでしょう。吊された軍手のジャケットにはアーティスト名もアルバム・タイトルもありません(画像のバンド名表記は後から描きこまれたものです)。裏ジャケットは表ジャケットのモノクロームのネガが印刷されており、やはりアーティスト名、アルバム名も曲目もありません。ここまで徹底してコマーシャリズムを排除し、リスナーを寄せつけないアルバムは当時ですら珍しかったでしょう。

 アルバムはAB面とも全面を占める1曲ずつしか収録されていません。大作だからといって組曲形式などではなく、ギター弾き語りにすれば3分にも満たないような、4つのコード(スタンダード曲「朝日のようにさわやかに」やそのヴェンチャーズによる改作「パイプライン」と同じコード進行)で循環しているだけのシンプルな曲を、セクションごとに様々なサウンド・エフェクトや凝ったアレンジで拡張して構成しています。これも'70年代半ば~'80年代半ばには冗長な、'60年代的な古くさい手法と見られていましたが、音楽に関してはアナクロニスム=時代錯誤が必ずしもマイナスには働きません。A面・B面ともヴォーカルが出てくるまでギターとパーカッション、サウンド・エフェクトだけのイントロに4分間も費やしています。ファーラウトはリーダーの宮下フミオあってのバンドでしたが、後のファー・イーストと決定的に異なるのはギター・バンドだということで、録音は本作と『サウンドトラック~書を捨てよ、町に出よう』しか残していない故・左右栄一の殺気立った素晴らしいギターが聴けることが本作の価値をいっそう高めています。初期のファーラウトは日本のMC5(!)と呼ばれるハードロック・バンドだったそうですが、左右栄一のギターにはMC5のフリーキーなプロト・メタル・スタイルの痕跡が残っているように聴こえます。フラワーの石間秀樹のギターはサバスのトニー・アイオミに匹敵するものでしたが、左右栄一のギターの切れ味も石間の最上の演奏に肉薄しています。多彩な音色と重厚なコードワーク、異様なタイム感とフレージングで斬り込んでねじれるギター・ソロはアイオミや石間とも違うサイケデリックな感覚の濃厚なもので、日本のロックでこれほどアシッド感にあふれたサウンド村八分裸のラリーズ、めんたんぴんの一部の曲くらいしかありません。また楽曲の構成もよくできていて、突然読経コーラスが始まり怒涛のクライマックスになだれこむB面「日本人」ラストは圧巻です。
 
 リンク音源はイギリスの復刻レーベル、Phoenix Recordsからのファー・イースト・ファミリー・バンド『地球空洞説』との実質的2in1CDからで、『地球空洞説』A面からアルバム冒頭のイントロとヴォーカル曲をつなぐ短いインスト3曲(A1「未知の大地」、A3「水神」、A5「風神」)・A面ラストのヴォーカル曲1曲(「北の彼方の神秘」)をオミットしたものですが、B面3曲「地球空洞説」「喜怒哀楽」「蘇生」は全面収録しているので一応アルバムの全体像はつかめます。ファー・イーストもアルバムごとに作風が異なり全作に聴きごたえがありますが、同時代ではどこか時代とずれたサウンドだったという感じがぬぐえません。日本のプログレッシヴ・ロックの有力バンドで時代と歩調を合わせたサウンドを出していたのはミカ・バンドと四人囃子カルメン・マキ&OZくらいで、ファー・イーストもコスモス・ファクトリーも何となく英米ロックの数年遅れの後追いのような印象がありました。ファー・イースト、また四人囃子コスモス・ファクトリーも発表当時より現在聴けばいっそうわかりやすいのですが、ファー・イーストについて言えば今聴けば先入観なしに音楽的狙いがわかり、それが十分達成できたからこそ発表当時は理解されなかったのが伝わります。訴求力に富んだ四人囃子はさすがというしかありません。コスモスはデビュー・アルバム以外は残念ながら迷走が目立ち、すべて失敗作に聴こえます。しかしファーラウト、ファー・イースト、コスモスも、四人囃子のように大量の未発表音源・未発表ライヴが発掘されればまだ評価の変わる可能性はあります。ファー・イーストとコスモスはおそらくライヴの方がサウンドの狙いをつかみやすいバンドだったと思われます。アルバムは凝りすぎているのです。入念にアルバムを制作しながらも適度にラフなライヴ感を生かしていた囃子との差はそこにあります。

 ファーラウトも初期の荒々しいライヴが発掘されればヘヴィ・ロックのリスナーにももっとアピールする可能性がありますが、アルバム『日本人』だけでも'70年代の日本ロックの最高峰と見なせます。これは屈指の逸品で、飽きることなく聴き返せてその都度発見のあるアルバムです。フラワーの『SATORI』とも囃子の『一触即発』とも十分に渡り合えます。通販サイトの紹介文のタンジェリン・ドリームとの比較はヴォーカルやギターの重視でも妥当ではありませんし、allmusic.comのレビューのドメスティックなフォークの影響の指摘は、例えばドイツのピルツ系バンドのように民族的特色ということなら首肯できます。明らかにアメリカ由来のフォークではなく、同時代の日本の歌謡ポップス系フォークでもありません。本作もプログレッシヴ・ロックと言えるなら、ピンク・フロイドの影響以上にブラック・サバスプログレッシヴ・ロック的応用として国際的に見ても優れた成果をなしとげたアルバムでしょう。ちなみにジュリアン・コープ著『ジャップロック・サンプラー』2007では全12章中最後の1章がまるまるファーラウト~ファー・イーストについて割かれており、巻末のジャップロック・ベスト50選でも『多元宇宙への旅』が4位、『日本人』が11位、『Nipponjin』が14位、『地球空洞説』が41位に位置づけられています。

(旧稿を改題・手直ししました)